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桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

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桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

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第10章 猫、やたら寄りつく

 猫を入れておく空き部屋から離れ、静香たち4人――同行者は弓子、小鳥遊美羽、ベアトリーチェ・アイブリンガー――は林の方へと足を向けていた。どこで何人が捜索に当たっているのかわからないというのもあるし、弓子に依頼を体験させるという名目もあるため、どうしても全体を見て回る必要があるのだ。
「ははぁ、なるほど。あのラズィーヤ相手にそんなことを、へぇ……」
 ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)がそんな静香たちと出会えたのは半ば偶然だった。もちろん彼女も猫探しの参加者なのだが、最初の時点でたまたま向かう場所が違ってしまい、話すタイミングがつかめなかったのである。
 彼女がこうして静香たち――特に弓子に話しかけているのは、どこで聞きつけたのか「静香に取り憑いた幽霊がラズィーヤを相手に口喧嘩している」という噂を知り、それで興味を持ったからであった。
「いやぁ、なかなかやるじゃないか弓子よ。私も今度、ちょっとからかってみるかな?」
「あんまりやりすぎると、逆に返り討ちに遭うような気がしないでもないですが」
「あれ、そんなこと言うんなら、なんで弓子は面と向かって口喧嘩なんかできるんだ?」
「まあ幽霊ですから2回も死ぬなんてことはそうそう無いでしょうし、それに何より、校長先生が近くにいますからね。向こうも手は出しにくいと思いますよ」
「おいおい、礼儀正しそうに見えて実は意外と腹黒いってか?」
「いいえ、黒いどころかカラッポですよ。だって幽霊ですから」
「あはははは! なかなか面白い冗談だぜ!」
「はい、冗談です」
 どこまでが本当でどこからが冗談なのかはわからなかったが、それでもミューレリアは弓子を気に入ったようだ。もっとも、ミューレリアは最初から弓子のことを気に入るつもりでいた。
「幽霊だとかそんなのは大したことじゃない。いい奴ならちょっと話せばそれだけで友達さ」
 何しろこのような思想の持ち主なのだ。だからこそ、相手が文字通り血も涙も無い幽霊であっても、彼女は物怖じせずに付き合える。話せる相手であるなら誰でも友達になる自信があるのだ。
「しかしそうか、今日が最後の1日なんだよな……。そう考えるとちょっと物足りないぜ」
「それはそうですけど、まあこればかりは仕方ありませんから」
「だな。……まあそれはそれとして、だ。成仏する前に私と弓子で、……いやこの際静香も一緒に3人でラズィーヤにイタズラでもしようぜ!」
「え、ええっ!? なんで僕まで!?」
 唐突に名前を出された静香は驚愕するが、話を振った方は爽やかな笑顔で返す。
「決まってるだろ。静香も普段やられてばっかりなんだから、少しは反撃しないとさ」
「い、いくらなんでも無理だよ! っていうかそんなことしたら逆に倍になって返ってくるよ!」
「その時はさらに倍にして返せばいいだけだぜ!」
 ただし、倍返しの応酬がどこまで行き着くかは誰にもわからないが。

 道中でルカルカと薫の2人とすれ違い、上記のような会話を経て、彼女たちは林の前にやって来た。見たところすでに猫探しを行っている学生は多く、静香たちが参加するほどのことではないようだ。
「あらぁ、校長先生に弓子さんですぅ」
 猫を相手に小さなコンサートを開いていたメイベル・ポーターが静香たちの姿を認めその場で手を振る。
「こんにちは、メイベルさん」
「こんにちは。先生も猫探しですかぁ?」
「うん、そんなところだけど……、こっちはもう捜索の必要は無さそうかな」
 林の内外に12人――1人は寝ていたが――もいるのだ。そこに5人も加わる必要は無いだろう。
「そうですねぇ、あらかた探し終わっちゃった感じですぅ。……あ、そうだ。せっかくですから、弓子さんもここで一緒に歌ってみては如何ですぅ?」
 猫相手のコンサートにメイベルは弓子を誘ってみるが、それは丁重に断られる。
「あ〜、いえ、私はこの後他の所にも行こうと思っていますので、遠慮させていただきます」
「あら、そうなんですかぁ」
「……まあ私が歌うと窓ガラスが粉々になりますけどね。嘘ですけど」
「どこのリサイタルですかそれはぁ。っていうか嘘ですかぁ」
 そうしてくだらない冗談を言い合っていたその時だった。
 まったく警戒していない静香と弓子の2人に何か粉末状のものが大量に降りかかったのである。
「ぶわっ!? ぷ、ぷはっ! な、何これ!?」
「きゃっ! ん、粉? 一体……?」
「うわ、静香、弓子、大丈夫!?」
 突然の事態に慌てたのは美羽である。何を振りかけられたのかはわからないが危険物であるなら一大事、と言わんばかりにベアトリーチェと共に2人の粉を払い落としていく。
「わははは、油断大敵だぜ、お2人さん」
 その声はすぐ近くから聞こえてきた。見ると、先ほどまで談笑していたミューレリアがその手に何やら袋らしきものを握り締めていた。
 どうやら犯人は彼女であるらしい。
「ちょっとそこのどことなくパラ実っぽい猫耳少女! 2人に何を振りかけたのよ!」
 西側の――すでに東西は統合されたが――ロイヤルガードとして美羽はミューレリアに食ってかかる。場合によってはこの場で正義の鉄槌を叩き込むのも辞さない構えだ。
 逆に、この頃は常に超感覚を発動して大好きな動物である猫の耳と尻尾を生やし、不良というわけではないがパラ実の自由さに憧れている――しかもパラ実生の恋人がいたりする――東のロイヤルガードは笑って答えた。
「何って、マタタビだぜ」
「ま、マタタビ?」
「そう。ここに来る前にペットショップに立ち寄ってさ、マタタビを粉末状にしたやつを大量に買っておいたんだ」
「……じゃあ、なんでマタタビなんかかけた――」
 マタタビを2人に振りかけた理由を問おうとしたが、残念ながらその問いの言葉は最後まで紡がれることは無かった。
 マタタビの匂いにつられて、その場にいた15匹――その上、まだ林に隠れていたらしい4匹の猫が一斉に静香と弓子に殺到したのである!
「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」
 2人揃って絹を裂く――ほどではない悲鳴をあげ、そのまま猫の大群に押しつぶされた。
 ミューレリアの目的はまさにこれだった。あらかじめ大量のマタタビの粉末を仕入れておき、隙があれば2人に全て振りかける。大量のマタタビの匂いに誘われた猫が2人に殺到する。猫はマタタビのおかげで幸せ、そして静香と弓子は大量の猫をモフモフできて幸せ、さらに依頼も達成できて超幸せ! その猫の大群に押しつぶされるというのは、さすがに想定外であったが。
「うわわわわ! ち、ちょっと集まりすぎ! わっ、顔を舐めてきた、っていうかちょっと痛い!」
「ひえええ、髪の毛にまで猫が〜! 猫自体は嫌いじゃないけどこれはさすがに〜!」
「ははははは、愉快愉快。最終的にイタズラをするとしても、ラズィーヤの前に私、そしてその前に猫に勝たないとな!」
 まったく悪びれずにミューレリアは爆笑する。その光景を見て美羽は呆然としていた。毒物か何かであれば同じロイヤルガードであっても懲罰の対象となるのだろうが、それほど毒性の無いマタタビではさすがに罪に問えない。しかも目的は単に猫を集めるだけであり、他者への迷惑を狙ったものでないとするならばどのように対処しろというのか。
 ミューレリアのそれは、完全に悪気の無いイタズラだった。猫による擬似的な「野生の蹂躙」状態は考えていなかったが、それも一興というものである。
「ま、そういうわけで、幸運を祈るぜ!」
「い、祈ってないで助けてよミューレリアさん――うわあ!? ち、ちょっと全身に擦り付けてきた!? っていうか舌が痛いって!」
「ね、猫が寄ってくるのはいいけど、この状況は色々と――きゃあっ、ち、ちょっとそんなとこに入らないでっ!?」
 男の娘と幽霊の少女はしばらく猫たちに蹂躙された後、その場にいた契約者たちによって何とか助けられた。とはいえマタタビ効果はまだ続いていたため、そのまま猫たちを引き連れて空き部屋へと逆戻りするのであった。

 もちろん、空き部屋に猫を放り込んだ後、洗面台にて舐められた箇所を洗い、服についた大量の毛を落としたのは言うまでもない。