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はじめてのひと

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●今宵、頂きに参ります

 廃墟のビル、崩れかけた壁を挟んで、二人の人物が囁き声をかわしている。密談だ。
 ハンチング帽の男がボソボソと語るのはバラ実での噂だ。ある物が高額のレートで取引されたり、美術品としての価値を見いだされたりしているという。
「なるほどね。その人物の持っている物の場合だと、売って良し、鑑賞してもよしとなる訳だ。他にも持ってるだけでパラ実だと羨望のまなざしが得られると……」
 それは盗み価値がありそうだね、と薄笑みを浮かべるもう一人の人物、それこそが怪盗シリウス二世ことフォン・アーカム(ふぉん・あーかむ)なのだ。
「情報屋さん、ありがとう。支払いは例の物でいいのかな?」
 交渉はまとまった。ハンチング帽の男は音もなく姿を消し、フォン・アーカムは周囲をうかがってから携帯電話を取り出す。買ったばかりの新機種、いよいよこれから試運転だ。
 彼もメールを送るが、それは普通のメールではないのだ。
(「さて、世間を騒がせるような『はじめて』の盗みの予告メールを出すとしましょうか」)
 フォン・アーカムは怪盗、怪盗ならば、出すのは予告状と相場が決まっている(?)。
 メールの届け先は学校だ。個人宛にしたかったがアドレスを知らない。しかし学校に送るという利点もある。学校宛に送れば自然に報告が行くだろうし、なにかと噂が立ち騒がしくなることだろう。実はそれくらい混乱してくれているほうが『仕事』というのはしやすいものだ。
(「あるいは悪戯だと思ってくれたとしても、それはそれで仕事が楽になるしね」)
 送信先はイルミンスール魔法学校、タイトルは、予告状。

「イルミンスール魔法学校校長。エリザベート・ワルプルギス様

 今宵、0:00に貴殿が毎晩鏡の前で、セクシーポーズで着用してるお気に入りのシルクのランジェリーを頂きに参ります。
 怪盗シリウス二世

 追記
 洗濯などをすると価値が下がるそうなので、洗濯をなさらぬように」


 あのエリザベートが毎夜セクシーポーズとはにわかには信じがたいが、信頼できる情報筋からの話なので事実と認識しておきたい。
 イルミンスールに在籍していたこともあるので、進入経路はとうに確認できている。
「さて、盗みに行くとしますか」
 アーカムが身を翻すと、次の瞬間にはもう、廃墟のどこにもその姿はなかった。


 *******************

 何度ボタンを押そうと、古びた携帯電話に電源が入ることはなかった。
「ふむ、使い続けた携帯もついに壊れてしまいましたか……」
 九条 風天(くじょう・ふうてん)は驚かない。この携帯電話は、ここ数週間ずっと調子が悪かったのだ。騙し騙しここまで使ってきたものの、とうとう完全に故障したわけである。
(「もうパーツの在庫も無いらしいですし、この際新しいのに買い替えに行くとしましょう」)
 大切に使ってきたので、メーカーの想定限界を遙かに超えて使うことができたのだ。名残はつきないが、その反面、新しい機種への興味もあった。
 ならば、ショッピングモール『ポートシャングリラ』にでも行くとしよう。大型施設ゆえ家電量販店や携帯ショップが充実しているし品数も豊富だ。気に入った機種が見つかるかもしれない。
 出かけるべく上着に手を伸ばした風天の目の前で、その上着がふわりと奪われた。白絹 セレナ(しらきぬ・せれな)である。
「お、風天どこか出かけるのか? よしよしお姉さんが付いて行ってやろう」
 といって、甲斐甲斐しく風天に着せてくれる。
「白姉ヒマそうですね。だったら選ぶのを手伝ってもらうとしましょうか」
「ほお、婚約指輪でも選ぶのか?」
「……どこをどうやったらそういう発想が出てくるんですか? 携帯電話ですよ」
「はっはっは、いまじねーしょんじゃよいまじねーしょん。待っておれ、着替えてくるからな」
 ころころと笑うと、セレナはたたたと自室に戻るのである。