校長室
【カナン再生記】黒と白の心(第3回/全3回)
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第3章 白騎士、そして黒騎士 5 モート軍の援軍へと横合いから奇襲を仕掛けたのは、先行部隊の兵士たちだった。無論――そこには契約者たちの姿もある。主戦場へとなだれ込んできたモート軍の援軍と先行部隊、騎士団“漆黒の翼”、潜伏部隊とがぶつかり合い、絶望的な状況を打破していた。 「ど、どうしてあの人たちがここに……?」 混乱する状況の最中にあっても、戦い続ける夜薙 綾香。そんな彼女の口にした疑問に答えたのは、空飛ぶ箒から飛び降りて彼女を襲おうとしていた敵を退けた――ダリル・ガイザックだった。 「遅くなってすまない」 「どういうことだ、これは? 先行部隊は捕まっていたんじゃなかったのか?」 「なに……助けてくれる人材さえいれば、なんとでもなるものさ」 ダリルが見やった先にいたのは、モート軍の兵装をしていながら敵を討つ一人の少女だった。 「あれは……」 少女――夕条 媛花(せきじょう・ひめか)は戦場を駆ける。体内に宿る気の力が迸り、まるで疾風のように駆け抜けるのだ。その速さに敵が翻弄されている間に、彼女の拳が敵の後頭部を打ちつけてゆく。次々と気絶させられる連中は、指揮官クラスの神官戦士ばかりだった。 と、そんな彼女のもとに、夕条 アイオン(せきじょう・あいおん)がパタパタと尻尾を振るようにして飛びついてきた。 「ううぅ〜! お姉ちゃん、無事で良かったです〜!!」 いても立ってもいられなくなって飛びついてきたアイオンに構わず、媛花は敵兵を殴り倒した。その様子は半ば無視されているようにも感じなくはなかったが、抱きついてきたアイオンを無下に離さないということは、心を許しているということか? いずれにせよ、綾香は媛花を見て察した。 「そうか……敵軍に……」 「ああ、潜伏してたってことだな。捕まえられてた俺たちは、彼女に助けてもらった」 「しかし、それならそうと……」 「敵をだますにはまず味方から、だろう? 情報共有者は少ないほうが良かった」 ダリルがそう言うと、綾香は何も言い返せなくなった。なにせ、自分が彼の立場であったとしても同じ事をしていたかもしれないと思ってしまったからだ。 とはいえ―― 「それでも、こっちにまで何も教えないってのはいかがなものかと思うけど?」 背後から聞こえてた声に振り返ると、敵が数名倒れたところだった。彼らを排除して飛び出してきたのは、ダリルの契約者であるルカだ。彼女はふくれっ面になって彼をじと……と見やった。 「媛花たちを手引きしたのは、菜織のパートナーの有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)さんでしょ? なーんか、仲間はずれって感じぃ?」 つまり、菜織たちが大人しく捕まったのも、事情を知っていたからに他ならなかった。 先行部隊の戦いを見守っていた美幸は、浩一がエリシュ・エヌマの解析を終えると同時に情報を展開させる役目を担っていたのである。味方の危機に飛び出したい気持ちを抑えて、身を潜めて機を待っていたのだ。 空を見上げれば、美幸は小型飛空艇に乗って菜織とともに低空飛行で敵をなぎ払っていた。突貫するその姿は、やはり二人ならではこその戦いぶりである。 ダリルは不機嫌なルカに説明した。 「『この情報は天御柱学院の諜報員が命を賭して入手してきた情報だ。有効に活用して欲しい』というように言われたからな……有効に活用させてもらった」 「その有効活用ってのが、このルカまでだますことかー!」 すねるように憤慨したルカは地団駄を踏んだ。 彼女の気持ちも分からないではなかったが、致し方なかったのだろう。事実、ダリルたちシャムス軍に敵軍の情報を渡してくれたマキナ イドメネオ(まきな・いどめねお)たちは、そのおかげでスムーズに事が運べたといえる。 アイオン、媛花とともに敵陣を駆けるマキナの姿を見やって、ルカはいかにも微妙な顔を作った。ダリルの言うことは理解できるが、それを教えてもらえなかったことはどことなく釈然としないといったところだろうか。 ――要は、拗ねているのだ。 そんな彼女に対し、ダリルはため息をついて……しかし、確かに言った。 「悪かった」 その一言だけで、良かった。 「……うん」 ルカはそう言って答えると、何事もなかったかのように戦場へ再び突入した。釈然としなかった思いは、それだけを求めていたのかもしれない。信頼ゆえの、そんな言葉を。 ――ルカが飛び出した戦場では、捕らえられていた歩兵部隊以外にも敵軍のかく乱を引き起こす者がいた。 「な、なんだこいつっ!?」 「なにが起こってるっ!」 それは、佐野 亮司(さの・りょうじ)だった。しかし、敵が彼の姿を捉えることは困難だった。まるで闇夜が風となって空を縫うように、隠形の術とブラックコートで姿を消した亮二の動きは、わずかに漏れる影が垣間見えるだけだった。 影が空を縫うたびに、敵兵が一人、また一人と切り裂かれる。しかも、傷を負った兵士はそれだけではな済まなかった。傷口から広がる毒が身体を蝕み、あるいは空気へと撒き散らされたしびれ粉が彼らの身体を痙攣させた。 (ま、怪我の功名ってやつになるのかな) もともと砦の情報を集める隠密兵として活動していた彼であったが、砦侵攻戦の際にエリシュ・エヌマに置いてけぼりにされたのである。だが、そこは利用しない手はなかった。敵軍の進行にあわせて隠れていた彼は、機を見て戦いへと飛び出したのだった。 (お? ……えらい美人同士が戦ってるな) ふと、亮二はシャムスとエンヘドゥの戦闘に目をやった。 無論、自らの戦いから意識を離すことはないが、敵兵を数名奇襲してから距離をとった彼は、二人の戦いを見て感嘆の息を漏らした。 「こりゃ、俺も負けてられないね」 「うわあああぁ!」 自暴自棄になったように剣を振りかぶってきた兵士の首を、亮二の短剣がかっ切った。噴き出た血が自分の顔につくが、それをぬぐって亮二は再び……影となって空を縫った。 隠密として戦う亮二とは裏腹に、気合のこもった声を発して敵軍の注意をひきつけるのは、ロイ・ギュダン(ろい・ぎゅだん)率いる潜伏兵団だった。 「奴らにとっちゃあまだ舌も乾かぬ内の再会だろうさ……オレたちの鬼神ぶりの効果が醒めないうちに、ざっくり片ぁ付けてやろうぜ!」 どこぞの海賊のような言い草で言い放ったロイの一言に、潜伏兵団は咆哮の声を鳴らした。まるでロイというアニキを祭り上げるかのような男たちの集団は、先行部隊とは反対側の左翼に展開し、側面からの攻撃を仕掛ける。 それぞれが自慢のライフルを構えた兵団は、砂丘から素早く敵陣へ乗り込むと、銃撃を開始した。無数の銃弾が飛び交い、どよめく敵兵を次々と倒してゆく。 こちらの負傷した兵士を看護するのは、潜伏兵団の後ろに控えるアデライード・ド・サックス(あでらいーど・どさっくす)だった。彼女の率いる医療班は、負傷した潜伏兵団の兵士を中心として応急措置ではあるが簡易的な治療をほどこしてゆく。 「わ、わらわがなぜ、このようなことを……ふん、別にそなたらのためにやってるわけではないぞ!」 明らかに心配しているのだが、それを隠すようにアデライードが言う。仲間の看護士も、なぜか無駄にツンデレ率が高いのだが……それはきっと運命の悪戯だと思っておこう。 持ち込んだ医療バッグの数に不安があったところだったが、先行部隊が解放された瞬間を狙ったタイミングが良かった。予想よりも敵は反撃に苦労しており、こちらの被害は少なくて済んでいた。 このまま、一気にたたみかける。そうロイは判断して、部下たちに告げた。 「いくぜ……! お前たちの命、このオレが預かったあぁ!」 「た、隊長!」 部下たちの歓喜の声を背中に、ロイは弾幕のごとき銃撃を放った。