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狙われた少年

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狙われた少年

リアクション

   十二

 どこからどう見ても武将の真田 幸村(さなだ・ゆきむら)と、どう見てもチャラい兄ちゃんである徳川 家康(とくがわ・いえやす)が護衛に選ばれた。
「わしが徳川家康じゃ」
と名乗っても、日本人ではないトーマや当麻には何の反応もなく、天下人はちょっと凹んだ。
「家康殿、この少人数では危険ではござらぬか?」
 先頭を悠々と進む家康に駆け寄り、幸村は囁き声で尋ねた。
「頭数を揃えて、敵方から当麻殿を引き離すが上策と心得るが」
 いかが、と重ねて尋ねられ、家康はフンと鼻を鳴らした。
「大勢で動けば、童がここにいると教えるようなもんじゃろうが」
「それは――」
 そうかもしれない、と幸村は思った。だが、夜ならともかく、まだ日が高いこの時刻、どう動いても、遅かれ早かれ敵には見つかるだろう。
 そもそも、なぜ今この時に移動せねばならないのだろうか。なぜ、夜まで待たぬのか。
「家康殿」
「煩い奴だな。ならば教えてやろう。もし、敵がそれなりのスキルを持っておるなら――」
 足音が、した。
 それも一人ではない。二人、三人――途端、気配が増えた。もっと大勢いることに、幸村は気づいた。
「当麻!」
 トーマが当麻を後ろに庇った。だがその後方にも、忍びたちがいた。四人をぐるりと取り囲んでいる。
「――こうなるだろう、と思うてな」
「家康殿! こうなると分かっていて、なぜ!?」
「決着は、早くつけるにこしたことはなかろう?」
 ほう、と低く感心したような声が上がった。
「面白い奴がいるものだな」
 忍びの後ろから現れたのは、ドライア・ヴァンドレッド(どらいあ・ばんどれっど)を従えた三道 六黒(みどう・むくろ)だ。
「なかなか骨があるではないか」
 にやり、犬歯を見せて笑う。
「師匠! そいつは俺に任せてくれ!」
「虚刀還襲斬星刀」を手にしたドライアが、ずいと前に出る。
「家康殿、どうする?」
「当麻はオイラに任せてくれ!」
「おまえ一人では心許ない」
「何だよ、おっちゃん! オイラのこと、信じらんないのか!?」
「おっちゃ――」
 家康は寸の間絶句し、しかし驚異の精神力で以てコンマ何秒かで立ち直った。
「そうではない。案ずるな、考えてあるということだ」
「何?」
 甲高い、神経に障るような鳴き声が聞こえた。と思うと、周囲の木の枝がゴウという音と共に、浮き上がる。折れて遠くへ飛んでいく細枝もあった。
「何だ!?」
 ドライアは目を細めて見上げた。
「ワ、ワイバーン!?」
 レッサーワイバーンが舞い降りてくる。その背から、柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)が飛び降りた。
「家康、幸村、待たせたな!」
「氷藍殿!」
「別に待っとらん。――童」
 トーマと当麻は同時に顔を上げた。家康はその体を抱き、ひょいひょいとレッサーワイバーンの背に乗せてやった。
「いけるか、エクス?」
「氷藍よりは軽い。案ずるな」
 レッサーワイバーンの背に乗っていたエクスは、にやりとした。
「トーマ」
と、家康は呼んだ。これまで童としか呼ばれなかったトーマは、両目をぱちくりさせる。
「当麻を守ってやれ。うぬが役目ぞ」
 トーマの目が大きく輝き、口元がにんまり大きく笑みを刻む。
「――おう!」
「いくぞ、ワイバーン」
 エクスの命令でレッサーワイバーンが再び浮き上がる。
「行かせるか!」
 ドライアは待機させてあるワイルドペガサスを呼ぼうとした。だが、
「構うな、ドライア」
「しかし、師匠!」
「それより、目の前の敵に集中するのだ」
 気がつけば、氷藍だけではない、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)中原 鞆絵(なかはら・ともえ)木曾 義仲(きそ・よしなか)空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)がそこにいた。
「いつの間に!」
「なかなか良い作戦だ。わしらを誘い出し、小僧を逃がし、その上で一網打尽、か」
「何しろうちの家康は、戦国時代の最終優勝者だからな!」
 氷藍は短い棒を握り締めた。すると光がたちまち刃となり、一振りの剣と化す。
「おまえが親玉か?」
 ガントレットをきつく締めながら尋ねたのは、エヴァルトだ。彼は和食を食べにきていて、明倫館を訪ねたついでに今回の話を知った。
「まあ、この場ではそうなるだろうな」
 六黒は、半端に伸びた髪に指を突っ込み、がしがしと掻き回した。どことなく、声に浮かれた調子がある。楽しくて仕方がない――とでもいうように。しかしそれに気づいているのは、おそらくドライアだけだろう。
「なら、お前が九十九か!?」
 ライトブレードの切っ先を六黒に向け、氷藍は怒鳴った。
「丸腰の相手に斬りかかるなんざ、武士の名折れどころじゃない。一人の男として恥ずべきだ! 一太刀お見舞いしてやるぜ!」
 六黒は、くつくつと喉の奥で笑った。
「何がおかしい!?」
「いや……すまんすまん。まず、わしは九十九ではない。わしの名は――まあ、どうでもよかろう。あまりに正義面をしているものでな、つい笑えてしまった」
「俺たちが悪だとでも言うのか?」
とエヴァルト。
「どこにでも土足でも踏み込み、他者を打ちのめし、己の望むままに道理を曲げる。貴様らが悪ではないと、どうして言える? そもそもこの問題は、貴様らとは全く関わりなきこと。他家の騒動に嘴を突き込むとは、やはり契約者とはなんと恥知らずな存在よ」
「一理あるわね」
 リカインはセミロングの髪をかき上げた。
「事情もよく分からぬことに首を突っ込むのは、本来するべきではないと思うわ」
「ほほう、女のほうがよく分かっているではないか」
 でも、とリカインは続けた。
「いい大人が寄ってたかって子供に襲い掛かるなんて、どう考えてもまともじゃないでしょ? こちらとしては事情を知りたいのよ。教えてくれるかしら?」
「こちらも依頼人の秘密を明かすわけには、いかぬのでな」
「だったら仕方がないわ」
「交渉決裂か?」
「交渉なんてしてねえ!」
 氷藍が吼える。
「よかろう。ならば先に言うたように、道理を己の望む道に捻じ曲げたくば、己の力で捻じ曲げて見せよ。――わしと同じくな」
 鈍い音を立て、龍骨の剣がゆっくりと鞘から引き抜かれた。