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桜井静香の奇妙(?)な1日 前編

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桜井静香の奇妙(?)な1日 前編

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 校長室で散々騒いだ挙句、百合園女学院を走り回った姉妹と主婦は、そのまま校門の外へと出て行った。
「この辺でいいかな。ルーミィ、氷雨君、もういいよ。ありがとね」
 校門から数10メートルほど離れたところで、主婦っぽい女は姉妹を呼び止めた。
「し、しかし……」
 先ほどまでのラズィーヤとの会話を思い出し、主婦――リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)は腹を抱えて笑い出した。
「あっはっはっは! それにしてもラズィーヤさんのあの顔! 呆然としてたかと思うと笑顔が引きつっちゃって! もう傑作だわ!」
「まったくリースってば、いくらラズィーヤさんが嫌いだからって、ホントやることがえげつないわね……」
 まあ楽しかったからいいか、と姉――リースのパートナーであるルーミィ・アルフェイン(るーみぃ・あるふぇいん)もつられて笑う。
「それにしてもリースちゃん、あれでよかったの? よくわかんないけど、あのお姉さん、凄く怒ってたような……」
「ちぎのたくらみ」の力によって5歳児になっていた妹こと鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)は不安そうな顔をするが、リースはそれを笑い飛ばした。
「いいのよ、氷雨君。あの人にはあれだけやっても足りないくらいなんだし、むしろもっと全力でやっちゃってよかったのよ」
「そ、そうなの……? ま、まあ、いいか。面白かったし」
 リースのその言葉により、氷雨もすぐさま笑顔になった。
 そんな3人の下へ、1人の男がやってきた。氷雨のパートナー、姫神 夜桜(ひめかみ・よざくら)である。
「やあ3人とも、お帰り。楽しかった?」
「あ、夜君だー」
 パートナーの姿を認めると、氷雨は彼に駆け寄った。

 彼女たちの行動は、全てがラズィーヤをいじめるための演技だった。
 人物設定としては、リースが母親役、娘役としてルーミィと氷雨の2人――前者が姉、後者が妹――そして夜桜は男性であったため校門の外で待機である。
 首謀者はリース、氷雨はいわば共犯である。
 氷雨はあらかじめ「ちぎのたくらみ」で5歳児になり、夜桜と共に百合園女学院の前まで行く――本当なら5歳児になるのは百合園についてからでよかったはずなのだが、氷雨はなぜか自宅から使ってしまい、結果的に夜桜に連れられることとなった。
 リースやルーミィと合流を果たした後、氷雨とルーミィが「姉妹の追いかけっこ」を演じ、校長室へ行く。それを追いかける主婦の役としてリースが向かう。一通りラズィーヤをからかった後は、さりげなく校門を出る。これが彼女たちの作戦だった。
 そしてそれは見事に成功した。ラズィーヤは彼女たちの精神攻撃にはまり、怒りが頂点に達しようとしていたのである。
「あー、面白かった!」
 リースのその一言と共に、彼女たちは帰路についたのであった……。

 そしてからかわれた方であるラズィーヤはどうなったのか。
「…………」
「あ、あの、ラズィーヤ様……?」
 祥子が恐る恐る声をかけるが、ラズィーヤからのリアクションは無い。
 ラズィーヤはその間、頭の中でこのような独り言をめぐらせていた。
(さっきから『おばさん』だの『年増』だの、挙句の果てには『結婚』だの『子供』ですって……? どこの誰がそのようなことを言ってるかはわかりませんけれども、諸悪の根源はわかりますわ……。それに、悪魔祓いは日本では貴族がやってた、とのこと。それなら同じく貴族のわたくしが『それ』をやっても問題無い、ということですわね、ふ、ふふ、ふふふふふ……)
 不意に肩を震わせたかと思うと、ラズィーヤは近くに立てかけてあった女王のサーベルを手に取り、抜き放ちながら歌いだした。
「妖怪退治に、怨霊成仏♪
 あらゆる妖(あやかし)困った時は♪
 御札に式神、退魔の刀♪
 さあ呼びましょう、エクソシスト、レッツゴー♪」
 この時点で祥子は理解した。ラズィーヤが何をしようとしているのかを。そう「おばさん」呼ばわりしたそもそもの元凶である弓子を討ち取りに行くつもりなのだ!
「ちょ、やめてくださいラズィーヤ様!」
「ええい、祥子さん、お離しなさい!」
 ラズィーヤの心情を理解した祥子の行動は早かった。弓子を斬りに行こうとするラズィーヤを羽交い絞めにして校長室から出さないようにしたのである。だが今のラズィーヤはそれに大人しく従うような精神状態に無く、必死で祥子を振りほどこうとする。
「ダメですラズィーヤ様! 松の廊下じゃないんですから、こんなところで刃傷(にんじょう)沙汰はいけません!」
「離しなさい! 元はといえばあのB級幽霊がわたくしを『おばさん』呼ばわりしなければこんなことにはならなかったんですのよ!」
「殿、じゃないラズィーヤ様! 殿中、いや、そんな言葉は無いけど舎中(しゃちゅう)でござりまするぞ!」
「ええい、離してたもれ! 離してたもれー!」
「っていうかこの言葉を言うには明らかに時期が違うじゃないのよ! これがタイムリーなのは、松の廊下は3月、討ち入りは12月よ!?」
「3月だろうが12月だろうが、そんなものわたくしの知ったことではありませんわ!」
「どっちにしたって百合園女学院の中で乱闘はいけません! ましてサーベルは危なすぎます!」
「うるさいですわよ! あの女をブッた斬らなければ気が済みませんわー!」
 そのような攻防がしばらく続いた後、今度はノック無しに校長室の扉が勢いよく開いた。おそらく祥子とラズィーヤの叫び声が聞こえたのだろう。すわ一大事かと入ってきた神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)は、部屋の中で繰り広げられる騒動に目を丸くした。
「な、なんなんですのこれは!? ラズィーヤさんご乱心!?」
「エレン!? ちょうど良かったわ! ラズィーヤ様を止めるの手伝って!」
「り、了解!」
 黒髪の恋人に頼まれたエレンは、彼女と共にラズィーヤを抑えにかかった。
「ラズィーヤさん、お気を確かに!」
「エレンさん!? あなたもわたくしの邪魔をするおつもりなんですの!?」
「え、いや、邪魔なんてとんでもない……」
 一瞬尻込みしてしまうエレンだったが、瞬時に機転を利かせてラズィーヤの両肩を掴み、真正面から顔を覗き込んだ。
「あ、そうですわ! ラズィーヤさん、サーベルを振り回すよりも面白い提案を持ってきましたの!」
「どんな!」
「ファッションショーですわ!」
「は!? ファッションショー!?」
「そう! 弓子さん&静香さんのファッションショーです!」
 その言葉を聞いたラズィーヤは、急に動きを止めた。
 今、彼女は何と言った?
「授業が早く終わりましたので、すぐにこちらに伺いましたの」
 ラズィーヤが止まった瞬間を見計らい、エレンはそう切り出した。
「ラズィーヤさん、ちょうど良い機会ですわ。弓子さんに色んなファッションを経験してもらう、という口実で、静香さんにも色んな服を着せて遊びませんこと?」
 ニコニコ笑顔で、エレンはラズィーヤを相手に根回しを始めた。
 幽霊の弓子が「百合園女学院の学園生活を体験したい」というのであれば、まずは形から入るべきだ。形、それはつまり「制服」である。物的干渉を受ける幽霊というのであれば、おそらく着せ替えも可能。ならば弓子に百合園女学院の制服を着てもらおう、とエレンは考えたのである。
 だが、単にそれをやったのでは面白くない。それならばいっそのこと、ラズィーヤをそそのかし、もとい、ラズィーヤに話を通して静香を巻き込んだ「ファッションショー」ということにすれば、自分だけではなくラズィーヤも楽しめるはず。
 そしてその目論見は成功したように思える。だがこれだけでは不十分だ。そこでエレンはとどめの一言を放った。
「そういえば、静香さんの百合園制服姿って、見たことがありませんわ」
「…………」
 その言葉を聞いたラズィーヤはゆっくりとサーベルを下ろし、普段通りの笑顔を見せた。
「それは、実に面白そうなお話ですわね」
 こうして、百合園女学院内での殺傷事件は不発に終わり、代わりに当人たちが全く知りえないファッションショー計画が発動したのである。