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【じゃじゃ馬代王】秘密基地を取り戻せ!

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【じゃじゃ馬代王】秘密基地を取り戻せ!

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「そんな! 待ってください!」
「何度言われても無理なものは無理だ。他を当たれ」
 その頃、源 鉄心(みなもと・てっしん)はヒラニプラ家の協力を仰ぐために、上官と掛け合っていた。今回の現場はヒラニプラ郊外の廃坑だ。教導団の管轄でもある。そうでありながら子供の遊び場となり、なおかつコボルトまで出没しているとなると適切な処置を――この場合は閉山である――行わず、野ざらしにしていたも同じことだ。
 少なからず危機管理の面での落ち度がある。他にも様々な事件が過去現在とわず起きているのだ。治安の観点からもうかつに見過ごせる物ではない。鉄心はそう考えた。理子の身も気がかりだったから、すぐに迎えない自分の変わりにイコナとティーを理子の護衛へと向かわせた。

 炭坑内を調査している白竜からの情報と合わせての報告に穴は無いはずだ。それなのに、駆けずり回っても色良い返事をもらえない。
 最後の頼みと頭を下げた上官も、結局は同じ態度を見せられただけだった。これではたらい回しだ。時間を無駄に食わされただけだ。
「くそっ――」
 こんな事になるなら始めから理子の元へ向かっていれば良かった。吐き出した苛立ちを踏みつぶすように、足音も荒く鉄心はコートを羽織る。校舎の門をくぐりながらHCを引っ張り出した。
「もしもし、源です。それが――」


****
「秘密基地?」
「そうなんだよ。さっき教導団の人から電話をもらってね。廃坑近くで遊んでいるから、きちんと注意してくださいって」
 一休みをしようと入った店で、甲斐 英虎(かい・ひでとら)と 甲斐 ユキノ(かい・ゆきの)は頼んだメニューのほかに世間話をたっぷりとサービスされていた。
 英虎が2杯目のヒラニプラ茶を注いでもらっている向かいの席で、ユキノはパンダの顔を象ったおまんじゅうを「可愛すぎて食べられない」とまごついている。ガイドブックに載っていた写真を見て、食べてみたいと言っていたのだが、実際目の前にすると――罪悪感に胸が潰れそうだ。
 皿の上からつぶらな瞳のパンダがでユキノを見上げている。
「ユキノ、食べないなら、俺もらっちゃうけど」
「トラ! それはダメです!」
 手を伸ばした英虎へ、ユキノは弾かれたように顔を上げた。くすりと笑う英虎に顔を赤くして、ユキノは「ごめんなさい」と胸のうちで呟き、思い切ってかぶりついた。そんなユキノを見て、店主は可笑しそうに笑った。

 2人がヒラニプラを訪れたのは他でもない、ご当地グルメを求めた観光としてだった。
「ナラカで『バクシーシ』のチキンカレーを制した俺も、まだ口にした事がないご当地グルメを求めてやってきました、ヒラニプラー」
鉄道から降り立つなりヒラニプラ駅前で英虎はその手には空京で買ってきた「まっ○るパラミタ」が握られている。付箋が貼られているのは、もちろんヒラニプラ特集のページだ。
「ヒラニプラは何が名物なんだろうねー。楽しみだね、ユキノ。俺としてはヒラニプラ茶は外せないんだけど」
「あの……ト、トラ。その」
 ユキノに制服の裾を引っ張られ、英虎は雑誌から目を離した。なぜかユキノは俯いてしまっている。
「んー? どうしたのユキノ。どこか行きたい場所ある?」
「そうではなくって、その……恥ずかしいのでございます」
 よくよく見ればユキノは赤面している。“THE・観光客!”な英虎の態度に、廃材を抱えた男性や買い物途中の母親など、住人の視線が2人に集まっていたのだ。照れ笑いを浮かべた英虎はユキノの手を引いて、ガイドブックを片手に店を冷やかしはじめた。
 そしてたどり着いたのがこの店だ。廃材を利用した調度品は良い具合に草臥れていて味がある。スチール制のテーブル。新旧が同居する隠れ家風のカフェだ。天井ではプロペラが回っている。切り盛りするのは切符の良い”お母さん“といった風の恰幅の良い中年女性だ。
 その女性が困ったもんだよ、と盛大にため息をつく。
「あたしもね、秘密基地とやらで遊んでいること自体は知っていたんだよ。ただそれがどこにあるやら、ちっとも教えてくれなくってねえ。ここは炭鉱もあるし、いろいろ機材も置いてあるだろう。下手にいじられても怖いし、万が一の事があったらどうしようって思っちまうんだよ、母親としては」
「それは……確かに、心配ですわね」
「この間なんかね、こっそり聞いたんだけど、何だったか、モンスターが出たって言うんだよ。それでも懲りずに遊びに言っちまうんだから。男の子ってやっぱり、そういうモンなのかねえ。お兄さんもそうだったのかい?」
「俺は――昔の事は、あんまり覚えてないなあ」
 頬杖をつき目を伏せた英虎をユキノはどこか不安そうな顔で見つめていた。
 店を出る時に、茶葉の入った小さな包みをもらった。すっかり店主に気にいられたらしい。お土産にヒラニプラ茶を買って帰ろうと思っていたユキノはとても嬉しそうだ。
「良かったね、ユキノ」
「頂いてしまいましたね……きゃっ!」
 向かいからやってきた小走りの男がユキノにぶつかった。よほど急いでいるのか、振り向きもせずそのまま走り去ってしまった。
「大丈夫? 俺の可愛い妹にぶつかっておいて謝りもしないなんて――」
「大丈夫ですわ。でも、コボルトが住み着くなんて、本当、どうしたんでしょうね……トラ?」
 返事が無いのを奇妙に思って顔を上げると、英虎は神妙な顔を肩越しに向けていた。今しがた擦れ違った人物の背中を追っているようだ。「どうかしました?」とユキノは首を傾げる。相手の態度にそれほどまで怒っているのだろうか。しかし、英虎の表情からすると、どうもそうではないらしい。
「なーんか、臭うね」
 首を傾げたユキノは、すん、と鼻を鳴らしてみた。
 さっきまでは感じなかった、甘い匂いがかすかに漂っていた。


 茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)がそこに居たのは本当に偶然だった。ただ何となく、気が向いてヒラニプラの街に立ち寄ったのだ。
「何かこの街に用があるのか? 衿栖」
 レオン・カシミール(れおん・かしみーる)は突然の提案を不思議に思っていた。特に用事があるわけでもなく、衿栖が好みそうな場所というわけでもない。
「特に用事があるっていわけでもないんだけど」
 衿栖は困ったように笑った。理由を聞かれても上手く答えられない。何となく気になったから。言えるとしたらそれだけだ。茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)は街並みを眺めながら大人しく後を着いてきている。特に事件が起こっているわけでも、不穏な空気が流れているわけでもない。穏やかで活気のある、工業都市らしい昼下がりの一場面だ。
 どうしたんだろう。細い糸が絡んでいるような、柔らかな針がちくちくと神経を突いているような、ほんの微かなものだ。しかし気になりだすと止まらない。収まらずに、むしろ衿栖を急かそうとしている。
 街をぐるり一回りしていると、不意に駆け出してきた少女とぶつかった。
「わっ……あ、ごめんね? 大丈夫?」
「う……っ」
 少女は視線を衿栖から、その手に持っている人形に移した。思い出したようにぼろぼろっと大粒の涙があふれ出す。このままだと瞳が溺れてしまいそうだ。
「ど、どうしよう。どこか痛かった? ケガしちゃったのかな」
「あたしのお人形が……」
「お人形?」
「持って帰ってきてやるって……でも、危なくって、だめって……いっしょに待ってようねって、いってたのに」
 しゃくり上げながらぽつぽつ語られる言葉は意味を成していなかった。粘り強く耳を傾け、断片的な少女の言葉を繋ぎ合わせてみる。
「その秘密基地に忘れたお人形を、お友達が取りにいっちゃったの?」
「……うん……コボルトがいるから、危ないからみんなで待ってようねって、お姉ちゃん達と約束したの」
「お姉ちゃんたち?」
 レオンと朱里と顔を見合わせる。
 そんな中で、衿栖はひらめくものがあった。
「レオン、私、この街が気になった理由、なんとなく分かった気がする」
 衿栖は持っている人形を渡し、にっこりと微笑んだ。
「じゃあお姉ちゃんがお友達を迎えに行ってくるから、この子と一緒に待っててくれる?」