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桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

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桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

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「え、両親との楽しかった思い出、ですか?」
 昼休み、百合園女学院校長の桜井 静香(さくらい・しずか)に誘われて食堂を見学していた吉村 弓子(よしむら・ゆみこ)は、唐突に七瀬 歩(ななせ・あゆむ)にそんなことを問われ、軽く首をかしげる。
「反抗期になったのって、割と最近のことでしょ? 意外とあるんじゃないかなぁ、って思うんですけど……」
「そりゃまあ、無くはないですけど、何でまた?」
「えっと……、ちょっとした好奇心というところです」
 その言葉に、何となくはぐらかされていると弓子は感じたが、目の前にいるこの少女が何かしらの悪意をもって接してきているとは到底思えなかった。思い出を聞き出して何をするつもりなのかは気になるところではあったが、答えることにした。
「……小さい頃、と言っても小学校3年生の頃なんですけど、夏休みに、両親と一緒に九州の親戚の所に遊びに行ったことがあります。すごい田舎だったんですけど、山の中を歩き回ったり、縁側で花火で遊んだり……。なかなか時間が取れなかった両親が珍しく休みを作ってくれて……」
 あの頃は本当に楽しかった。都会育ちである分、田舎というものが珍しくもあったし、何より両親が揃って休みの日を作ってくれたのだ。親の愛を必要とする子供にとって、それは何よりの「ご褒美」だったのだろう。中学生や高校生になってからは愛を感じることが少なくなった弓子にとって、あの当時の日々は何にも換え難いものだった。
「ありがとう弓子さん。それじゃ失礼します」
 その話を聞きだした歩は大急ぎで食堂を出て行った。
「……何を急いでるんでしょうか……?」
「急いでいる、っていうか、慌ててるようにも見えたけど……」
 取り残された形となった弓子と静香は、歩みの後姿を眺め、呆然としていた。

「はぁ、動画データを……」
「お願いします。どうしてもそれを貸してほしいんです」
 食堂を出た歩が次に向かったのは校長室だった。その目的はラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)に、ある「お願い」をすることである。
 歩が校長室にたどり着くと、ちょうど業務がひと段落したラズィーヤが出てくるところであった。そこで歩は、先日ラズィーヤが手に入れた「弓子と静香が映っている動画データ」を貸してもらうよう頼み込んだのである。
「ですがあれは、とある生徒さんが必死で撮影したもの。それをどうして歩さんに貸す必要がありますの?」
 ラズィーヤの言うことはもっともである。せっかく入手したものを理由も無く貸し出すわけにはいかない。それこそ静香か幽霊に消去するように頼まれたのだとしたら、ラズィーヤとしてはそれを守り通す必要が出てくる。
 だが歩はラズィーヤがそう質問してくることを予想していた。だからこそ彼女は、ラズィーヤに「本当のこと」を告げた。
 撮影された動画を、地球にいる弓子の両親に見せたいのだ、と。
「地球に行って、どうしてもしたいことがあるんです。お願いします。動画データを数日の間だけ、貸してください!」
 深々と、歩は頭を下げた。
 ラズィーヤは数秒ほど考えると、あっさりと貸し出しを承諾した。
「構いませんわ」
「え、本当ですか?」
「ええ、そういう理由でしたらお持ちになっても大丈夫ですわよ。ちゃんと後で返してくださいね。それから――」
 ラズィーヤは校長室の扉を開け、歩を中に招いた。
「データだけでは見せることはできませんわね。どうせならビデオカメラもお持ちなさいな。後は、幽霊の住所もメモしていくことをお奨めしますわ」
 その言葉を聞いた歩は、机の上に置かれていたラズィーヤのビデオカメラを手に取り、書類――百合園女学院を見学する者の氏名や住所が書かれたリストを開いた。その中から「吉村弓子」の名を探し出し、情報をメモにとると、用意していた「休学届」を机に置き、歩は全速力で百合園から走り去っていった。
「慌しいことですわね。それにしても、どうしてあんな幽霊に、そこまで肩入れするのやら……」
 件の幽霊っぽくない幽霊のことが嫌いなラズィーヤには、どうしても歩の行動理念がわからなかった。