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貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~

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第12章「護るべきもの、倒すべきもの」
 
 
 神殿での戦いはまだ続いていた。
 
「榊、大谷地、俺が攪乱する。出来るだけ隙を突くんだ」
「お願いします、真司さん」
「任せてくれ! 行くぜ、朝斗!」
 対峙するイェガー・ローエンフランム(いぇがー・ろーえんふらんむ)を制する為にメインの攻撃を榊 朝斗(さかき・あさと)大谷地 康之(おおやち・やすゆき)に任せ、その二人を援護しようと柊 真司(ひいらぎ・しんじ)がロケットシューズを使って空中へと飛び出した。
「過度の接近は危険……なら、これで牽制する」
 上空から魔道銃を撃つ。だが、ロケットシューズは念動力で使用する為空中での姿勢制御は難しい。弾はイェガーの周囲に着弾する。
「頭を抑える事自体は良い判断だ。だが、そのままでは的になるぞ」
 イェガーが火術を放つ。戦い方としては接近戦を好むが、それ即ち遠距離での戦いが出来ないという事では無い。
「来るわよ、右に避けて」
 真司の魔鎧であるリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)が攻撃を察知して回避を促す。炎は真司の横を通り、天井にぶつかった。
「あの人の言う通り、このままだと良い的ね。どうするの? 真司」
「問題無い。姿勢制御が難しいのは空中にいるからだ。なら屋内という事を活かした使い方をすればいい」
 そう言いながら身体を上下正反対にして天井を蹴る。その勢いで空中を速い速度で飛びながら魔道銃を撃つと、再び壁を蹴ってイェガーの上空を通る。そうして特定の方向に推進を絞る事によって、狙い撃つ体勢を作り出していた。
「よし、なら僕達は低い所から……!」
 真司の逆を突くように朝斗が地上から魔道銃を撃った。イェガーお得意の近距離に踏み込まないように気を付けながらも、出来るだけ距離を詰めて戦う。
「お二人を援護します……私の意思として」
 更に朝斗と連携をとるようにアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)もレクイエムの名を持つ銃で支援する。三方向から銃で狙い撃たれ、さすがのイェガーも回避に専念せざるを得なかった。
「この流れるような一連の攻撃、さすがだ。私も全力を持って相手するとしよう」
 イェガーの周囲に紅蓮の焔が揺らぐ。魔力の高まった焔はそのままファイストームとなり、迫り来る銃弾をも喰らい尽くした。
「先ほどよりも強力な炎です。警戒を――朝斗?」
 アイビスがパートナーの変化に気付く。朝斗は幼い頃のトラウマの為、何かを焼き尽くす炎を苦手とする所があった。通常の火術などであれば耐えられるが、周囲を埋め尽くそうとするほどの熱気と炎に刺激されたらしい。
「おい、大丈夫か坊主?」
 ようやく周囲の盗賊達を倒しきった匿名 某(とくな・なにがし)が近寄ってくる。某は朝斗が以前、自身の中に潜む『闇』に心を奪われて暴走しかける場面に立ち会っていた。更に2ヶ月前の、本の世界に巻き込まれた時にも軍艦の砲撃を受けて燃える島を見た朝斗に同様の現象が起こったという事を聞いていたので、今回も同じ事が繰り返されるのではという考えが頭をよぎる。
「く……だ、大丈夫です」
「どうやら前みたいな事は無さそうだが……戦うのはキツいだろう。康之、それから……アイビスって言ったか。あの炎使いの牽制を頼む」
「あぁ! 朝斗達はやらせねぇ!」
「了解。敵がこちらを攻撃対象とするように行動します」
 朝斗に代わって康之がイェガーの相手に入る。幸いイェガーは自身が熱い戦いをする事が出来るかが基準となっている相手だ。対峙する心を持った者を土俵に引き上げる為なら分からないが、既に挑んで来る相手がいる状態なら戦力外になっている者に直接的な攻撃をしてくる可能性は低かった。
「匿名、榊の状態は?」
 康之達にイェガーの矛先が行ったのを確認し、真司が朝斗の所に戻って来た。某と協力して朝斗を柱の後ろへと運ぶ。
「戦闘は無理だな。炎を喰らった訳じゃないから恐らく精神的な物だと思う……前にも似たような事があったからな」
 柱を背に朝斗を休ませる。だが、こうも不安定な状態に遭遇しては放っておく事も出来ない。そう判断した某が敢えてこれまで触れてこなかった核心を話題にした。
「坊主、お前さんの毎度の変調……原因は分かってるのか? さすがに無関係とは言えなくなってきたんだ、話して貰うぞ」
「…………」
 朝斗としてもこれまで助けて貰った某達と、仲間である真司に隠し続けるつもりは無かった。自分自身も全てが分かっている訳では無い事を説明した上で、魔法の本に関する戦いのあった洞窟以降の変化を話していく。
 自身の中に『闇』と呼ばれるもう一つの人格とも言える心が存在し、それが表に出て来る事で以前見せた、周囲を憎む暴力的な意識が心と力を支配する事。
 パートナーである吸血鬼のルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)との契約が長い間不完全だった事に起因すると思われていたが、ある博士の分析によるとそれは遠因でしか無く、そう思い込む事自体が歪みを大きくしていった可能性が高い事。
 
 そして――その根源には、かつて炎に焼かれる街で親を、全てを失くした記憶がある事。
 
 それらを聞き終わった時、某は戦闘中である事も忘れて考え込んでいた。
「トラウマ、か……今の様子を見る限りだとその『闇』とやらは抑え込んでいるみたいだが、それも完全じゃ無いんだろ?」
「はい……でも、前の康之さんの言葉でかなり助けられている所もあります」
「前の? ……あぁ、カナンでの事か。あいつもあいつなりに色々あったからな……」
 そこに、それまで聞き役に徹していた真司が口を挟む。その目は真っ直ぐで、朝斗の問題に自分なりの答えを見出しているようだった。
「例え心の奥底にある物だとしても、その『闇』は榊自身の物だ」
「……はい、僕もそう思ってます。でも――」
 朝斗の言葉を遮り、続きを口にする。それは、朝斗がこれまで考えていた事の一つ先を行く物だった。
「なら、それを否定するな。そして――抑えつけるな。それを自身として受け入れた上で、自分が望む方向へと導くんだ」
「受け入れた上で……導く?」
「そうだ。『闇』が生まれた事に理由があるのなら、それが出来るはずだ」
 真司の言葉が心に入り込む。抑え込む事無く受け入れ、その上で本来の望みに意識を持って行く事は言うほど簡単では無いだろう。だが、この不安定な状態に一つの指標となった事は間違い無く、そして――それを教えられた今なら、その片鱗を掴む事が出来そうな気がした。
「……榊」
 さすがにこれ以上康之達二人だけに任せる訳にはいかないので、真司が再び戦いに赴こうとする。その前にと、朝斗に声をかけた。
「聞かせてくれた礼代わりという訳じゃないが、一つ教えておく……俺も同じだ」
「え?」
「戦災で全てを失くした。だが、今の俺にはこいつらがいる。榊も同じはずだ」
 そう言って胸に手をやる。真司の服の中には、ウェットスーツ状の魔鎧であるリーラが纏われている。つまりはそういう事だ。
「それに大切な娘もいるものね、お父さん?」
「茶化すな、リーラ」
「はいはい」
 真司が地面を蹴り、ロケットシューズで天井まで一気に飛ぶ。それを見送りながら、朝斗は先ほどの言葉を考えていた。
「自分の力を……『闇』と向き合い、受け入れる……」
 立ち上がり目を瞑る。すると、これまで意識しないようにしていた『闇』が自身の心に巣食っているのが感じられた。それは敵を倒し、どこまでも戦う意思を見せている。
(否定はしない。それは僕自身なんだから……教えてくれ、『ボク』にとっての敵を。『ボク』の願いを)
 『闇』の想いが朝斗に流れ込み、過去の『痛み』が心を支配する。だが、朝斗はそれをも受け入れて、遠くにいるイェガーを見据えた。朝斗の左手の甲には普段から小さな刻印があるが、『闇』の力が流れ込む事によってその数を増している。
「『僕』と『ボク』が今戦うべき相手、それは――!」
 黒髪の一部が銀色に染まり、左手の刻印から二本の矢が放たれる。一本は黒みがかった赤、もう一本は血液のような紅。それらが同時にイェガーへと襲い掛かった。
「――! この力は……!」
 迫り来る矢を察知し、焔から生み出した炎を放つイェガー。その攻撃によって赤い矢は消滅するが、紅い矢は炎を突き破り、イェガーの左腕へと突き刺さった。
「く……」
 そのチャンスを逃すはずは無い。真司はアクセルギアの効果で自身の体感時間を引き延ばすと、神速で一気にイェガーに肉薄した。
「切り札を切らせて貰おう……これで終わりだ」
 匕首でイェガーの右腕を斬りつける。極力相手に致命傷を与えないようにという真司の考えから傷は浅いが、代わりに匕首に雷の力を宿らせていた。炎には非常に強い耐性を持つイェガーも雷にはそれほどの防御力は無く、身体全体への感電を防ぐ事は出来なかった。
「……勝負……あったか。見事だ。貴様達との戦い、実に楽しめた」
 何とか片膝をつく事はせずに踏みとどまる。そして痺れの残る右手でを弾き、合図を送った――