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第一回葦原明倫館御前試合

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第一回葦原明倫館御前試合
第一回葦原明倫館御前試合 第一回葦原明倫館御前試合

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   拾肆

 控え室でミシェルの【ヒール】を受けながら、輝はぼんやりと考え込んでいた。
「あの……」
 ミシェルに声をかけられ、輝はようやく我に返る。
「えっ?」
「痛いところ、ありませんか?」
「あ、うん、大丈夫。凄いですね!」
 輝はぶんぶんと腕を振り回して見せた。ビシ、と音がした気がして、思わず固まる。
「無理をするな」
 壁に寄りかかった銀が言った。
「そ、そうよ! 無理して悪くなったら……やっぱり救護所の方が」
「それは無理だろう。自分が倒した自分のパートナーがいるんだ」
 輝はぎゅっと目を瞑った。
「銀!」
「会いに行けるのは、優勝した時だな」
「分かってます……」
「いい顔だ」
 輝の顔に、もはや迷いはなかった。


   準決勝
  審判:黒六道三

○第一試合
 白砂 司 スキルVS.氷室 カイ

 元来、氷室カイにとって「戦い」とは全てだった。それ以外の記憶を持たぬ彼にとって、存在意義そのものであり、勝たねば意味のないものであった。
 今は勝つことより、「護る」ことに意義を見出している。
 だが、「戦い」が彼のアイデンティティであることは変わりなく、最強であることを証明したいと考えるのは、戦士としての本能だ。
 その冷静さにおいて、カイと司はどことなく雰囲気が似通っている。カイの方がやや体格がいいが、見守る者らはいい勝負になりそうだと皆思っていた。
 カイはこの時もまた、腰を落とし、居合いの姿勢を取った。試合開始の合図と共に、【ヒロイックアサルト】を発動する。だが司も同時に【シーリングランス】を使い、カイは己のスキルが封じられたのを悟った。
 二人は槍と剣を構え、じりじりと間合いを探った。カイが一歩踏み込めば司が下がり、司が下がるとカイが追う。距離は決して縮まることなく、時間だけが経過していった。
 突如、司が槍を持ち替え、掬い上げるようにしてカイの足先を狙った。カイは咄嗟にそれを足で払った。ブゥン、と槍が回転する。その間を掻い潜り、カイは司との間合いを詰めた。
「しまっ――!」
 最後まで言わせず、剣を横薙ぎにする。脇腹を強打され、司が痛みに顔をしかめたのを見た。
 だが司は再び槍を持ち替えた。一回転する間に距離を取ろうとしていたカイは、間に合わなかった。それでも足に力を込め、司から離れようとする。
 司は太刀打ち部分を握り、石突を思い切り落とした。
「――!!」
 カイは悲鳴を上げそうになった。足の甲を完全に持っていかれた。
 カイは蹲った。
 ――俺の負けか。強いな、お前は……。
 道三は戦闘不能と見て取り、司の勝利を宣言した。決勝戦進出である。


○第二試合
 神崎 輝VS.サー・ベディヴィア

「ほっほー、かなり予想外の人が勝ち上がってきたねー」
 もぐもぐととん汁を頬張りながら、氷雨が言った。
「主様もそう思いますか?」
 デロちゃんのとん汁は、なぜかデローンである。何か一手間、自分で加えたらしい。それを氷雨に食べさせようと、まだ手をつけていない。
「白砂さんと氷室さんは分かるんだけどねー。あの戦い方、見た?」
「どっちが勝ってもおかしくありませんでしたね」
「槍の機能を余すところなく使ったのが、白砂さんの勝因かな」
「次はどうでしょう?」
「サー・ベディヴィアは強いよー。勝ち上がってきたのも分かる」
「輝ちゃんはびっくりですよね」
「でも――ああ、いい目をしてるね。いい勝負が出来そうだ」


 サー・ベディヴィアは、アーサー王伝説に登場する円卓の騎士で、エクスカリバーを湖の貴婦人に返した人物として知られる。伝説では、「隻腕にも関わらず同じ戦場でほかの三人の騎士より早く敵に血を流させた」と言われている。
 今の彼は失った腕の代わりに機晶姫の腕をつけており、普段はカイの執事をしている。ちなみに愛称はベディである。
 主人であるカイが負けた以上、執事である自分が代わりに勝ち抜かねばと思うのは当たり前のことだった。目の前の少女――どうやら男の娘というらしいが――がここまで勝ち進んできたのは意外だったが、だからといって侮るつもりは毛頭なかった。
 偶然や運だけで準決勝まで来られるものではないし、負けた者たちもそんなことで敗れるほど弱くはない。それに運も実力の内という。この少女――くどいようだが男の娘――には、何かしら神がかったものがあるのかもしれないと、ベディヴィアは思った。
 二人は一礼し、武器を構えた。輝の目を見て、ほう、とベディヴィアは感心する。かつて戦った敵や、仲間と同じような目をしている。ふと懐かしさを覚えた。
「でやああ!」
 輝が打ちかかってくるのをベディヴィアは【ライトニングランス】で弾き返し、更に鳩尾を突いた。雷撃が輝を襲う。容赦ない攻撃にブーイングが上がるが、ベディヴィアも輝自身も意に介さない。
 槍をしごき、太ももを狙うが、輝はそれを素早くかわし、駆け抜けた。ベディヴィアの腹部に見事に一本が入る。
 振り返ったベディヴィアの目の前に、大きく振りかぶった輝がいた。
「速い――!!」
 ベディヴィアの目は、驚愕と驚嘆に見開かれた。
 ――よもや私が負けるとは――もっと精進しなければ――。
 脳天への一撃。気絶こそしなかったが、ベディヴィアはかつて王の御前で友らと戦った日のことを思い出していた。


 準決勝の審判を終えた道三が会場の外に出ると、ドライアが待っていた。
「師匠も人が悪りィや」
 少年は立ち止まり、にやりとした。
「悪党だからな」
「やはりそうか」
 第三者の声にドライアが驚いて振り返ると、麻羅がジェットハンマーを手に立っていた。
 少年は顔にすっと手をやった。それが外されたとき、仮面の下から現れたのは、身の丈二メートル近い、大柄な男だった。「ナラカの仮面」で顔を変え、【ちぎのたくらみ】で十五歳程度の少年に見せかけていた男は今や、その正体を現した。
 三道 六黒(みどう・むくろ)――ドライアの師にして悪党。戦いと力のみを行動原理とし、たとえ人死にが出ようとその結果を一顧だにしない男。
「これはこれは審判長殿。こんなところでのんびりしていて、よいのかな? 間もなく決勝が始まるだろう?」
「決勝よりもお主じゃ。何を企んでおる?」
「なあに、不肖の弟子の成長ぶりを間近で見ようと思っただけよ」
「弟子……」
 その前についた単語は無視して、「弟子」と呼ばれたことにドライアはじん……となった。
「ふン。よう言うわ。大方、優勝者を討とうとでも考えていたのじゃろう。だが、そんなことはさせん!」
 麻羅は右目にかかった眼帯を投げ捨てた。深い海のような色の左目に対し、炎のように赤い瞳が輝く。両手で抱えるほどの大きなジェットハンマーを地面に下ろすと、ずしんと地響きがした。
「師匠! ここは俺が!」
 ドライアは虚刀還襲斬星刀を構え、六黒の前に出た。【ディフェンスシフト】を発動させ、師を庇う。
「下がっておれ、ドライア。お主はまだ戻れる。六黒から離れるのじゃ」
「大きなお世話だ! 俺は師匠みたいに強くなるんだよ! さあ、師匠、早く!」
「のけ、ドライア」
「し、師匠?」
 些か情けない声をドライアは上げた。
「今日は気分ではない……と言いたき所ではあるがな」
 クッ、と六黒は喉の奥で笑った。
「所詮は模擬戦。命の鎬も削らぬ児戯であろうと思うておったが、なかなかどうして、面白き立ち合いもあったな。熱気に当てられ、おかげで身体が疼いておったところよ」
 六黒は龍骨の剣を無造作に抜いた。金属より遥かに硬く鋭い剣が、ギラリと刀身を光らせる。
「相手になってやろう」
「その余裕、後悔させてくれる!」
 麻羅は【龍鱗化】で防御力を上げた。その上で【チャージブレイク】を使う。これは攻撃力が大きく上がる一方、己の体力も削る技だ。更に、
「【正義の鉄槌】!」
 六黒に強力なダメージを与えるが、反動も凄まじく、打ち付ける度、麻羅の腕や肩、背骨や腰に砕けんばかりの衝撃が走った。
「師匠!」
 六黒の前に飛び出したい衝動に駆られ、ドライアが叫ぶ。六黒は動かない。ただ、じっとしている。少年に化けていたため、今は鎧もなく、己を守るのは身一つだ。
 四〜五発、その身に麻羅の鉄槌を受けただろうか。
 六黒はカッと大きく目を見開いた。
「食らえい!!」
 六黒が取った行動はただの一太刀――それだけだった。


「麻羅がいないんだけど!?」
 準決勝の後、ちょっと出てくると言ったきり、麻羅が戻ってこない。自分から審判長に立候補しておきながら行方不明では、後々、責任問題にもなりかねず、緋雨は青くなった。
「何かあったんじゃ……?」
 一緒に探していた鳳明が心配を口にするが、それはないと緋雨は言い切った。
 麻羅は見た目こそ十二歳の少女だが、その正体は神話に出てくる天目一箇神で戦闘力も高い。もし彼女を攫おうなどと不届き者がいたとしても、返り討ちにされる。従って、麻羅に何かあったとしたら、それは彼女の意思に他ならず、それ故に緋雨は案じているのである。
「もうすぐ決勝が始まっちゃう……」
「仕方がありません。あなたがやってください」
と言ったのは、プラチナムだ。
「私!?」
「そうね。緋雨さんしかいないし」
「で、でも無理――だと思う」
 緋雨はそう言って、左目を覆う眼帯に触れた。麻羅とは異なり、その下の瞳は光を映さない。右目だけで参加者の動きについていくことは困難だ。まして決勝ともなれば。
「私が副審でつきましょう。パートナーのミスは、パートナーが取り返すしかありません」
「――分かったわ。プラチナムさん、副審、お願いします」
「承知しました」
 プラチナムは軽く頭を下げた。
 緋雨は胸を張って、試合場へと向かった。