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貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~

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貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~
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第6章「虎子を得るか、虎穴にて朽ちるか」
 
 
「瑞樹お姉ちゃん、盗賊さん達が街道の方に向かいました〜」
 神殿のそば、ちょっとした岩山になっている場所に潜伏している一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)達先行潜入組の所に、斥候として出ていた神崎 瑠奈(かんざき・るな)が戻って来た。
 盗賊達は真っ直ぐに街道へと向かい、こちらに気付いた様子は無い。
「お疲れ様、瑠奈ちゃん。それじゃあその事をマスターに連絡して貰えるかな?」
「は〜い、分かりました〜♪」
 瑠奈に連絡を任せ、瑞樹が篁 透矢(たかむら・とうや)達の方を見る。そちらでは銃型HCを持っている者達が、瑠奈が神殿を監視している間に周囲を動き回ってマッピングしたデータを交換し合っている所だった。
「これで大分周辺の地形が分かってきたな。俺達が通って来たのがこの道で、迂回している奴らは恐らくここに出る形になるだろう」
 閃崎 静麻(せんざき・しずま)が統合されたデータを確認し、現状を把握する。それを横から覗き込んでいた服部 保長(はっとり・やすなが)がある事に気付いた。
「道中にあった轍の跡から察するに、トラックはここを通って運ばれてきたのでござるな。道が狭い故、いざトラックを奪還して後退となった時にここを通るのではいささか不利ではござらぬか?」
「そうだな。それよりは多少距離があっても、迂回組の通る道から脱出した方が良いだろう。道幅もありそうだし、向こうと合流出来れば仮に戦闘中の強行脱出でも戦力的に安心出来るからな」
 言いながら静麻が岩陰から神殿横に止めてあるトラックを覗き込む。トラックは後方の扉が開け放たれたままになっているが、積荷の状態などはここから確認する事は難しかった。
「動くか分からない上に目立つから、本当はトラックと荷物は後日回収って事にした方が良いとは思うんだがな。思ったよりも戦力がある事だし、同時に狙った方が得策か」
「そうだな。大勢で同じ所に向かっても仕方ないし、人質の救出を第一にした上で他もカバーした方が良いだろう」
 透矢を始めとして、多くの者がその意見に賛同した。具体的には人質の救出の他にトラックの確保、それから積荷が運ばれていた際の奪還要員と全体をカバーする予備人員。隠密性が重視される作戦なので、このくらいに振り分ければそれぞれ丁度良い人数になるだろう。
「ねぇねぇ、神殿に入る前にトラックに接近出来ないかな?」
 振り分ける中でそう提案したのは水鏡 和葉(みかがみ・かずは)だった。
「ボクのサイコメトリで運転席を調べれば、運転手の人達が神殿のどこに連れて行かれたかが分かって潜入する時にかなり楽になると思うんだよね。ドアはルアークがピッキングで開けられると思うし……どうかな?」
「それは……難しいのではないですかね」
 鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)が少し考えた末にそう答える。和葉達の視線が自分に集まったのを見て、そのまま理由を続けた。
「サイコメトリはあくまで『その物品に込められた想いや出来事を読み取る』物です。運転席を調べたとして……捕まるまでの経緯は分かったとしても、トラックから降ろされた後の事は分からないのではないでしょうか?」
「あ〜、そっか。じゃああんまり意味無いよね……良い案だと思ったんだけどなぁ」
 和葉がガックリと肩を落とす。その横にいるルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)は特に気にした様子は無さそうだ。
「ま、だったら元々の予定通り神殿の中を捜せばいいだけでしょ。その方がスリルがあって面白そうだしね」
「もう〜ルアークったら、捕まってる人がいるんだよ。分かってるの?」
「言われなくても分かってるって。やる以上はちゃんとやってやるさ。伊達や酔狂で消失(ミッシング)なんて名乗ってる訳じゃないしね」
 
「さて、それじゃやりますか」
 分担の決まった潜入メンバーを岩陰に残し、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)と共に光学モザイクを使用しながら神殿の入り口へと近づいて行った。
「いささか効果が不安であるな、これは。気配は消せているようだが、視覚的な意味はきちんとあるのだろうか?」
「細かい事は気にしないの。ボクは右、ジュレは左ね」
「心得た。タイミングを合わせて行くぞ」
「それじゃ、せーので行くよ……せーのっ!」
 小声で話しながら入り口の両脇を固めている盗賊の背後に回り、武器を振りかぶる。そして相手に気付かれるよりも早く、それを振り下ろした。
「……ッ!」
 奇襲された盗賊達は声を出す事も出来ずにその場に崩れ落ちた。そのまま素早くトラックの荷台へと駆け寄ったジュレールが両手でバツ印を作る。
「やっぱり積荷は運ばれた後か……なら当初の予定通りの分担で行動しよう。皆、また後で」
 岩陰から飛び出してきた透矢が他のメンバーにそう言い、人質を救出するメンバーと共に神殿へと潜入して行った。続いて荷物奪還組とバックアップ組が気配を消しながら走り出す。
「俺達は退路に工作をして来る。この場の確保と、強襲メンバーへの連絡は任せたぞ」
「オッケー、そっちもお願いね」
「あぁ。行くぞ、保長」
「御意にござるよ、静麻殿」
 静麻がカレン達にこの場を託し、保長と二人で神殿から離れる。それを見送り、カレンとジュレールは再び光学モザイクを使用して潜伏した。
「ボク達は中で動きがあるまで待機だね。外から誰も戻って来なければいいんだけど」
「その時は我らで阻むまでの事……しかし、やはりこの光学モザイクとやらは使っていて不安になる物だな」
「だから〜、細かい事は気にしないの」
 
 
「……こっちですね。向こうから反応を感じます」
 積荷を奪還する為に潜入したグループ。その中にいる貴仁が分岐点に立ち、一方を指差す。それを受けて源 鉄心(みなもと・てっしん)が銃型HCに記録されているこれまでのルートを踏まえながら向かっている先を推測した。
「随分と端の方に反応があるな……地下にある事も考慮すると、倉庫みたいな所があると考えるのが妥当か」
「そうですね。荷物が丁寧に扱われているといいのですけど……」
 ティー・ティー(てぃー・てぃー)が奪還すべき物の無事を祈る。一行が今いるのは神殿の地下だった。全体を回った訳では無いので分からないが、見た目よりも規模の大きい神殿らしい。だが、神殿としての用途を成さなくなってから相当の年月が経っているのだろう。あちこちに打ち捨てられた物が転がっていた。
「…………」
 目的の方向に進もうとするのを先頭の藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)が手で制する。全員が動きを止めると、微かに足音が聞こえて来た。人数は一人。どうやらこちらが進もうとしている方向から来ているらしい。
(僕がやる……)
 天樹が後ろを振り返り、身振りと目でそう伝える。天樹は普段から声に出して会話をする事が無く、精神感応かホワイトボードによる筆談で他人に意志を伝えていた。今は精神感応でやり取り出来る相手がいないし、筆談をしている暇も無いから身振りで代用だ。
 幸い他の者達にその意図が伝わり、頷きで返される。天樹は壁に張り付くと盗賊が来るのを待ち、分岐点に差し掛かった瞬間に素早く相手の口を塞ぎながらヒプノシスをかけて眠りへと落とし込んだ。
(とっとと済ませないとセラに花を贈れなくなっちゃうからね。せっかくのサプライズを邪魔しないで欲しいな)
 猿轡を噛ませ、近くの空き部屋に転がしておく。改めて敵の気配が無い事を確認すると、一行は目的地目指して静かに進んで行った。
 
 それから少しばかり歩いた先に、鉄製の扉が見えた。その前で立ち止まる貴仁に、九条 レオン(くじょう・れおん)が小声で尋ねる。
「ここ?」
「えぇ、間違いありません……ですが、どうやら中にも人がいるみたいですね。どうしますか? 鉄心さん」
「聞こえる声からすると相手は複数、恐らく二、三人か、もう少しいるか……それなら扉を開けた後、連絡を取られる前に素早く制圧しよう。ティー、やってくれるね?」
「はい、任せて下さい」
 素早さに特化したティーに先陣を任せる為、それぞれが配置につく。そして鉄心の合図でレオンが扉を開けると、まずはティーが飛び込んだ。敵は四人。想定よりは多かったが叩けない数ではない。
「教導団です! 貴方達の退路は塞ぎました、神妙にお縄について下さい!」
「なっ!? いつの間にここまで……くそっ!」
 手前の箱に座っていた三人がナイフを取り出し、奥の一人が積荷に隠れながら携帯電話を取り出す。ティーは一気に倉庫の奥まで駆けると、上に知らせようとしていた盗賊に手錠を投げつけて両手を拘束した。
「よし、全員突入。ただちに制圧を」
 鉄心の号令で次々と倉庫に入り込む。まずは貴仁が刀を振るい、一人のナイフを叩き落した。
「白羽、力を借りますよ」
「いいよ、やっちゃって」
 魔鎧となっている鬼龍 白羽(きりゅう・しらは)の力が貴仁へと伝わってくる。二人分の力を得た貴仁は――チェインスマイト――返す刀で素早くもう一人のナイフを弾き飛ばすと、更にアシッドミストで盗賊の周囲を囲む。
「ちっ、こいつ……ら……」
 囲まれた盗賊が一人、また一人と倒れこむ。アシッドミストは動きを封じる為の単なる囮。本命は天樹のヒプノシスだった。
(これで全員かな。とりあえず全員縛って、と)
 持って来たロープで縛って隅っこに寄せる。これでまずは第一段階終了と言った所か。
「じゃあ積荷を持ち出そう。幸いそこにカーゴコンテナが畳んであるから、それを使えば一気に持っていけるかな。貴仁君、キミはこっちから積んでいってくれ。出来るだけ重くて丈夫なのを下にね」
「分かりました、鉄心さん……でも、何故ここにコンテナがあるんでしょうね」
「多分トラックからそのまま降ろしたんじゃないかな。どちらにしろ、俺達にとっては好都合だよ」
「確かにそうですね」
 皆で素早くカーゴコンテナを展開し、積み上げていく。その途中でレオンは細長い箱の一つが開いているのを見つけた。見ると中にはシルフィスの花が入っている。思わずそれをじっと眺めていると、気付いたティーが話し掛けて来た。
「レオンさん、どうかしましたか?」
「うん……レオンも、ロゼと学人、あとシンにもあげたいなって。置いてかれても、レオンは皆の事大好きだもん」
 ティー達潜入組に合流する前に、レオンと九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)達の間にいざこざがあった事はレオン本人から聞いていた。だからティーは出来るだけ優しく語り掛ける。
「大丈夫ですよ。ローズさん達がレオンさんにお留守番をして貰ったのは、レオンさんを危ない目にあわせたく無いからのはずです。決して仲間外れにしたかった訳ではありませんよ」
「……それでもやだもん。レオンだってロゼ達に怪我して欲しくないって思ってるもん。大事にしてくれるんなら、お留守番させるよりも一緒に連れてって欲しいよ……」
 レオンの想いを知り、ティーが言葉を失う。それは鉄心も同じだった。二人は今、この事件に向かう前にツァンダに置いてきた少女、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)の事を思い出していた。
(イコナちゃんも同じ事を思っているんでしょうか。事件の事を聞いて嫌そうな顔をしてたからお留守番して貰いましたけど、本当は置いていかれる事の方が嫌だったんじゃ……)
(そういえば、前にイコナから花を貰った事もあったな。大事な花なのに、わざわざ俺にくれて……)
 鉄心の目が開いている箱の中にあるシルフィスの花を捉える。それは雪のような青白い色をしていて、似た色をしたあの花を貰った時の、雪山での出来事を思い出すのだった。