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開け、魔法の本 ~大樹の成績を救え?~

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開け、魔法の本 ~大樹の成績を救え?~

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第3章(4)
 
 
「向こうは派手にやってるねぇ……それじゃ、そろそろこっちも始めるとしようか」
 月谷 要が両腕を軽く打ちつける。どうやらネームレス・ミストの大戦斧を義腕で真っ向から打ち砕くつもりのようだ。
「クク……それ……では…………参り……ます…………よ……」
 ネームレスが斧を振りかぶり、要へと走り寄る。それに対し、要はその場から動かずに鬼神力と金剛力を発動させ、振り下ろされる斧に向けて拳を打ち込んだ。
「はぁぁぁぁぁぁ!」
 要が斧を押し返す。頭の左側から生えた大小二本の角は、前方へとカーブしていてまるで斧を喰らう獣の口のようだった。最終的に身長差から有利な体勢を維持していた要が押し返しきる事に成功する。
「やり……ます……ね…………もの……凄い……パワー…………です」
「素の力でそれだけの怪力って方が凄いと思うけどねぇ。ま、せっかくだから反撃と行かせてもらいましょうか!」
 鬼と金剛の力を込めた腕をネームレスへと振り下ろす。だが、ネームレスは要のようにその場から動かないどころか、防御の体勢を取ろうともしない。
(なっ――)
 さすがに無防備な相手の顔面に全力の拳を打ち込むのは気が引けるのか、要の力が若干緩む。それでも相当な衝撃が相手に伝わったはずなのだが、攻撃を喰らった当の本人は吹き飛ばされもせず、平然な顔をしたまま拳を顔面で受け止めていた。
「ククク……どう……しました……?」
 接近する斧の存在に驚愕から立ち直り、慌ててネームレスから距離を取る。
「なるほどね……あんたの真の凄さは力じゃなくて、その防御力か」
 要の分析は正しい。ネームレスは防御系のスキルに特化する事で鋼鉄を凌駕するほどの堅さを得る事が出来た。その堅さは瞬間的にであればイコンの攻撃にすら耐えられるのでは無いかと言われているほどである。
「そうなると俺の攻撃力とあんたの防御力、どっちが先に音を上げるかの勝負だな」
 再び要の拳に力が宿る。今度は手加減無用、渾身の一撃を叩き込んでみせる。
「良い……でしょう…………さぁ……来な……さい…………ククク」
 対峙する二人。その顔には僅かに笑みが浮かんでいた。
 
 
「だっ、ちょっ! くそっ! 触手に襲われる趣味は無ぇっての!」
 シュリュズベリィ著 『手記』と戦う事になった七刀 切は襲い来る多数の触手を斬り落としながら応戦していた。斬っても斬ってもどこからとも無く襲い掛かってくる触手という光景は軽く悪夢である。
 『手記』のパートナーであるラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)と切は友人同士なので彼がこの場にいればこの戦いは避けられたかも知れない。だが、現実として彼はこの場におらず、『手記』と切の間には面識が無かった為にこの無用な戦いに終わりは見えなかった。
「早く朝斗さんを助けないといけないっつーのに……って」
 その榊 朝斗はエッツェル・アザトースによって酷く傷つけられていた。朝斗の首を掴んで持ち上げたエッツェルが止めとばかりにエンドレス・ナイトメアを使用した。
「身も! 心も! 絶頂へと導いてあげましょう! 開け、虚空の門よ!!」
「ぐっ……くぁ、あぁぁぁぁぁぁ!?」
「朝斗さん!」
 闇黒の気が朝斗を覆い、苦しむ声が聞こえて来る。一刻も早く助けに行きたいが、切は『手記』の迎撃に手を取られて向かう事が出来ない。
「朝――! な……力が……」
 ようやくレイス達を片付けたルシェン・グライシスが援護に駆けつけようとする。その時、急な脱力感が彼女を襲い、その場に倒れこんでしまった。
「これは、相手の攻撃……? いえ……違う――!」
 全身に力が入らない中、何とか視線を動かしてパートナーの身を案じる。その視線の先にいる朝斗は髪が普段の黒から白銀へと変わり、エンドレス・ナイトメアの物とは違う闇の気を発していた。
「あ、朝斗……?」
 ルシェンのつぶやきも朝斗には届かない。朝斗は自身を掴んでいるエッツェルの腕を逆に掴み返すと、それを引き剥がし始めた。
「俺に……触るな……!」
 どこにそんな力が残っていたのか。無理やり振りほどくとそのままエッツェルを投げ飛ばす。開かれたその目は瞳孔が開いたかのように白い部分が黒く染まり、そしてその中心は金色に輝いていた。
(朝斗さん? ……ああ、なるほど。今になってようやく下位の吸血鬼として覚醒した訳か。だが、その力を制御出来ていないようだな)
 自身も吸血鬼と契約を結び、下位の吸血鬼となっている要が朝斗の様子から状況を把握する。
 朝斗はルシェンとパートナー契約を結ぶ際、朝斗の吸血鬼化を拒んだルシェンの為に朝斗が血を提供するという形で仮の契約を交わしていた。
 その為朝斗は吸血鬼とパートナー契約を結んだ他の地球人とは違って下位の吸血鬼とは微妙に違った存在だったのだが、全くの非吸血鬼とも違ってその奥底に不完全ながらも力が蓄積し続けていた。
 今の朝斗の力はエッツェルによって極限まで追い詰められた為に表面に現れた力だ。
「す、素晴らしい……! これほどの『闇』、そうそう見られる物ではありませんよ」
 研ぎ澄まされた刃のような力が向けられているにも関わらず、力の解放を喜ぶエッツェル。そんな彼に朝斗が飛び掛った。
 エッツェルの抜いた刀を素手で受け止め、もう片方の手で殴る。レイスの攻撃を物ともせずにただひたすら覚醒を促した彼へと襲い掛かった。
「うぉぉぉぁぁぁぁぁあっ!!」
 雄たけびを上げて攻撃を続ける朝斗。刀を受け止めた際についたはずの傷はリジェネレーションによって跡形も無く消えていた。
 
 ――覚醒
 
 今の朝斗を表現するならこの言葉が適切だろうか。だが、その刃はとても鋭く、持ち主さえも傷つけてしまう危険なものだった。
「これが『闇』ですか。確かにこのような力が奥底に眠っていたとは、興味深いですね。ですが――今ここで全てを出し切ってしまうのは面白くありません。ここまでですね」
 風森 巽と戦いを繰り広げていた坂上 来栖が戦闘を切り上げ、跳躍する。そして上空から朝斗へと襲い掛かり、その身体を地面へと押さえつけた。
「はしゃぎ過ぎです、朝斗さん……わめくなよ、餓鬼が」
「ぐ……女、俺に触る――がはっ!?」
 首筋に当てられた腕に力が込められる。一瞬呼吸を止められた朝斗の髪が再び黒く戻ると、そのまま気を失った。覚醒時に放っていた闇の気は今は感じられない。
 同時に来栖が激しく咳き込み、口から血を流す。どうやら絶対闇黒領域によって身体に影響を及ぼした副作用が訪れたようだ。
「くっ、もう時間切れですか……まぁ、今回は良いものが見れたので良しとしましょう」
 本来の姿に戻った来栖が大人しく後方へと下がる。それを機に、戦闘は収束へと向かっていった。
 
「ふむ……あの者、アザトースを圧倒するか。だが、力を使いこなせるかどうかはこれから次第といった所じゃな」
 朝斗が覚醒してから、『手記』はそちらの戦いに気を取られていた。切を襲う触手の動きは鈍くなり、そのほとんどが斬り落とされている。そして、とうとう彼の刃が『手記』自身に襲いかかろうとしていた。
「隙だらけとは余裕だねぇ……貰った!」
 切の攻撃に素早く反応し、自身のソードブレイカーを氷術とアルティマ・トゥーレで凍らせる。そしてそれを触手の大元である頭部を庇う為にかざした。切の大太刀を受け止めると同時に凍らせるという、『手記』らしい対処法であった。だが――
「悪いけど、こいつは『光条兵器』なんだよねぇ」
 光条兵器は光の刃。そして斬る物と斬らない物を持ち主自身が自在に決定出来る。魔法防御性能を持っていないソードブレイカーではすり抜けを止める事は出来ず、その刃はローブごと『手記』の首を切り裂いた。
「って、うおっ! やり過ぎた!?」
 豪快に吹き飛ぶ首。その途端、『手記』の体が崩れ落ちた。中を構成していた触手が消滅し、捕食された精霊とローブだけがその場に残される。
「勿体無い……が、身体が『あぁ』では満足に食事も出来ぬな。全く、面倒な事しおって……」
 首だけになった『手記』が淡々と語る。魔道書だからこそ出来る事であるが、傍目から見て余り気持ちの良い物では無い。
「やれやれ、どうやらここまでのようですね。それでは、機会があればまたお会いしましょう……ふふふ」
 『手記』の首を抱えたエッツェルが優雅にお辞儀をする。そして地獄の天使の力で舞い上がると、そのまま出口へと消えていった。
「縁が……あれば……また…………ククク」
 ネームレスも既に戦闘を終え、来栖を抱きかかえて出口へと向かっていた。他の者が止めるよりも早く、エッツェルを追って姿を消す。
 
「朝斗! しっかりして下さい、朝斗!」
 気を失った朝斗と対照的に動けるようになったルシェンがパートナーの下へと駆けつける。どうやら彼女の不調は朝斗の覚醒に関係がありそうだった。
「う……ルシェン……? 僕は、一体……」
「覚えていないのですか?」
「確か、あの人と戦って……うっ」
「今は喋らない方がいい。ルシェンさん、白精霊もあいつらに巻き込まれる形でほとんどいなくなってるし、後はワイ達に任せて朝斗さんを休ませて来なさいな」
「もし入り口に『心』に行った人達がいたら、九条 ジェライザ・ローズさんがいないか捜してみてくれ。あの人なら応急処置を的確に行ってくれるはずだ」
「有難うございます、切さん、巽さん。それでは、後はお願いしますね」
 ルシェンが朝斗を抱え、入り口へと戻って行く。それを見送りながら、要は心の中でつぶやいた。
(朝斗さん、ようこそ『こちら側』へ。用法、用量を正しく守って、良く考えて人外の道を歩く事だね。それと……心まで堕ちないように気をつける事だ……フフフ)
 先達として下位吸血鬼の道を歩む事になった同胞へと言葉を贈る。朝斗が彼の言葉を守れるかどうかは、今この時点では誰にも分からなかった――