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緊迫雪中電車――氷ゾンビ譚――

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緊迫雪中電車――氷ゾンビ譚――

リアクション

 その頃、二両目の車両は、既に地獄絵図と化していた。
 ゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)が、巨乳の女性から優先して、その牙を首もとあるいは胸元へと突き立てていたのである。いくばくか喧嘩っ早いところがある彼だが、本来は世渡り下手なだけの不器用な青少年なのである。
「おっぱい……兎……おっぱい……おっぱい!」
 その上、氷ゾンビ化して現れた心情よりも、本能がもの申すのだった。
 ゲブーはピンク色のモヒカンを揺らしながら、また一人、また一人と乗客に襲いかかる。
乗客のシャツのボタンが千切れて飛んだ。
 だが床へと落ちて音を立てる前に、豊満な胸をあらわにした肉感的な女性が叫声を上げる。
「いや! 無理!」
 しかし拒絶もむなしく、彼女の色白の乳房には、ゲブーの犬歯が突き刺さったのだった。
 続いて彼が襲いかかったのも、華奢で長身の巨乳の乗客である。
「きゃぁ、いやぁぁぁぁぁ」
 叫んだ乗客だったが、衣類が切り裂かれると、胸のあった場所から大量のパットが落ちてきた。上半身が下着姿にかわったその乗客は、実の所生来の性別は男性だったのである。
「……」
 立ち居振る舞いは誰よりも女性らしい乗客だったが、乳房に興味があるゲブーは沈黙した。
「おっぱい!」
 そして再び叫び、ゲブーは次のターゲットを探すように、三両目へと向かっていったのだった。


 そうして巨乳の乗客を襲っている氷ゾンビを見送りながら、片野 永久(かたの・とわ)が呟いた。
「なんだか仲間を増やしたい気分なのよー」
 彼女の白い肌は、今では氷ゾンビと化して蒼く変化している。ピンク色の髪も同様で、 凍り付いたように冷え切っている。永久は、ゲブーが見逃した乗客に犬歯を突き立てると、自分を氷ゾンビにしたパートナー二人へと視線を向けた。
「痛かったらごめんね!」
 謝罪の言葉を述べながら、乗客に噛み付いた三池 みつよ(みいけ・みつよ)は、心根が優しい猪突猛進の元気娘であり頑張り屋さんなのである。それは氷ゾンビになっても代わらない。あんパンが好きな彼女は以前、永久がバイト先の工事現場から発掘した、剣の花嫁である。その為持参していたパンもまた、凍り付いていた。
 一方のグレイス・ドットイーター(ぐれいす・どっといーたー)は、可愛らしい少女を後ろから抱きしめている。
「ふふ、可愛い女の子確保ですよ。大丈夫痛いのは最初だけです」
 彼女は基本的には穏やかな性格の文学少女なのだが、元々性別を問わず可愛い子を見つけると、テンションが変態よりになり部分があったのである。氷ゾンビとなり、どうやらその傾向が強まったようだった。
「私達もウサギを追いかけに行こうよ」
 永久が二人に対してそう告げると、グレイスが新しい氷ゾンビを放ちながら頷いた。
「うんわかった! それじゃあ突撃ー!」
 みつよが明るい声を上げる。
 こうして彼女たち三人もまた、三両目へと向かったのだった。


 そんな風景を見守りながら、再度リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)が、パートナーのナカヤノフ ウィキチェリカ(なかやのふ・うきちぇりか)へと噛み付こうとした。
「だから私はリリィの仲間だって」
「そうでした」
「……操れるみたいだけど、完全とは言えないんだよね」
 ウィキチェリカが呟いてから溜息をついた。
 それがパートナー契約を結んでいるからなのか、氷ゾンビが死者であるからなのか、それとも別の理由で死霊術が関わっているのか。
 様々な場合を、ウィキチェリカは考えた。
 その隣で、リリィが周囲を見渡す。
「ウサギ、ウサギ……」
 リリィのそんな姿に、ウィキチェリカは静かに頷く。彼女は、少しばかりのんびりしたところもあるが、割としっかりとした、現実的な性格の死霊術士なのである。
「ゾンビがウサギを探す理由は分からないけど、人がゾンビになった事には理由があるのかもしれない。――もしかして、リリィにはウサギの探し方が分かるの?」
「ウサギ……、兎に限らず相手が『固い』か『柔らかいか』、『あたたかい』か『つめたいか』は、分かる気がしますわ」
「触覚が敏感になっているのかな」
 氷ゾンビ化して何か特殊能力はないのだろうかと考えていたウィキチェリカは、リリィの声に一人首を傾げたのだった。