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またゴリラが出たぞ!

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 長かったスーパードクタータイムも終わり、アゲハの物語がふたたび始まる。
 あのあと、鍋品評会は満場一致で……と言っても二人しか審査員いないのだが、アゲハたちに軍配が上がった。
 とは言え、それで鍋将軍に収まりがつくはずもない。なにせ、ダシ汁は完全に店側の落ち度なのだ。
 一方、アゲハのほうも急遽鍋を作り直すことになった。
 と言うか、そう頻繁に救急車をよばれると信用に関わるので、その鍋やめてくださいと店側に懇願されたのだ。
 今度の鍋はバナナ豆乳鍋である。
 最近、ごま豆乳鍋にはまってると言う小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が仕込みを行っている。
「今日はねぇバナナ豆乳にしてみたんだよ。これならゴリラ君も喜んで食べてくれるよねっ」
「ぼくのためにわざわざ……ありがとうございます」
 JJは恐縮してペコリとあたまを下げた。
 えへえへと笑う美羽だったが、パートナーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は不安そうな顔を浮かべてる。
「ねぇ美羽、僕思うんだけどバナナはやっぱり危険なんじゃないかな……?」
「そんなことないよっ。だってバナナ豆乳美味しいもん」
「で、でも……このそこはかとなく漂うトロピカルな匂いは鍋の領域から逸脱してると思うんだ……
「えー、ダメだよ好き嫌いしちゃぁ」
「……ってそう言う問題じゃないって言っとるだろうが!」
 カタカタと鎧を鳴らしながら、将軍は噛み付かん勢いで吠えた。
「なにが?」
「なにがじゃない! 変な鍋作ったから作り直してるのに、なんでまた変な鍋作るの!? バカなの死ぬの!?」
「むぅ……!」
 頬を膨らませた美羽はスタンスタッフを取り出すと、えいやっと将軍の股間に叩き込んだ。
「ほぎゃー!!」
 悶絶する彼をすかさず逮捕術でロープぐるぐる巻きに処す。
「文句は食べてから言って!」
 そう言って無理矢理南国の風吹くモンキーイエローの液体を飲ませる。
「ううう……ゲロまず……」
 コハクははぁとため息を吐き、こっそり作ってた普通の豆乳鍋をコンロに置く。
「……ってわけで、向こうは彼女に任せて、僕たちはこっちで鍋をしよう」
 大学病院の新年会からパクってきたお肉をさらさらと加える。
「んーでもこれだけじゃ足りないかなぁ」
「それでは微力ながら協力させて頂こうかしら」
 厨二病患者のゴスロリ刹姫・ナイトリバー(さき・ないとりばー)は持参した肉団子を鍋に入れた。
「あ、ありがとう……」
「ふふふ、これからお互い敵同士になるのに感謝なんていらないわ。
「?」
「鍋、それはこの世界で最も過酷とされる戦場。わずかな隙が自らの破滅を招く。貴方達はそこへ行こうとしてる……ならば私も参りましょう。そう、私達が鍋……世界(テーブル)の理よ。今、世界の扉が開くわ……!」
「なんだこいつ」
 独特の言語を操る彼女にアゲハは怪訝な顔。
「ま、いいや。今度の鍋も美味そうじゃん」
 いただきますも言わず箸を伸ばすと、急に横から出てきた箸の一閃で弾かれた。
「ふえ?」
「あらごめんなさい、アゲハさん。鍋の上でうろうろしてると危ないですわよ」
 アゲハに対抗する盛り髪の持ち主ファトラ・シャクティモーネ(ふぁとら・しゃくてぃもーね)は不敵に笑う。
 そして、なんだなんだと思う間もなく、アゲハの狙った具材をひょいひょいと自分の小鉢に移してしまった。
「ああ! なにしてんだ、テメー!」
「こちらにツバを飛ばさないでください、はしたない」
「はしたねーじゃねーよ。それ、あたしがとろうとしてたじゃん。なにしてくれてんの、ねぇ?」
「卑しい人ですこと……、そんなにお腹が空いてらっしゃるなら、ご自分の鯛をお食べになったら?」
「鯛?」
「おもむろにアゲハの髪飾りの鯛をむしり、ファトラは鍋に放り込んだ」
「ぎゃああああ!! な、なにしてんだ、ふざけんなし!!」
「ほほほほ。美味しそうですこと。そんなものを持ち歩いてるなんて、流石は空京センター街のカリスマですわね」
 高笑いするファトラ。
 どうにも彼女、一方的にアゲハをライバル視しているようである。
 ツリー状の髪型も彼女を意識してのことらしく、虎視眈々と次世代のカリスマの座を狙っているのだ。
 ふふふ、鯛がなくなればカリスマ度ダウン、そうなれば時代は私のもの、2021年のスターはファトラなのですわ。思い知りなさい、アゲハさん。私のような草食獣を装っている肉食女子こそ、本当に恐ろしいのですわよ。
 己の判断で勝利を確信した彼女は勝利の美酒……ならぬ鍋に酔う。
「それにしてもこの肉団子絶品ですわー」
「でしょう?」
 刹姫は嬉しそうに……そして薄気味悪く微笑む。
「ふふふ、当然よ。活きがいい状態で加工したんだから。荒野でいいお肉に出会えて本当に幸運だったわ……」
「荒野で……? なんのお肉ですの……?」
 ファトラの箸が止まる。
「さぁなにかしらね……? 『だんご』と言えば荒野では……いえ、何でもないわ。ふふ、ふふふ……」
 思わせぶりなことを言う彼女だが、肉団子はスーパーで購入したいたって普通のものである。
 でも、ファトラの食欲はなくなってしまった。
「あの……アゲハさん、食べますかしら?」
 その瞬間、サクッと箸がファトラの手に刺さった。
「え……、きゃ、きゃあああああああ!!! な、なにをなさいますの!!」
「うるせー! あんたの食いかけなんかいらねぇーっつーの! このまきぐそ頭ーっ!
「い、言ってはならないことを……!」
 バチバチと火花を散らす中、二人はガシィと両手で組んで、グラップル状態に移行した。
「あらあら……食べ物のことでケンカなんて……」
 刹姫のパートナーマザー・グース(まざー・ぐーす)は困った顔でこぼした。
「人は戦争の中にしか生きられないのよ……、グー姉さま。これも人間の性なのね……」
「お腹が空いてるから戦争をするのですわ。きっと皆お腹がいっぱいなら戦争なんてしなくなります」
「……グー姉さま、なにを?」
「わたくしの持ってきた缶詰を振る舞おうと思いまして。さっぱりとお魚でもいかがでしょうか」
「あ、それ……『シュールストレミング』
 その一言に場が凍り付く。
 アゲハもファトラも鍋将軍も視線は一点、グースの手の中に吸い込まれる。
 そして次の瞬間、プッシューと腐液が天高く舞い上がった。