First Previous |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
Next Last
リアクション
「ローザ……せっかくの休みだってのに、付き合わせてごめんな」
「いいのよ、どちらかといえば教導団の仕事みたいなもんだし」
傍目には、熾月 瑛菜が独り言を言っているようにしか見えない。
しかし実際は、彼女を含めて3人が併走している。
残る2人はローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)、エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)。
ローザマリアは光学迷彩、エリシュカは隠形の術で、姿を完全に擬態している。
光源はダークビジョンを用いており、先に発見されることはまずないであろう装備だった。
3人ともかなりの俊足を誇り、地下水道の遊軍として、ペット退治をまかされている。
「うゅっ、ローザ、なんか……いる、よ?」
いち早くエリシュカの瞳に映ったもの。
ほどなく二人もそれを認める。
「ウサギ?」
瑛菜が呟いた。
「いえ、ちょっと雰囲気が違うわよ」
「まあどっちにしろ、最初の一手は決まってるけど」
そう言うと、瑛菜の鞭がしなり、空中で激しく破裂音を立てた。
たいていのペットはこれだけで撃退できる。
しかし、そのウサギは、逃げるどころかこちらに向かって飛びかかってきた。
「ヴォーパル・バニーよ!」
ローザマリアが叫ぶ。
すらりと長く伸びた前歯が、瑛菜の首を狙って飛ぶ。
ヴォーパル・バニー。別名「首狩りウサギ」である。
「はわ……んんっ!」
エリシュカがサイコキネシスでウサギの動きを封じる。
ローザマリアのアサシンソードが閃き、ウサギはその場で倒された。一瞬の出来事である。
「あ、危なかった……歌手生命が終わるかと思ったよ……」
歌手というか、普通に生命が終わるところだったが、瑛菜はそこまで深刻ではない。
「にしても、ローザとエリー、凄いコンビネーションだよな……何が何だか分からなかった」
「うふふ」
「はわ……」
「? なに?」
「瑛菜に向かって行くのは決まってたからね。それが分かってれば、簡単よ」
瑛菜は納得した。
「ああ! ふたりは見えないもんな……つまりあたしは的に……的!?」
ローザマリアは笑う。
「的だなんて人聞きの悪い。瑛菜がいなければ、このコンビネーションは成り立たないのよ」
「そっか! あたしもコンビネーションの一部なんだね。……いや、そう言われると何か嬉しいな」
端的に言うと、このあたりが、熾月瑛菜という人物の魅力のひとつであろう。
「なんか貸スタジオ行きたくなってきたよ。今ならいいグルーヴで演れそうな気がするんだ」
「はわ……終わったら、行こう、ね?」
「ようし、とっとと片付けるわよ」
そう言って、猛然と足を速める3人であった。
◇
「もうすぐです。この角を曲がれば、あとはまっすぐ……」
鉄心と朔夜の指示通り、フェンリル一行は、まさにあのとき、美緒を失ったその場所へたどり着こうとしていた。
その、最後の角を曲がる。鉄格子は……ない。
水路が枝分かれする度に、人数を割いてそちらに当たらせてきたため、本隊の人数はずいぶん減った。
それでも、フェンリルたちが最初にメデューサの元にたどり着いたのは、またしても幸運だろう。
連絡手段を持っているものは、急ぎ本隊に合流するよう呼びかける。
あとはメデューサをなんとかするのみだ。
その最後に超えるべき十字路に、とんでもないものが待ち構えていた。
熊である。いや、常識から言えばとても熊の大きさではない。
……パラミタ・グリズリー。体長4メートル、体重1トン。
この場所以外で出会ったなら、逃げる以外の選択肢はない。
その凶獣の目は、突如訪れて住居を踏み荒らす集団に対しての、紛う事なき怒りに満ちていた。
「ここまで来て……くっ!」
フェンリルが苦渋の表情を見せる。
その眼前で、悠然と前足を掲げるグリズリー。
耳をつんざく咆哮が、通路中に響き渡る。
「これも、ペットの成れの果てだと言うのですか……」
進み出たのは、クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)。
自分より倍以上も大きい相手に、憶する様子もなく、その前に立つ。
「あなた方に対して、身勝手は百も承知です。しかし、邪魔するというのであれば容赦はできません」
クライスはヴァーチャースピアをゆっくりと構えると、グリズリーと真っ向から向き会った。
「こいつぁまた、でかい獲物がいたもんだぜ」
クライスのパートナー、ジィーン・ギルワルド(じぃーん・ぎるわるど)が軽口を叩きながら、クライスの側に並ぶ。
肩にはクレセントアクスを無造作に構え、悠然と熊を見やる。まるで犬か猫を見るような目だ。
と、ジィーンはいきなり、グリズリーに猛然と体当たりをぶつけた。
予想外の先制攻撃に、さすがの熊も、数歩後ろに下がる。
通路に隙ができた。
熊の右腕が、ジィーンに向けて振り下ろされる。食らえば死ぬ。間違いなく。
しかし、その鉄も削るような爪の一撃を、クライスはエスクードでがっちりと受け止めた。
「ぐ、くっ」
受けた手の骨がきしむ。速い、そして重い。
「ランディさん!」
クライスが叫ぶ。
「ここは僕達が食い止めます。どうか……」
エスクードに力を込め、グリズリーの右手を引きはがした。
もはやグリズリーの殺意は、完全にクライスとジィーンの二人に向いている。
「どうか、先に」
ふたたび槍を正面に構える。グリズリーが一際大きな咆哮を上げた。
◇
「ない、ない、このゾーンにもない、っと……」
その頃、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、メデューサ化の原因を探すべく、地下通路の探索を進めていた。
トレジャーセンスを全力で働かせているが、引っ掛かるものは皆無であった。
時にはメデューサがいると目されるゾーンの裏側まで回って探索してみたが、やはり何も見つからない。
とりあえず、アイテムではないことは確定のように思える。
「うーん……アイテムじゃないのかしら? じゃあどうやって、人間をメデューサに変えるっていうの?……」
体にまとっていた魔鎧の那須 朱美(なす・あけみ)が、鎧から人の形に戻って答える。
別に鎧のままでも会話できるのだが、まあ気分的な問題だ。
「アイテムじゃないなら、まあ、人ってことだよね。誰かに直接、呪いか魔法をかけられたか。恨みを買うとか、なんとかしてさ」
「それにしたって、人を直接魔物に変えるほどの魔術師とか呪術師なんて、いるの?」
「んー……。いない、とは言い切れない、としか言えないけれども」
「煮え切らないわねぇ」
「お互い様でしょ」
「……でも、取り敢えず調べるところはもうないわ。メデューサ組と合流するしかなさそうね」
「うん。こうなるとメデューサ自身の他に、手がかり無いようなもんだし」
二人は頷き合うと、朱美は再び祥子の体を覆った。
「もうひとふんばり、お願いね」
「はーい」
二人は、取り留めもない会話を続けつつ、最後に残された一画へ向かって歩き始める。
First Previous |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
Next Last