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未踏の遺跡探索記

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第3章 迷子のちびっ子と空白の子 7

「“星”と“実”……?」
「そう、生命のエネルギーを司る二つの力。そして、それについて記された教典が、エクターの書」
 杵島一哉の呆然とした呟きに、コニレットは凄然とした声で答えた。
 彼女の話は、この神殿の存在と、己の存在を語るものだった。コニレット――いや、死者蘇生教典エクターの書たる娘は、魔道書と化した書物が人間へと化身した姿であった。 神秘的な雰囲気も持つ彼女だ。だからであろうか、正悟は、さほど驚くことはなかった。もしかしたら、神殿の外で出会っていたときにも、どこかで自分が予想していたことなのかもしれない。
「では、コニレットさんの持つ……というか、コニレットさん自身の魔道書には、死者蘇生について、方法が記されているということなのですか?」
 一哉のパートナーたるアリヤ・ユースト(ありや・ゆーすと)が、コニレットに問うた。
 死者蘇生――ともなれば、少なからず人の興味は湧いてくるものである。それは、アリヤにとっても例外ではない。
 ただしその名は、不気味かつ、荘厳な響きを持っていた。人の手に触れることを許されない、禁忌とも言うべき言語。興味と不信が混じる感覚で、アルスたちはコニレットの返事を待ったが、彼女は申し訳なさそうに首を振った。
「いえ……記されていないです」
「そうですか……」
「うむ……私の知識の一つとしても触れることができるかもしれんと思ったのだが」
 アリヤとともに残念そうな口ぶりで話す空白の書 『リアン』(くうはくのしょ・りあん)
 そんな彼女たちにコニレットは自身の魔道書を開いて見せた。
 そこには、まるで子供のいたずらで破り取られたかのような跡が残されていた。中身は全く存在せず、魔道書と思われていたものが、装丁だけの書物であると誰もが知る。
 コニレットは、淡々と口を開いた。
「私は……中身のない魔道書なんです」
「中身のない……魔道書」
 コニレットの言葉に、エヴェレット 『多世界解釈』(えう゛ぇれっと・たせかいかいしゃく)は繰り返すように呟いた。
 同じ魔道書ゆえだろうか……それは、とても悲しいことだとエヴェレットには痛いほど理解できた。彼女は、リアンや紫音のパートナーであるアルス・ノトリア(あるす・のとりあ)を見つめた。彼女たちもまた、エヴェレットと同様に悲痛そうな顔をしている。魔道書にとって、中身がないことは何を意味するのか。書物として完成していないこと。それはまるで、存在自体が未完成であることを示すようなものである。
 コニレットは、本を閉じて語った。それは、彼女がここにいる目的を明かしたものだった。
「私は、中身を探しているんです。糸の端と端がどれだけ長くなっても繋がっているように、この神殿のどこかに、私の中身があると、感じられるんです」
 双子には通じ合う意識的な何かがあるという。きっと、コニレットのそれは、双子のそれにも似た意識下の繋がりなのだろう。だが、そう考えると――
「ということは、魔道書の化身はもう一人いるのか?」
 シェミーが、核心を突いた台詞を口にした。
 はっとなる面々の中で、エレクトリックやウィングは驚きもせずに黙って聞いている。彼女らにとっては、きっと当然の推測だったのだろう。意識下で繋がるということは、すなわち同じ、意識というものを持つに至っていることが、十分に考えられる。
「…………」
 コニレットは、黙って頷いた。
 彼女にとってそれは、もう一人の自分に会いに行くということと同義であった。鏡を前にしても映らないような、自分の存在。それを確かめるべく、自分の中身と会いにいくことを決めたのだろう。
 だからかもしれない。
 シェミーは、ぽりぽりと面倒くさそうに頭をかいたが、やがて決心したように宣言した。
「しょーがない……手伝ってやる」
「え……?」
「え、じゃない。魔道書の中身を探すんだろう? あたしたちがそれを手伝ってやる。異論はないだろう?」
 コニレットと同時に、仲間たちにも尋ねるシェミー。
 無論――それに反対するような者は、この場にはいなかった。
「もちろん、僕は賛成ですよ」
「私も、あなたの力になりたいです」
 シェミーとともにここまで冒険してきた朝斗とアリアは、お互いに笑顔で答えた。それよりも予想外だったのは、シェミーがそんなことを言いだしたことのようで、ウィングはきょとんとしたように彼女を見つめている。
「……なんだ?」
「いえ……私も、ぜひとも魔道書を見つけたいと思います」
 じろりと睨んできたシェミーに、ウィングは何も言わなかった。ファティ・クラーヴィスと目を合わせ、お互いにくすっと笑みを浮かべる。シェミーにしては珍しいが、きっと、彼女の中で思うところもあったのだろう。いまは、何も言わないでおくことが良いようだ。
「もちろん、オレたちだって手伝うよな」
「はいっ」
 シリウスに促されて、いちるは元気よく返事を返した。それに続くように、紫音はコニレットに向けて腕をかかげる。
「なーに、心配すんな! 俺たちだって協力する! これだけいたら、すぐに見つけられるさ! な、みんな!」
「主の御言葉のままに……」
「しかたありまへんなぁ……。紫音がそういうなら協力しますぇ」
「わらわも、協力は惜しまないのじゃ」
 アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)を始めとして、紫音のパートナーたちが、それぞれに協力の意思を示した。
 これだけの流れになってしまえば、そうそう反対する者もいるはずはない。それに、魔道書を求めてここまで来た連中だ。いずれにしても諦めることはしまい。
 まあ、つまるところは――みな、人が良いのであろう。
「やるっきゃねぇか」
「ふふ……面白そうね」
 如とエレクトリックも、みなと同様に協力へは前向きに呟いた。すると、そこに足音が近づいてきたのはそのときだった。
「やっほー、誰かいるー?」
「真人……!?」
「シェミーさん!」
 通路の奥から顔を出したのは、ルカルカと、シェミーの護衛として参加していた青年――御凪 真人(みなぎ・まこと)であった。

「まったく、心配したんだよ、シェミーさん」
「ぐ……す、すまなかった」
 落とし穴に勝手に落ちたのは自分であるため、シェミーは何とも反論しようもなかった。セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)の母親のような物良いに、しぶしぶ謝るしかない。
 と――そこでシェミーはとある視線に気づいた。
「リュース……」
 リュース・ティアーレが、変わらぬ冷静な眼差しで自分を見つめていた。二人は、無言でお互いに向きあう。そして、
「すまなかった」
「すみませんでした」
 お互いに、同時に頭を下げた。まさか相手に謝られると思っていなかったのか、二人とも、ばっと顔を上げてきょとんと見つめ合っている。
 やがて、二人はお互いに微笑を浮かべた。
「あなたのこともよく知らずに、言い過ぎました。たまに我を忘れるときがあって……反省しなくてはいけませんね」
「いや……あたしこそ、すこし我が儘が過ぎたな。その、なんだ……注意してくれて助かった」
 きっと、二人ともお互いに罪悪感を抱いていたのだろう。どちらが悪いということもなく、結果的に部隊を分裂させてしまったのだから。顔を見合せぬことになり、逆に一人で考える時間が出来たことが、お互いに自分を振り返る時間を作らせたのだろう。
「いずれにしても、見つかってよかったですよ」
「ほんと、お兄さん嬉しいですよ、ええ」
「嬉しいのは分かるが、撫でるのはやめろ」
 真人がほほ笑む中で、クド・ストレイフはシェミーの頭を撫でてきた。もちろん、シェミーがそれを振り払うことは当然であるが。
「ねえ、ところで、話は変わるけど……」
 声を発したのは、ルカルカだった。彼女は、コニレットのほうを横目で見て、みなを見回した。
「えっと、コニレットちゃんだったよね? の、話に出てくる星ってのは、これのことでしょ?」
 ルカルカは、懐の中から、先ほど手に入れた“星”の石を取りだした。確かに、それはこの遺跡の様々なところに壁画として描かれていた“星”である。
「彼女の話によると、“星”と“実”のエネルギーが交わり合うところ……それが、かつてこの神殿で行われていた儀式の中心って言うじゃない?」
 こくりと、コニレットは頷いた。
「ってことは、“星”以外にも“実”の石があって、また、それを置く祭壇みたいな場所があるってことでしょ。それがいったいどこなのか、ってのが問題になってくるんだけど……」
「実を探さないといけませんかね。こうなると、大体の場所は見て回りましたし……この遺跡お得意の隠し通路みたいな場所になるんでしょうか?」
 ルカルカの説明に、真人は自分なりの考えを述べた。それに、シェミーも頷いて見せる。
「もしかしたら、“実”の石は動かされていないのかもしれんな。祭壇とやらに、そのまま置かれているままなのかもしれん。重要な儀式が行われていた場所なら、なおさら人の目にはあまりつかない場所にあるのかも――」
 と、そんなときである。再び足音が聞こえてきたのは。
 今度は誰だ? とばかりのみなの視線が、通路に集中した。そこから顔を覗かせたのは、のんびりとした顔をした青年と、他二名の女の子であった。
 とはいえ――シェミーたちの視線は、それよりも青年の手にしているものに注がれた。
「あれ、皆さんお揃いで?」
 とぼけたように言う青年――アキラ・セイルーンの手に握られていたのは、“星”の石と同様の大きさをした、いかにも怪しい石であった。