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2章【海の幸、調達作戦:パラミタ観音イカ(海上)後編】





 シズルが観音イカのしぶとさに人知れず唇を噛んでいた時、船室の扉が乱暴に音を立てて開き、林田 樹(はやしだ・いつき)を始めそのパートナーたちジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)緒方 章(おがた・あきら)林田 コタロー(はやしだ・こたろう)等が、何やら賑やかに船室から甲板へ上がってきた。
「揺れのせいでまさかあんなにすっぽりと用具棚にコタローがハマるとは思わなかった! おかげで完全に出遅れたぞ!」
「ワタシが見たところ、パラミタ観音イカはまだ健在のようです、二匹も」
「おー樹ちゃんの予想通りのイカと、なんの混じり気もないイカが一匹ずついるよ」
「こた、めーわくかけたぶん、ねーたんのてつらいすうー」
 樹は二隻の船の間で暴れる観音イカ、特にもう一隻の漁船の近くにいるイカを見て、静かにコタローの目を手のひらで塞いだ。
「ああいう色事は感心しないよね、僕的には言葉で責めるのがとてもスマートだと思うのだゲホッ」
 もう片方の手で持っていた銃の柄で緒方のみぞおちに樹は一発お見舞いすると、
「短期決戦で素早く済ませて、コタローを船室に連れ帰るのがベストそうだ。手前のイカを手早く仕留めるぞ、三人とも援護を頼む」
 そう言うと早速禍心のカーマインを毅然と構える。それに合わせてコタローがみなにパワーブレスをかけ、その直後にはジーナと緒方は既に観音イカに向けて跳躍していた。
それを見てこれを好機と見て取った由宇はシズルの手を引いてもう一度柵へと足をかける。
「私たちも行きましょう!」
 それにシズルは力強く頷くと、ジーナたちの後を追って一気に柵から跳ぶ。
 足場が絶え間なく揺れるため、樹はシャープシューターとスナイプを併用。そして自分の横でコタローがそんな彼らを不安そうに見ているのに気づいて、狙いを定めながら、不敵に笑みをこぼした。
「安心しろ、あのデカブツが次の瞬間にはあいつらの着地地点だ」
 果敢に空中から自分に迫る四人に観音イカは気づき、触手をすぐさま繰りだそうとしたがその触手を瞬時に火炎と銃弾によって弾き飛ばされた。
 どうやら援護にプリムローズとアルテミシアも加わったようである。
「樹様に危害が加えられる前に、できるだけ切り落としてしまいましょう」
 ジーナがそう言いながら一本の触手を空中で斬りつける。
「その意見については僕も同感だな、はっ――!」
 同じく緒方も迫ってきた触手を回転して躱すと、その勢いを利用して触手の先端を斬り飛ばす。
 由宇とシズルも同様に観音イカの触手を斬りつけ、弾き飛ばす。
「即席のチームワークにしては上出来だ。さあ、急所が丸見えだデカブツ」
 樹がそう言って迷いなく一発銃弾を放つ。命中。
「次も目だ」
 そう呟きまたも発砲。命中。観音イカは両目を潰され、その巨体がぐらついた。
「恨むなら、お前の不健全な相方を恨むんだな。私はあっちは食べたくない」
 この怒涛の攻撃が完全なとばっちりだったことを観音イカに樹は告げると、容赦なくイカの眉間に連続で数発の銃弾を叩き込んだ。
 海面に激しく波飛沫を立てて倒れ伏す観音イカ。その上に跳びかかっていた四人が着地。
 樹は何気なく残りの一匹に目を向けるが、何故かさらに被害者が増えているのを見てため息をつくと、再びコタローに目隠しをしながら船室へと戻って行った。
「さ、コタロー。中で仕留めたイカを少しばかりもらって先におつまみでも作って食べよう。ジーナ、章たちは自分が踏んだところはよく海水で洗っといてくれよ」




 何故かスクール水着姿の遠野 舞(とおの・まい)は、迫り来る触手にわざと捕まると、身体にグルグルと巻き付かれながらもモゾモゾっと身体を動かす。そして両手を巻き付いている触手から強引に出すと、その両手で持っていたナイフで観音イカの足を刺し、あろうことかその足に噛み付いた。
「むう、中々噛み切れんのう」
 そんなパートナーの様子に、カーズ・トゥエンティ(かーず・とぅえんてぃ)は思わず絶叫した。
「何やってるんだ舞! それじゃスクール水着姿が見えないじゃないかあ!」
「そんな事を言われてものう、自分はこのゲソを食べたくて仕方な……ぁ」
 反論しようとした舞が、何故か突然艶めかしい吐息のような声を発した。その湿っぽさに、思わず呆気にカーズは取られてしまう。
 どうも観音イカが締め付ける力を刺されたり噛み付かれたことで強めたようなのだが、その力が舞の予想を上回っていたらしい。
「大丈夫か!? 舞!」
「吸盤が、身体の……ぅん、変なところに、ぁ……当たってぇ……」
 一言で言うと、舞の声は実に官能的だった。しかもそれがさらにエスカレートしていく始末。
「ん……ひゃっ、やっ……んんん! ぃやぁ……はやく、たすけてぇ」
 完全に吐息には熱がこもり、そしてその言語の端々は妙に艶やかであった。そんな形で助けを求められたのだから堪らない。
 カーズは完全に顔を真っ赤にすると、思考がショートしたのかそのまま完全に沈黙してしまった。
 そして何故か、頬を上気させている舞の横では、いつの間にか再び拘束されたアリアが涙を流している。
 このカオスな光景を見て、未だに捕まっているつかさが一言。
「こんなに見ごたえのある至福の光景は早々に拝めないのでございます。企画立案なされたミリア様グッジョブです」
「今時の主人公というやつは、まさかお色気も必要なのか!? だから捕まったのか!?」
 そんな様子を飛空艇ごと観音イカに捕らえられている山本 ミナギ(やまもと・みなぎ)が悔しそうに叫びながら見ていた。
「片目も潰れてるし、ゲソも一本ない。完全に主人公の登場時期だと思ったのに、どうやら時期早尚だったみたいだわ!」
 ミナギは飛空艇の中で全く後悔していないような口ぶりでそう言ったかと思うと、今度は誰かに向けて高らかに叫んだ。
「でも主人公にピンチは付き物。そして、こういう時は頼もしき部下が助けに来てくれるのがセオリーよ! ということで早く助けに来て、アキラ!」
「本当だ、まだ全然元気じゃないですかこのイカさん」
 そう言いながら器用に観音イカの触手の上を跳び回るのは獅子神 玲(ししがみ・あきら)。そして彼女は鬼神力を開放して両腕を巨大化させると、二本の足を強引に引きちぎる。
 これには観音イカも堪らず、イカスミを玲目がけ噴射。しかし、玲はすぐさまどこから取り出したのかパスタを盾替わりに使うと、そこには見事なイカスミパスタが出来上がった。
 それに玲は満足したのか、両腕を元に戻すと、
「ちょ、ちょっと! ちゃんと主人公を助けに来てよ! あたしは村人Aじゃないんだからあああ」
 と絶叫しているミナギを無視して甲板に戻ってイカスミパスタを食べ始めた。
「ちょっと待ってくださいね、えっと……ミルクさん。これ食べ終わりましたらすぐに助けますから」
「誰がミルクよ! あたしは主人公ミ、ナ、ギ! だあああ!」




 ミナギの絶叫で、眼福に浸っていた棗 絃弥(なつめ・げんや)はふと我に返った。観音イカがだいぶ弱っていることに気づくと、すぐさま魔銃モービッド・エンジェルを両手に構えて発砲しようとしたが、そこで何故自分が眼福モードなんかに入っていたのかを思い出した。
「人質が多すぎるんだ……」
 棗はギリっと歯ぎしりをするととりあえず次にどう動くべきか頭を働かせる。――迂闊に攻撃はできない。したとしても、一度で仕留め切れなければ、今捕まっている人たちの安全の保障はなかった。
 だが散発的ながらもこちらから攻撃していた甲斐はあったようで、事実、観音イカの船に対する攻撃の手は格段に弱まっていた。
「うわあああ、僕、集中的に狙われてませんか!?」
 そう悲鳴をあげながら迫る触手を斬り弾くリューシャ・イヴァンタエフ(りゅーしゃ・いう゛ぁんたえふ)と、闇咲の実質二人で防衛に事が足りているからだ。
「イカを捕まえるのがこんなに大変だって知りませんでしたあああ」
 泣き言を言いながら、リューシャは再び襲いかかってきた触手を必死に武器で弾く。しかし、触手を今度は押し返しきれなかったようで、今一度彼女に襲いかかろうとした。
 それをすかさず発砲し、阻止する棗。それを見ていた海豹村 海豹仮面(あざらしむら・あざらしかめん)が、
「向こうの漁船はずいぶんと前にもう一匹倒しちゃってるからねえ、俺らもそろそろこいつを倒しちゃおう」
 そう棗に向かって言うと、次の瞬間にはみんなと同じく空に出るのではなく、彼は海へ飛び込んだ。
 そしてまるでイルカのように俊敏に海の中を動き回ると、海中から観音イカへと斬りかかる。
 まさか海中から攻撃されるとは観音イカも予期していなかったらしく、海面に向かってイカスミを吐くという愚行に観音イカは出てしまう。
 おかげで、さらに海豹村の位置が捉えられなくなった。イカはしばらく自分が次どうするべきか決めかねたらしく、しかしその間にも海中からの海豹村の攻撃は続き、イカは激しく暴れた。
 そしてとうとうシビレを切らしたのか、捕まえていたものを全部空中に放り、攻撃用の触手を増やすと、海中に向かって鋭く触手を観音イカは突き入れていく。
 イカが投げた諸々と、触手の海を刺す音が連続で沸き起こる。棗は海豹村のおかげで観音イカが本体を守る力を減退させていることに気づき、今一度両手で魔銃モービッド・エンジェルを観音イカに向けて構え直すが、今度は先を越された。
 船の柵を、美鷺 潮(みさぎ・うしお)が蹴り飛ばし、大きく空中へと滞空する。彼女はシズルが雷術は使うなと言っていたことを思い出すと、氷術を唱え、観音イカに向けて無数の氷の弾丸を連続で放った。
「そんなやたらめったら撃ったら、素潜り君にまで当たっちまうぞ!?」
「あ……そこまで考えてなかったわ」
 棗の言葉にはっとした顔になる潮。そのやり取りのせいで、潮は横薙ぎに迫り来る観音イカの巨大な足に気づけなかった。
「危ない!!」
 とっさに棗は今度こそ魔銃モービッド・エンジェルを連射した。弾は潮に迫る触手に連続して命中し、その軌道は彼女から逸れイカスミで黒く染まった海を激しく叩いた。
 そして海と共に、そのイカの触手も真っ二つになった。海中から飛び出した海豹村が豪快に斬り裂いたのだ。
「君、そろそろトドメを刺しちゃいましょう」
 海豹村のその言葉に反応して、棗はヒロイックアサルトを駆使し観音イカに肉薄すると、その眉間に銃口を突きつけ躊躇わずに引き金を引く。
 銃声が響き渡り観音イカが海面に倒れると、棗は手の甲でいつの間にか額に浮かんでいた汗を拭った。
「仕留めた……ふう、これでやっとイカ刺しにありつけるぜ。当然、熱燗もだしてもらって」
「まだ終わってないよ、棗!」
 潮の声に弾かれたように棗は上を向くと、頭上には二本の巨大な触手が棗目がけ襲いかかろうとしていた。と、
「よくも真っ黒にしてくれたね、このおおお」
 倒れた観音イカにジェイダス人形(大)が着岸したかと思うと、茜は素早くイカを登りその頂上に深々とグリントフライングギロチンを突き立てた。
 二本の巨大な触手が糸が切れたように海へ落下する。今度こそ、パラミタ観音イカは息絶えたのだった。