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『スライムクライシス!』

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『スライムクライシス!』

リアクション

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 『殺気看破』を使用して不意討ちにも俊敏に反応する刀真は、大剣・トライアンフの『スウェー』でスライムの体当たりを受け流す。『行動予測』していた月夜は『ライトニングウェポン』で撃ち出した銃弾をくまなく命中させ、刀真にかわされたスライムが床に落ちる前に木っ端微塵にする。
「私達の邪魔はさせない……!」
 『弾幕援護』で刀真をフォローした月夜の背中が手薄になると、刀真は『金剛力』と『一刀両断』を合わせ、『スタンクラッシュ』で月夜を狙うスライムを押し潰す。
三尾が宿りて絶零が生ず!
 刀身が金色の狐の尾に包まれ凍てつく冷気に変化する。それによって強化された『絶零斬』を刀真が繰り出すと、直撃を受けたスライムたちの水分が一気に凍りつく。
 奇跡的にその隙間を縫って刀真に飛びかかるスライムを、月夜の『放電実験』が捉える。
「そこっ、ディスチャージ!」

「おーおー、縦横無尽だなぁ」
 すっかり二人に道を任せきったエヴァルトは、今やSPASを肩に乗せる余裕ぶりだ。エヴァルトが何もしなくても、刀真たちが通った後はまったくスライムのいない廊下が姿を見せるのである。
「本当に、お互いをカバーし合って見事に息ぴったりですね。それなのに、私のパートナーと来たら……」
「シロぉっ! お腹減ったぁ!」
 すっかり無双モードから空腹モードに移行していたカフカが泣きつくような目で鷺を見ると、彼はまた頭を抱えた。一食でメニュー一通りを注文するようなカフカが昼食を抜いているのだから、仕方はないのだが。
「まぁ、お前らはまだ契約してから日が浅いんだろ? これからだって」
 エヴァルトが背中をぱんと叩くと、鷺は「そうだといいんですけど」と返した。
「そうさ。慣れていくうちに、自然とお互いの呼吸もわかるようになるもんだ」
 そう鷺を励ますと、エヴァルトはカフカを向く。
「それで――えーっと、カフカだっけ? なんで音楽室なんだ?」
「あっはは、面白いことを聞くねぇエヴァちゃん」
 呼ばれた途端に表情を固めたエヴァルトを気にも留めず、カフカは無邪気な笑顔を見せる。
「でかい親玉と言えば、広いところでしょ? となると、やっぱ音楽室でしょー!」
 エヴァルトの表情がさらに硬くなると、鷺はまた頭を抱えた。

「ここです、音楽室!」
 いつの間にか目的地に辿り着いた一行。先陣を切っていた刀真が間髪入れずに扉を開けると、敏感に反応した月夜が叫んだ。
だめっ、刀真!
 刀真が開けるのを待ち構えていたように粘液を飛ばしたのはライムスライムだったが、咄嗟に刀真を突き飛ばした月夜のお陰で彼は石化を免れた。しかし代わりに粘液を浴びたのは月夜の右手。
「なッ、月夜!」
 刀真が駆け寄る間にも、月夜の腕はどんどん石と化していく。
「すまん、俺のせいで――!」
「ううん、いいんだよ」
 刀真が必死に謝る傍で、月夜はふるふると頭を振った。それに応じて綺麗な黒髪が揺れる。
「私は刀真の剣でパートナー、刀真のモノよ。私が身代わりになって、それで刀真を救えたのなら……本望……よ――」
 その言葉を最後に、月夜は儚さを秘めたまま動かなくなった。
 目の前で石になったパートナーを、刀真は強く抱きしめる。
「月夜……」
 エヴァルトは二人を気遣いながら、慎重に音楽室の中を確認する。
「どうやら、ザコしかいないみたいだな……。どうする刀真。お前は彼女連れて避難するか?」
「いえ――」
 エヴァルトが静かに問うと、ぐっと拳を握り締めて前を見据えた。
「――早く終わらせましょう」
 強く立ち上がって剣を握り締めると、刀真は月夜に近寄るスライムを薙ぎ払った。
「……行きますよ」
 刀真が次の場所へ向かうと、エヴァルトは何も言わずに後に続いた。

「カフカ――?」
 鷺も二人を追おうとすると、彼女が棒立ちになっていることに気がついた。
「カフカ? 大丈夫ですか?」
「ねぇ、シロ……」
 刀真に語りかけた姿勢で石になった月夜を見たまま、カフカはポツリと呟いた。
「でかい奴がいるとしたら……僕たちが倒さなきゃいけないね」
 その瞬間、カフカの瞳の奥に何か鋭いものを見ると、鷺は静かに頷いた。
「ええ、そうですね――」
 二人は月夜にそう誓うと、前を行く刀真を追った。

 月夜、必ず助けるからな――。
 彼の太刀筋から、その想いが痛いほどに伝わってきた。

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 以前にも見た『関係者以外立入禁止』の張り紙をまた無視すると、つばめは再び強化防音ガラスに囲まれた部屋へと踏み入る。
 葦原明倫館天守閣・展望の間。流石にこの部屋にはスライムもいなかった。
 一切の汚れを嫌う六畳の空間。この部屋から望む景色は相変わらず絶景だが、今日はそれを楽しんでいる暇もない。
「確か……この辺に……」
 つばめは隅の柱を手で探る。

 葦原明倫館には無数の抜け道が存在する。それは様々な事態に備えて作られているものだが、ほとんどの人間はその存在すら知らない。
 以前、偶然にその抜け道の一つを知ってしまったつばめだが、その直後に忘れろと釘を刺されている。
 しかし今回は状況も状況。後でとやかく言われることもないだろうと、つばめは胸を張ってそれを使うつもりだ。

「これだ!」
 不自然な柱の出っ張りを思い切り押すと、柱の中でかこんかこんと木のぶつかっていく音がする。見えないところで巧妙なからくりが作動しているのだ。
「きたきたっ」
 不謹慎ながらも若干わくわくしながらその僅かな間を待っていると、つばめは強化防音ガラスの向こうにふとおかしなものを見る。何か、巨大でぷよぷよした塊だ。
「あ、あれ? もしかして、あれが親玉スライ、ムぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!?
 確認しようと思うには時既に遅く、くるりと回転する畳はつばめを真下へと叩き落していた。

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 明倫館の家庭科室では一つの鍋がぐつぐつとお湯を沸騰させていた。
「鍋の用意は出来たね!」
 つい先ほど石化を解いてもらった透乃は、そんなことを微塵にも気にせず笑顔である。
「私がスライムを細かくちぎっていくから、陽子ちゃんは『清浄化』で異常成分を抜いてくれる?」
「わかりました。くれぐれも気をつけてくださいね」
 二人は色とりどりのスライムをちぎっては鍋に放り込んでいくが、事件は何匹目かのスリープスライムを透乃がちぎった時に起きた。
 まだ新鮮だったスリープスライムを勢いよくちぎったお陰で、スライムの粘液が飛び散り透乃の顔にかかったのだ。
「はうっ!」
 突然睡魔に襲われて意識を失くすと、透乃はそのまま煮えたぎる鍋の中に突っ込む。
きゃあああああああああああ透乃ちゃんどうしてそっちへッ!!
 もちろん見ていた陽子は大絶叫だった。

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「こりゃあ暴れても良さそうだな!」
 シャンバラ教導団のジガン・シールダーズ(じがん・しーるだーず)は、明倫館の廊下でフランキスカを投擲しながら、『光条兵器』でスライムを叩き伏せていく。
 物理攻撃があまり効かないと判断したジガンは、力任せではなくスライムを光剣で蒸発させる戦い方にシフトしたのだ。好戦的な彼はスライムが多くなるほうを目指して、目の前の敵をただ粉砕していく。
 しかし葦原明倫館でのスライムは、唯斗たちが確認したように至るところにまんべんなく行き届いている。やがてそれに気付くと、嫌味ったらしくて腹では何を考えているか分からない奴の顔がジガンの脳裏を掠める。
「黒幕がいたら、安全な場所で高みの見物……絶対そうだな」
 そうこぼした彼は何を思ったか武器を振るう手を止め突然方向を変えると、スライムが少なくなる方を目指し始めた。

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 蒼空学園生の中原 一徒(なかはら・かずと)は、石化した女生徒を抱えながら明倫館の廊下を疾走していた。

 途中で出会った真田 佐保(さなだ・さほ)とパートナーの丹羽 匡壱(にわ・きょういち)が道を開きながら援護してくれる。
「なぁ一徒。それにしても、なんでそのコは音楽室の真ん前にいたんだろうな?」
 スライムを鋭く叩き斬ると、匡壱は一徒を振り返った。
「わからないが、俺たちみたいに仲間と戦ってたんじゃないか? 蒼空の生徒っぽいしな」
「ふぅむ。確かに、誰かに話しかけている様子でござるな」
 一徒の推測を聞くと、佐保はまじまじと石化した女生徒を覗き込む。
 儚げな表情をして誰かを見ている少女。左手にマシンピストルを握る彼女の髪はすらりと背中へ流れている。今は石と化してしまっているが、きっと美しい黒髪なのだろう。
「あっ、ちょっと待った!」
 彼らが放送室の前を通り過ぎようとすると、不意に一徒が声を上げた。
「放送室の中にも石化した人がいるぞ!」
 一徒が中を指差すと、佐保と匡壱も戻ってくる。
「ここの廊下はやけに少なくなってると思ったら、戦ってたんだな……」
 匡壱が複雑な表情をした先には、犇くスライムの海の中で、ガーゴイルに乗って弓を構える少女が微動だにしないでいた。
 一徒が抱えていた少女を丁寧に床に置いたのを見ると、佐保は口を開いた。
「助けるでござるか?」
「引っ張り出すだけならなんとかなるだろ。やるしかないぜ!」
 腕まくりをした一徒はそう気張ると、素早く放送室の中に手を突っ込んだ。途端にスライムが攻撃をしかけてくる。
 佐保の放つクナイがなんとか援護しているが、スライムの多さにほとんど無力だ。
「ガーゴイルは後回しだな――おらぁッ!!
 弓を持つ手を掴んでなんとか引きずり出すと、石化した巫女姿の少女の側頭部が扉の角にぶつかって鈍い音を立てた。
「うわッ、今すごい音がしたがこのコは大丈夫でござるか……?」
 放送室の扉を閉める佐保が慌てた表情を見せると、一徒は苦い笑みを浮かべた。
「ま、まぁ石化してんだから大丈夫だろ……それより匡壱、そっちのコ持てるか?」
 先ほどまで一徒が抱えていた少女を示すと、匡壱は任せろと頷いた。
「よし、じゃあさっさと逃げよう――ん?」
 用のなくなった放送室前から一行が歩みを進めようとすると、一徒の足が何かを蹴った。
「携帯……?」
 その携帯電話を佐保が拾い上げる。
「巫女服のそのコのではないようでござるな」
 それを聞くと、一徒は直感したように廊下を振り返った。
「どうやら、もう一人いたみたいだな……」
 しかしどこへ消えた――?