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空京暴走疾風録

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空京暴走疾風録

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第2章 暴走者たち・1 環七北西/日没直後

 奇声を上げながら、木刀やバットを持った一団がバイク屋のガレージになだれ込んだ。
 武闘派勢力“空狂沫怒苦霊爾夷(クウキョウマッドクレイジー)“の一派だ。なだれ込んだ先は、西の最大勢力“美的流徒(ビューティーストリーマー)“の溜まり場のひとつ。
「おーぅ。やってるやってる♪」
 小型飛空挺オイレに乗った霧雨 透乃(きりさめ・とうの)は、口笛を吹いた。
「読みはびったし。事が起きるんなら、この辺りだと思ってたんだよねぇ」
「行きますか?」
 こちらは小型飛空挺ヘリファルテに乗りながら、緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が訊ねる。
 透乃は、ちょっと首を傾げた後で「もうちょっと待とうか」と答えた。
「あいつらに外に出て欲しいし。そしたら轢き殺せるでしょ?」
「轢き殺すなんて、ちょっとひどいんじゃないかなぁ?」
 並んで浮かぶ小型飛空挺の上で、月美 芽美(つきみ・めいみ)が口を尖らせた。
「私の分が無くなってしまうじゃないの?」
「いいじゃないですか。そしたら次を探せばいいんです、夜は長いですからね?」
 陽子の回答に、「それもそっかー」と芽美は納得した。
「お、来た来た」
 透乃が眼を輝かせた。
 ガレージから轟音と様々な色彩の光が溢れた後、特攻服に身を固めた一団が路上に転がり出た。それを追いかける別な一団。
 優勢劣勢の差は明らかだった。
「行くよ、みんな! れっつごー!」
「殺っちゃうのはどっち?!」
「決まってるでしょ!? 全員だよ、芽美ちゃん!」
 三機の小型飛空挺は急降下し、状況への介入を始めた。
 透乃の駆るオイレは、全く減速をかけないままで、攻撃側の一団に突っ込んだ。白い特攻服の背中には、“空狂沫怒苦霊爾夷“の刺繍がある。
 衝撃。天地が逆転し、
 ──!?
 直後、全身がアスファルトに叩きつけられた。
 舌打ちしながら身を起こす。目前に、うめき声を上げながら同じように横たわる、白い特攻服姿。オイレの突撃の威力は申し分なかった。ただ、その突撃が、オイレに対してもダメージを与えた、という事だ。
 が、透乃はそんな事を思いつきもしない。自分へのダメージは、すなわち「反撃をされた」という事だ。
(嬉しいなあ! 活きのよさそうな相手を見つけたよ!)
 彼女は立ち上がると、目前の「白い特攻服」の襟首を引っつかんで吊るし上げた。
「さあ、精一杯殺りあおうよ!」
 苦痛に歪む「青い特攻服」の表情は、透乃には「ケンカをふっかけている」ような表情にしか見えない。
 その顔面に、拳が叩き込まれた。拳の勢いには、容赦も躊躇も何もない。

 怖気を震いたくなる「気配」がその場に充満した。
 陽子が「アボミネーション」を使ったのだ。
「ぐあ……」
「あ……が……ぐ……!」
 あまりに強烈な「畏怖」の効果に、その場にいた特攻服姿の少年達が硬直したり、地面に座り込んだままガタガタと震え始める。
「ひどいことするなぁ、陽子ちゃん」
 芽美は溜息をつき、首を横に振った。
「私の分、残しておいてくれてもいいじゃない?」
「あぁ、すみません、芽美ちゃん。手加減はしたんですけどねぇ?」
「全く……期待はずれもいい所だわ?」
 芽美は呆れながら、近くでうずくまる黒い特攻服姿の少年を爪先で小突く。
「ちょっと脅された程度で何? こんなんでバイク乗り回して我が物顔で乗り回していたの? 恥ずかしいわねえ?」
「所詮その程度だったって事です。ほっといたって自分で死ぬようなヤツらだったんですよ、あんな風に?」
 陽子が親指で指した先には、何か喚き声を上げながら、何度も何度も路面に額を打ちつけている少年がいる。陽子なりに手加減をした「その身を蝕む妄執」を受けた相手だ。割れた額から溢れた血が、アスファルトにどす黒く飛び散っていた。
「刺激強過ぎない? 『畏怖』の効果って、どうすれば解消出来るんだっけ?」
「『畏怖』より強い心理的ダメージとかではないでしょうか?」
 小首を傾げる陽子。
「一種の催眠術というか、金縛りみたいなものと考えれば、相応の刺激で十分なのでは?」
 催眠術――刃物で膝を刺し、痛みで暗示を解く、という定番の場面を思い出した。
(……とりあえず、手足を滅多刺しにすれば、痛みで畏怖が飛んでくれるかな?)
 足元の黒特攻服の腹の下に爪先をねじ込み、蹴り上げて仰向けにしてやると、まずは腕をスパイクシューズで踏みつけてやった。
 悲鳴。
 いい声をしている、と芽美は思った。
 ――日没直後の近郊の一隅。未だ人の通りの少なくない時刻と場所だ。
 突如始まった「状況」に、道行く人は顔を背け、近隣の住人達は窓からこっそりのぞき見しながら現場の状況を携帯やデジカメで写したりしていた。

「そこまで!」
 突然声が轟いた。
 血の匂いが漂い始めた現場の上空、体のあちこちにパワードスーツのパーツを装備したシルエットが浮かんでいた。
「非道な悪には、正義の制裁が必要だろう。だが、正義の名の下、いたずらに力を振るうのもまた非道!」
 腕組みをしてそう言い放つのは、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)である。前口上は、堂に入ったものだった。「ヒーロー支援協会〜P.H.A〜」での訓練が、文字通りにものを言っている。
「契約者による監視があるとも知らず、迷惑行為を働く愚か者ども! この俺が叩きのめしてくれよう!」
 言いながら、ルミナストンファーを構えた。
「へぇ? 迷惑行為はもともとこいつらの専売特許じゃないかなあ?」
 透乃はエヴァルトを見上げながら、吊し上げていた「白い特攻服」を放り出した。サンドバッグ代わりにされていた「白い特攻服」は、流れた血で赤く染まっていた。
「愚か者呼ばわりは、ちょっとひどいんじゃありませんか? 私達はこれでも自警団のつもりです。誤った力の使い方を人達を懲らしめに来たのに」
 陽子の反論に、エヴァルトは内心で愕然とした。
(……やべぇ)
 一方的に暴れているから飛び込んでみたが――
(こいつら暴走族じゃなかったのか)
 が、今さら引っ込みはつかない。
 反論する陽子に対し、エヴァルトは得物の先を向けて答える。
「身動きもとれぬ相手に一方的に力を振るうのは、『懲らしめ』というのは如何なものかな、『自警団』の方々よ?」
「あー、めんどくさいなぁ? 文句あるなら降りてらっしゃいよ。『こっち』で話した方が、もっと簡単に分かり合えるんじゃないかしら?」
 「こっち」と言いながら、拳を構える芽美。バチバチと小さな稲妻が手首に飛び散る。
(そんなのできるわけねぇだろ)
 地上に惨状を生み出した3人を見下ろしながら、内心エヴァルトは冷や汗を流していた。
 彼女らひとりひとりの戦闘能力は凄まじく高い。1対1でやりあってもこちらが生き残れるかどうか――そんなのが3人も揃っているのだ。
 いや――陽子が発しているであろう「アボミネーション」の気配や「その身を蝕む妄執」に当てられただけで、多分正気を保ってはいられないだろう。
(応援はまだか?)
 脳内で口上の文句をひねり出しながら、エヴァルトは上空のパートナーが上手くやっている事を祈った。

「北西地域にて自警団の一部が衝突事案に対して過剰介入。エヴァルト制止に入るも状況は極めて危険、至急応援に来られたし」
 現場上空、「空飛ぶ箒」にまたがりながら、コルデリア・フェスカ(こるでりあ・ふぇすか)は携帯電話で警察に連絡を取っていた。
「こちら空京警察非行少年対策本部。ただ今周辺の警察協力者と自警団に応援を要請した。現状の詳細を求む」
「11人の暴走少年が衝突し、3人の自警団が介入。現在暴走少年が8人路上に倒れており、3人が自傷行為中。一次介入者の行為を過剰介入と判断し、エヴァルトが説得を試みていますが、攻撃対象となる怖れ有り」
 報告をしながら、コルデリアも対策を必死になって考えていた。
 どうやら第一次介入者――透乃・陽子・芽美の事だ――らはエヴァルトと多少は顔見知りらしく、そのおかげで話を聞いてくれているらしい。
 が、雰囲気からすると第一次介入者達は暴れるのが前提となっているっぽい。「やめろ」と言っても聞いてくれる気はなさそうだ。
 自分の武装やスキルをいくらひっくり返してみても、この状況を解決できる手段はない。某所で入手した「えろてぃかるな同人誌」は困った事に男性向けだ。この場に迂闊に投げ込んだりしたら、第一次介入者の頭に血が上った挙げ句、エヴァルトが血祭りにされる事だろう。
 まだ来ないのでしょうか――?
 応援の姿を求め、コルデリアは周囲を見回した。

 やれやれ、と頭を振ると、芽美は乗ってきた小型飛空挺にまたがった。
「じゃあ能書きはそろそろ聞き飽きたからさ、いい加減おっ始めようか?」
「始めるって、何をだ?」
 訊ねてくるエヴァルトに、芽美はにっこり微笑んだ。
「コ・ロ・シ・ア・イ♪」
 ──!?
 微かな唸りを上げて、小型飛空挺が浮上する。
 殺る気に満ちた表情が自分の眼の高さまで上ってきた時、エヴァルトは内心で戦慄した。
「ふ……言っても通じないならば仕方ない」
(コルデリア、助けはまだか?)
 ルミナストンファーを構え直す。
「ならば力で伝えるまでだ! さぁ、かかって来い!」
(誰でもいいから助けてくれえええっ!)
「おっけー! じゃあ殺ろうか!?」
 芽美の闘志に反応して、「雷光の鬼気」をまとった拳が電光を周囲の空間に躍らせた。
「ぼーそーぞくのみなさーん!」
 声が響いたのはそんな時だ。
「ぼーりょくはー、なにもうみませーん! もうこんなことはー、やめてくださーい!」

(……何だこの気の抜けた空気の読めない声は?)
 その場にいた者達が、半ば呆れた眼でその方向を見ると、軍用バイクに乗ったオルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)『ブラックボックス』 アンノーン(ぶらっくぼっくす・あんのーん)、そのすぐ近くにヘリファルテに乗ったセルマ・アリス(せるま・ありす)が路上に止まっていた。
「岩手県のー、偉い人もー、“ケンカヤソショウハツマラナイカラヤメロ“といっていまーす! だからやめましょーう!」
 そう叫ぶオルフェリアを見ながら、セルマはハンドルに肘をついて俯いた。
「……相変わらずの空気の読め無さっぷりだ……」
「……何せ宇宙一空気の読めない人ですからねぇ……」
 軍用バイクのサイドカーに座っているアンノーンも俯いて頭を抱える。睡眠不足気味なものだから、脱力感はダメージとなって襲いかかり、気力と体力をごっそり削ぎ落としてしまう。
(何、あれ?)
(さあ?)
 透乃と陽子は顔を見合わせ、互いに首を傾げた。
 一方、空にいる芽美も、オルフェリア達に戸惑っている。もっとも、地上の仲間とは意味合いが微妙に違うが。
(……4対3か……)
 一人程度なら、簡単に蹴散らせると思ってたが。
 そして、そんな芽美と対峙するエヴァルトは、
(やっと来てくれた援軍がこれかよ……)
と内心で頭を抱えていた。

 しゃんしゃん、と鈴の音が聞こえてきた。
 コルデリアは、迫ってくる「サンタのトナカイ」を見て顔を歪めた。
(……“環七“を守ろうって人にはまともな人はいないのですか……?)
 「サンタのトナカイ」という乗り物もさることながら、ソリの下にに取り付けられている機関砲が――
(いや、あれは機関砲じゃない)

「そこの人達、直ちに戦闘行為を中止しなさーい」
 ソリに乗っている相沢 洋(あいざわ・ひろし)が、拡声器で呼びかけた。
「こちらは空京警察の者でーす。自警団といえども過剰な介入は検挙の対象となりまーす。こちらは現在現場を撮影していまーす。戦闘行動をいますぐ中止しなさーい」
(これで中止してくれなかったら大騒ぎなんですけどね……)
 トナカイの手綱を握る乃木坂 みと(のぎさか・みと)もまた、内心で冷や汗を流していた。
 ソリに取り付けた機関砲はダミーだが(企画を警察当局に申請したら「やめろ」と却下された)、機関砲に取り付けたガンカメラは本物だ。
 自分達は「警察協力者」という立場ではあるが、仮にも警察という公権力に楯突けば、話は警察−個人のレベルではおさまらず、警察ー各学校、ひいては空京−各学校間の騒ぎになる。
 もし、相手に多少の理性があれば、その危険性にはすぐに思い至るだろうが――
(知った事か、で反撃されたらまずいですね)

「引き上げるよ、芽美ちゃん」
 透乃が芽美に呼びかけた。
「そりゃないでしょう、透乃ちゃん? 脅されて引っ込むなんてさぁ――」
「私達の仕事は、『暴走族を懲らしめる』事であって、『相手に構わず喧嘩を売る』んじゃありませんよ?」
(……嘘つき)
 陽子の台詞に内心で芽美は文句を言ったが、結局は「はぁ〜い」と従った。
 彼女たちはそれぞれの飛空挺にまたがると、その場を離れていった。

 その後はコルデリアやオルフェリア等、回復スキル習得者が現場に残った特攻服姿の少年を治癒して回った。
 が、少年達は傷が癒えてもなお、「アボミネーション」や「その身を蝕む妄執」の影響でひとりで立ち上がる事さえ出来なかった。
 そんな彼らのひとりひとりに、エヴァルトは語りかけた。
「……これが、お前等のやってる“暴走(ハシリ)“のツケだ。
 暴走族なんてつまらんことはもう止めろ。次は死ぬぞ」