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クロネコ通りでショッピング

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リアクション

 
 
 あっちへ曲がり、こっちへ曲がり。
 うねうねと道はどこまでも続いているけれど、歩いているうちに元の場所に戻っている。
 クロネコ通りは、長いロープを輪っかにしてぐねぐねとさせたような1本の道になっているからだ。
 道の両側にはびっしりと店が建ち並んでいて、とても1軒1軒丁寧には見ていられない。
 どの店に入ろうかあの店、それともこの店に?
 多くの店の中からこの店と決めるそれさえも、不思議な縁の糸に引かれて。

 
 
 
 
 ここはクロネコ通り
 
 
 クロネコ通りにやってきたルスウェル アリス(るすうぇる・ありす)は、はしゃぎっぱなしだった。
「すっごく楽しいとこにきちゃった♪ あ、あのお店可愛い! あっちのお店きれーい! あっ、あのお店なぁに?」
「そないいっぺんに言わはったら、返事できまへんえ〜」
 伊達 黒実(だて・くろざね)は軽くそれをいさめてみたが、黒実自身、クロネコ通りにある店に興味津々だ。
「黒実お姉さまはどのお店に入りたい?」
「ん〜、どこも楽しそうで見るだけでも満足出来そうやなぁ」
 こうして、次は何の店なのかと通りを見ているだけでも楽しくて、黒実はなかなかこの店に入ろうと決められない。
 そんな黒実に寄り添って歩きながら、アリスは夢見心地だった。
「黒実お姉さまたちとこうしてお散歩できるだけで、アリスちゃんまんぞく☆ ……ああでも、お姉さまになにか買ってもらいたい気も……ううん、アリスちゃんたらわがままはだめ!」
「アリスはん? 何か買いたいものがあるんどしたら見に行きましょか?」
「お姉さまっ☆」
 嬉しい、とアリスは黒実の腕にしがみついた。
 その後ろからあちこちを見回しながら歩いている式丞 智知丸(しきじょう・ともちかまる)も、魔法街に感慨しきりだった。
「いやはや、まさかこのようなのどかな場所があったとは! 見つけられて嬉しい限りで御座る!」
 ただ1人、人の多い場所が苦手な紅蓮 焔丸(ぐれんの・ほむらまる)だけは、鎧形態で皆をただ見守っていた。正直、こういった場所は好きではないので早く帰りたいのだが、クロネコ通りでは好きなときに帰るというわけにはいかない。ひたすら、その刻限が来るのを待ち続ける。
「焔はんも人型になってお茶でもいかがどす?」
 黒実が誘いかけても、焔丸は無視を決め込んでいる。そんな焔丸に、智知丸は呆れたように肩をすくめた。
「しかしまぁ。せっかくこのような和やかな雰囲気の中、空気も読まずに鎧化している輩がおるとは、いや心外。全く、武士の風上にもおけぬ奴で御座るな」
 聞こえよがしな言葉に、焔丸は言い返す。
「おい、エセ侍。貴様に莫迦にされる筋合いはない……!」
 黒実から人型になってはと言われても無視していた焔丸だったけれど、この侮辱は聞き逃せない。たちまち人型となって智知丸の前に立ちふさがり、刀に手をかける。
「おや、なんで御座るか? よもやこのような場所で人斬りでも? それでは武士というより、ただのチンピラで御座る!」
「何だと?」
 一触即発の2人に、アリスが心配そうに黒実の腕を引く。
「大姉さまとお兄さまがなんだかへんなかんじ」
「2人が喧嘩すっとなんぎやなぁ……人の迷惑なる前に止めときましょ」
 す、と息を吸い込むと、黒実は一喝した。
「仲良くしぃや!」
 腹の底からの声に、智知丸がびくりと身を竦ませた。
 焔丸はよけいな真似をと小さく舌打ちする。
 そしてどこから現れたのか、にこにこ営業スマイルの……店員? 
「そうです。仲良くさせましょう!」
 誰?
 と皆がのまれている間に、真っ白なワンピースを着た守護天使は赤いハートのついた弓矢を構え、笑顔で智知丸と焔丸に向けた。
 これはもしや、仲良くは仲良くでも、友人以上の……。
 アリス以外の3人から、さあっと血の気が引いた。
「ふざけるなっ! 何があっても我はこやつとは馴れ合わんっ!」
 そんなものにハートを射抜かれてはたまらないと、焔丸が逃げ出せば、その後を追うように智知丸も脱兎のごとくに駆け出す。
「クソ鎧と仲良くなるぐらいなら、某自ら腹を掻っ捌いた方がマシで御座る〜!」
「ああ、待って下さい。そんなに走られたら、追いかけるのが大変です」
 店員は笑顔のまま2人を追いかけた。
 それを見て、それまで2人の様子をうかがっていたアリスはぱっと顔を輝かせる。
「あっ、ほらおいかけっこなんかしてる。やっぱり2人は仲がいいんだよね! アリスちゃんもまぜて、大姉さまたち!」
 逃げる焔丸と智知丸、追う店員とアリス。
 残された黒実は店員の出てきた店を振り返り、看板を見上げた。
『これで2人はずっと仲良し! 〜LOVE×2★恋の成就屋〜』
 ああなるほど、と黒実は納得し。
「やっぱ楽しゅうとこやわ、ここ」
 どんどん小さくなってゆくパートナーたちの逃げていく方向に、ゆったりとした足取りで歩いていくのだった。
 
 
「真人、危ないよっ」
 クロネコ通りを駆け抜けていく一団にぶつかりそうになった御凪 真人(みなぎ・まこと)を、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)が慌てて引っ張った。
「ああ、申し訳ありません」
 真っ白なワンピースを着た守護天使はあやうく持っている矢で真人を突きそうになり、ぺこぺこと頭を下げる。
「いえ、大丈夫でしたから」
「本当に本当に、少しもかすってはいませんね?」
 しつこく確認されて、真人は何だろうと思いつつ頷く。
「え、ええ……」
「それならば良かったです! ……あ、お客様! 少しだけでいいですから、足を止めて下さい〜!」
 ほっとした顔で言うと、守護天使はまた、前方を逃げてゆく2人をハートの弓矢を持って追っていった。
「何だったのでしょうね?」
「さあ。何にせよ、怪我しなくて良かったね」
 せっかく魔法街に来られたのだから、と言うセルファに真人は自分がウインドウショッピングの途中だったのを思い出した。
 イルミンスールの森でクロネコさんを見かけて、これはチャンスだと真人は呪文を唱えた。意味が分かっていない様子のセルファの手を引いて、クロネコ通りへとやってきた……のはいいけれど、不意のことで持ち合わせがない。
 なので今日は品物を見て回るだけ。買うのはまたいつか、クロネコ通りに来た時までのお預けだ。
 それでも、普段はあまり見かけない魔法の品々を見て回るのは面白い。
「これは……いや、まさか……」
 いつもは冷静にふるまうことの多い真人だけれど、魔法の品々に好奇心を刺激されているのだろう。店先に並ぶ品物に、真人は身を乗り出すように真剣に見入っている。
「あの看板、気になりますね。向こうの店に行ってみましょう」
「あ……うん」
 森の中、2人で歩いているときにいきなり手を握られた時は驚いたけれど……こういう事か、とセルファは拍子抜けしたまま、真人について魔法街の店々を回った。
 普段はセルファがあれこれ見たがって真人がその後をついて行く、というのが2人の買い物風景なのだけれど、今日ばかりは逆転している。魔法物品に夢中な真人の背を何とはなしに眺めているのは、いやな気分ではないけれど手持ちぶさただ。
(普段、私が買い物に連れ回してるときの真人も、こなん感じなのかしらね)
 相手の立場になってはじめて分かる感覚だ。
「あ、これアンティークっぽくっていいなぁ。……あれ? 何で私が映らずに真……」
 細かい細工のされた鏡を手に取ったセルファに真人が注意する。
「セルファそれは、手にした者の想い人を映すという恋の鏡ですよ」
「え、ちょっ……」
 鏡を覗いていたセルファは慌ててがばっと鏡面を手で隠した。
 そのまま、真人に見えないように細心の注意を払って鏡を元の位置に伏せて戻す。
「誰か映っていたんですか?」
「そ、そんなはずないでしょ。さ、もうこの店はいいから他の店に行ってみない?」
 店から追い出そうとするセルファに、いいですけど……、と従いながらも真人は注意してくる。
「魔法の品には結構危険なものもありますから、下手に触って事故を起こさないで下さいね。良いですか、絶対に気を付けて下さいね」
「わ、わ、分かってるわよ。ほら早くっ」
 セルファは腕に力をこめて、ぐいぐいと真人を店から押し出した。
 
 
 
 和原 樹(なぎはら・いつき)ショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)と手を繋ぎ、フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)セーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)を引っ張って。
 簡単だけどややこしい呪文の順番を間違えぬように気を付けて、クロネコ通りへとやってきた。
「……あの、私、魔法街はあまり……」
 そういう場所で売られていた記憶がおぼろげにあるから苦手意識がある、とセーフェルは言うのだが、有無を言わさず引っ張り込まれてしまっては仕方がない。時間がくるまで、この通りを出る手段はないのだから。
「なんか楽しそうな場所だよね」
 珍しいものが飾られているウインドウ。
 行き交う人の抱えている買い物包み。
 活気のある通りに、樹の足取りもつい軽くなる。
 けれど。
「ん、ショコラちゃんどうした?」
 不意に立ち止まったショコラッテを樹は何事かと振り返り、その視線の先にある店にかかっているプレートを読む。
「ええと……ムカシヤ? その店に入ってみる?」
 興味があるのなら、と言う樹に、ショコラッテはしばらく店の扉をじっと眺めていたが、やがて首を振った。
「ううん。あそこに何があるか、知ってるから」
 ムカシヤ。それは箱の店。
 箱の中には、昔大切にしていて、そして失ってしまった思い出のものが入っている……と言われている店。
「私は今、幸せ。樹兄さんのアリスでいられて幸せ。だから『昔』は要らないの」
「……そっか」
 樹はぽんぽんと軽くショコラッテの頭を撫でた。その柔らかな微笑を見ながらショコラッテは心の中だけで続ける。
(それにきっと、あの店に入っても『私』は何も見つけられない。古くなった思い出は、もう『私』のものじゃないから……)
 今は今、昔は昔。だから、今のショコラッテにムカシヤに入る必要はない。
 ショコラッテを連れて再び歩き出そうとした樹は、このやりとりの間にずいぶん前に行ってしまったフォルクスに気づき、慌てて呼びかける。
「こらフォルクス! 勝手に先に行くなよ。はぐれたら困るだろっ」
 その声に、魔法薬の店に入りかけていたフォルクスが振り返った。
「ああ、すまん。確かにはぐれては困るな。我も手を繋いでおこうか?」
「じゃ、セーフェルとね。俺はショコラちゃんと手を繋いでるから」
 足を急がせてフォルクスに追いつくと、樹は店のショーウインドウをのぞき込んだ。
 様々な形の瓶、そして何かを干した材料や、いわくありそうな石等が置かれている。
「フォルクスは何か欲しい薬でもあるのか?」
 樹が尋ねると、フォルクスはふむ、と面白がっている顔つきになった。
「魔法薬と言ってもいろいろあるからな。樹の奥手が治って、積極的に我に甘えるようになる薬でも探してみるか」
「ちょ、いきなり何言ってるんだ! 俺はむしろ、あんたの変態が治る薬が欲しいよ!」
「何を言う。この程度の変態度は男としてごく一般的なレベルだろう。お前こそ、その歳の男子にあるまじき禁欲ぶりをなんとかしたらどうだ」
「なっ……!」
 樹は一瞬絶句した後、堰を切ったように反論する。
「大きなお世話だっ。そういうのは個人差があるんたから、ちょっとくらい遅くたって別にいいだろ!? そ、そりゃ二十歳までには……とか思わなくもないけど……」
 ごにょごにょ、と言葉を濁した後、自分が言いかけていたことに樹の頬が紅潮する。
「って、そういう問題じゃない!」
「そういうとは、どういう問題なのだろうな?」
 樹の反応を茶化すフォルクスに樹がまたむきになって言い返し、しているのを眺め、セーフェルからため息がこぼれた。
 この2人が痴話喧嘩をしなくなるような薬はないものだろうか。
「兄さんたち、楽しそうね」
 ため息を聞きつけたショコラッテがセーフェルに視線を送ってくる。
「……ええ、楽しそうですね」
 確かに、言い争う2人はどちらも生き生きとして見えた。
 これでうまくいっているみたいだし、自分にとばっちりが来ることもないからいいのだけれど……。
 はたからみると、じゃれ合っているように見える樹とフォルクスのやりとりに、セーフェルはさっきより少しだけ深いため息をついたのだった。
 
 
 
「クロネコ通りにやってきたですようっ!」
 成功、とばかりに両手で握り拳を作るシシル・ファルメル(ししる・ふぁるめる)に、五月葉 終夏(さつきば・おりが)はつい微笑を誘われる。
 調合好きな終夏としては、鼻をくすぐる何かの匂い、光を受けてピカピカに輝く新品の実験道具、ウィンドウごしに見える見たこともない真法具等々に心惹かれてたまらない。けれどこの喜びようを見たら、今日はシシルの買い物優先にしてあげよう、という気になった。
「それで、何を買うのかな?」
 終夏が尋ねると、シシルは即答する。
「僕、どうしても欲しいものがあるんですよう。それは『みんなお揃いのティーカップ』です!」
「みんなって、11人分?」
「そうですよう。ここへ来て結構時間が経ちましたです。でも、皆とお揃いものってなかったことに気が付いたんですよう」
「ああ、そう言えばそうだね」
 シシルに言われ、パートナーが増えるたび様々なものを買い足し買い足ししてきたけれど、お揃いで何かを持とう、と買ったものはないことに、終夏も思い当たった。
「だから、師匠や師匠と契約した人たちの分のお揃いのティーカップが欲しいなって思ったんですよう」
「それじゃティーカップ探しだね。どこのお店が良いかな」
 雑貨屋、それとも家具屋かと、終夏は店を探し始めた。
 シンプルなもの、豪奢なもの、ぽってりとしたフォルムのもの、洒落たデザインのもの……一口にティーカップといっても、色柄も形も多種多様だ。
「シシルはどんなティーカップが欲しいのかな?」
「それは……『どんなに時間が経っても、また集まって一緒にお茶が飲める』って、そんな魔法がかかったティーカップを探したいんですよう」
 寂しいけれど、別れの時はどんなに先でも必ず来る。だからこそ、そんなティーカップが欲しい、とシシルは答えた。
「そっか……」
 終夏はその光景を脳裏に浮かべてみた。
 いつか別れが来るとして、再会してお茶を楽しめた時にはどのくらいの歳になっているんだろう。
 おばあちゃん、おじいちゃんになった皆で丸い木のテーブルを囲んで椅子に腰掛けて、『あの時はこんなことがあったよね』とか言いながら、この学生だった日々の昔話に花を咲かせたり、離れ離れになってから起きた出来事を話して聞かせたり。
「いいね、それ。想像したら楽しみになってきた。よっし、頑張ろうかシシル!」
「えへへー、師匠、頑張りましょうねっ」
 クロネコ通りにはいつまでいられるのか分からないから、駆け足で店を覗いて回る。
「こんな感じはどうかな?」
「ううん、何だかちょっと違いますよう。こっちはどうですか?」
「うーん……もう少し探してみようか」
 時間は気になるけれど、大切な品物だから妥協は許されない。
 店から店へと渡り歩き、ここはどうかと入ってみた雑貨屋では、髪をアップにしたお姉さんがにっこり笑ってティーカップを出してきてくれた。
「これはいかがでしょう?」
 1ダースの真っ白なティーカップを出してくると、お姉さんはそのうち2つのカップにお茶を注ぎ入れた。するとカップの側面に五線譜と音符が浮かんでくる。
「すべてのカップの譜面を繋げると1つの曲になるんです。だから、このカップを手にする人はいつかその曲を皆で作り上げるために再び集まる、と言われています。この最初のト音記号の書かれたカップを集まりたい場所に埋めて、残りの11個はそれぞれの手に。そうすればいつか必ず、この曲が演奏される日が来る……うふふ、ロマンチックなお話でしょう?」
「師匠、これがいいですよう」
「ん、分かった。じゃあこれをもらえるかな」
「はい、かしこまりました」
 お姉さんが包んでくれたティーカップの箱とお金を交換した、その途端。
 クロネコ通りから、終夏とシシルの姿はかき消えたのだった。