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ポージィおばさんの苺をどうぞ

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ポージィおばさんの苺をどうぞ
ポージィおばさんの苺をどうぞ ポージィおばさんの苺をどうぞ

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 スイーツフェスタの名物は
 
 
 
 スイーツフェスタの名物は、もちろん種々様々なスイーツの数々。
 けれどもう1つの名物として、売り子さんたちの可愛い制服があるのも確かだ。
 おいしいものと可愛いもの。
 2つながらに味わえる場所となれば、足も向こうというものだろう。
 けれど……それは客側の気持ち。
 もてなす側のうちの一部にとって、その可愛い制服こそが悲劇の元になったりも……する。
 
 
 今年もスイーツフェスタで手伝いを募集していると聞いて、久世 沙幸(くぜ・さゆき)は皆をまた手伝いに行こうと誘った。
「スイーツがたくさん売れればポージィおばさんも喜ぶし、スイーツフェスタも盛り上がると思うんだよ。みんなでがんがん売って盛り上がろうよっ」
「あら今年もやるのね、スイーツフェスタ。去年もいろいろ楽しかったし、今年も参加しましょ」
 アルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)はすぐに乗り気になったが、樹月 刀真(きづき・とうま)は断固として言った。
「嫌です」
「あら刀真ちゃん、冷たいこと言うのね。いいじゃない、手伝ってあげましょうよ」
「絶対に嫌です」
 アルメリアが口添えしても、刀真はがんとして首を縦に振らない。
「確か女装だったんだよな……」
 赤いギンガムチェックの、と如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が言うと刀真の顔がぴくりとひきつる。去年、売り子を手伝って欲しいと言われてスイーツフェスタの制服を着せられた過去は、未だに複数の携帯電話のデータフォルダに残り、それだけでなくメールに乗って増殖を続けている。もうあんな目に遭うのはごめんだ。
「なぁんだ、去年の制服を着ることを心配してるの? 今年は制服変わるって話だし、大丈夫だよ」
「そうなのか? 去年女物を着せられた男から文句でも出たのかも知れないな」
「詳しいことは分からないけど、制服が変わる話は琴子先生からも聞いたから確かだよ。ね、月夜?」
「ん、聞いた。刀真一緒にスイーツフェスタに参加しよう。大丈夫、制服変わったから」
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は今まで見ていた携帯の画面を閉じ、刀真を売り子の手伝いに誘った。
「正悟ももちろん手伝うんだよね?」
「え? 俺?」
 他人事だと思っていたら急に沙幸に話を振られ、正悟が引き気味に返事をする。
「スイーツフェスタの話をしたら、佑也が【とまり木】の新作を出すって引き受けてくれたんだよ。バイト料はずむから、みんなに手伝って欲しいって言ってたもん」
「そうなのか?」
 とまり木の新作お披露目出店なら手伝うにやぶさかではないのだけれど、うんと言う前に確認しておかねばならないことがある。
「今年はもうあのギンガムチェックの制服じゃないんだな?」
「もう、疑り深いなぁ。今年は制服はちゃんと変わってるから安心してってば」
 念を押す正悟に沙幸は笑ってみせる。制服が変わったというのは嘘ではないらしい。
「だったら手伝ってもいいか。刀真もやるんだよな?」
「あれを着ずに済むのなら構わないが」
 手伝う方向で話をしている正悟と刀真は、女性陣が互いに『ヤッタネ』と言わんばかりの目を見交わしたことには気づかなかった。
 
 そして当日。
「……どうしてこうなった」
 白とピンクとフリルふりふり。スイートな制服を前に正悟と刀真は愕然とした。
「月夜! 沙幸! 話が違う!」
「えっ、そんなことないよ。私は制服が変わるとは言ったけど、男物があるなんて一言も言わなかったし、別に嘘なんかついてないんだもん」
 ねー、と沙幸が同意を求めれば月夜も頷く。
「今年の制服も可愛い。刀真きっと似合う」
 やられた。気づいてももう遅い。正悟と刀真は隅っこで相談する。
「どーすんだ? これ着んのか?」
「もう参加申請してるし、やっぱり辞めますとか言えないだろう」
「また女装かよ……しかもこの頭リボン……」
「正悟、ウィッグをつける前に髪にあわせて見るのはやめてくれないか」
 暗い顔つきでぼそぼそ話している正悟と刀真を、沙幸が促す。
「もうすぐフェスタも始まっちゃうし、早く着替えてお店に出なきゃだよ。まさか、いまさらやらないなんて言わないよね?」
 にっこり、と笑顔で沙幸に聞かれ、2人は苦渋の選択を迫られた。
「やらない……とは言わない、というより言えない」
「しかたない、刀真がやるって言うなら俺もやるか」
「だよねー。さ、早く着替えよっ」
 白とピンクの布を抱えて更衣室に向かう正悟と刀真を、デザート用の材料と道具を持ってやってきた如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)は気の毒そうに眺めた。
「良かった、俺売り子じゃなくて助かったよ」
「何言ってるのよ、佑也ちゃんも当然着るのよ」
 さすがにあの制服はきつい、という佑也にアルメリアがエプロンドレスを押しつける。
「佑也ちゃんは会場でスイーツを作るんでしょ? 会場内にいるスタッフはみんなこの制服を着ることになってるんだから早く着替えしないと」
「ま、さ、か……俺も? い、嫌だ……っ」
「じゃあとまり木の出店を取りやめにする?」
「それは……」
 佑也はぐっと言葉に詰まった。当日になって出店をキャンセルしたら、喫茶店の信用問題にも関わる。
「ほら、もう諦めなさい。佑也もそのワンピース着て、苺畑に咲く一輪の花になるのよ!」
 スイーツフェスタに大乗り気になっているアルマ・アレフ(あるま・あれふ)は、取りやめになどさせるまいと佑也の背を押した。
「ぐぬぬ……。アルマ、お前が咲かそうとしてるのは、苺の花じゃなくてラフレシアだからな」
「だったら世界一大きな花を見せてくれるのかしら。楽しみね」
 いってらっしゃいとアルマに送り出され、佑也は正悟たちと共に着替えにいった。
 そちらの手伝いは沙幸に任せ、アルメリアは撮影ポイントの選定に入る。
「去年は携帯のカメラだったけど、今年はちゃんとデジカメを用意してきたのよ。これで前よりキレイに撮れそうだわ」
 光の入り方や背景を考え、アルメリアは何カ所かを選び出す。
「ここと、それからここにも……」
 龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)も真剣にデジタルビデオカメラの位置を調整して設置してゆく。
「物騒な世の中ですからね。防犯は必要です」
 普段は和服しか着ない灯だけれど、フェスタの制服は一種類。着慣れないので自分では似合っているとは思えないが、この先のことを考えるとその違和感よりも楽しみの方が多い。
 ストーカー技術を生かしてビデオカメラの設置を終えると、灯は満足そうに微笑んだ。これならば、男性陣の女装状態を考えられる角度すべてから撮影が可能だ。いや、それが目的ではなくあくまでも『偶然』映り込むだけ……ということにしておこう。そう、ベストショットが撮れる位置にカメラがあるのもまた、単なる偶然に過ぎないのだ。
 そうして女性陣の用意が調った頃、エプロンドレスの一団が戻ってきた。
「スカートの丈が短いんですががが……」
 足下がスースーして頼りなくて、正悟は裾を両手で押さえている。
「それくらい全然短くないよ。女の子はミニだってはくんだから」
 沙幸が好んではくマイクロミニスカートに比べれば、膝上スカートなんて何ということもない。
「もう婿に行けない……っ!」
 自分の姿にショックを受けている佑也は、アルメリアが励ます。
「大丈夫。それだけ可愛かったら婿に行けなくてもお嫁さんに行けるから♪」
「うう……」
 いくら唸っても事態は変わらない。どころか、いたずらに時間ばかりが経ってしまうと悟り、佑也は気を取り直してスイーツ作りを開始した。アルマに任せておいたら、どんな物が出来上がるやら分かったものじゃない。とまり木として出店するからには、おかしな物を提供するわけにはいかないのだ。
「とりあえず適当に材料切って、目分量で混ぜて、適当に泡立て器使えばいいのよね?」
「アルマは苺を4分の1にカットしてくれればいいから」
 佑也が作るのは、苺の特製グラスケーキだ。
 小さな透明のグラスの底に、スポンジケーキを敷き詰める。その上に苺をたくさんと生クリームをたっぷり載せて、その上からまたスポンジケーキ。最後にジャム状にした苺を載せて、ミントの葉を添えれば完成だ。
 刀真も気を取り直して、意識を服から仕事へと移した。
 佑也とあらかじめ相談して選んでおいた数種の茶葉を取り出す。それだけでなくグラスケーキにあわせてガラスのポットとティーセットも準備してきた。これなら紅茶の水色も楽しんでもらえるし、佑也の出すケーキともマッチするだろう。
「こういうのはどうかしら?」
 エミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)は作ってきた苺の果肉入りゼリーと、白いピンクの苺大福を出してみせた。それだけではなく、自分が店長をしている『ル・パティシェ・空京』からチョコレートタワーを持ってきて、テーブルに設置する。チョコレートファウンテンをして、苺を溶けたチョコレートに通して食べてもらったら面白いのではないかと思ったのだ。
「和風の物を出す時の為に緑茶も用意してきたの。これで完璧ね」
 追加が作れるように材料も持ち込んだから、売れ行きにも対応できる。
 着々と用意が整えられていくのを見て、正悟もやると決めたからにはと腹をくくった。エミリアが苺大福を作るならと、抹茶一式と茶道具を出し、炭をおこして茶を点てる準備をはじめる。
「エミリア、私は何をすればいい?」
 手伝いでついてきたチェリー・メーヴィス(ちぇりー・めーう゛ぃす)はぎこちなく聞いた。短いスカートに大きな頭のリボン。こんな恰好をしたのは初めてだからどうも落ち着かない。
「製造は私がするから、チェリーはウェイトレスをしてね。」
 エミリアが説明する手順をチェリーは頭に入れた。
「とりあえず、注文を聞いて、それを持って行けばいいんだな」
「まあそんなとこね。あ、お客さんが来たみたい。よろしくね」
 エミリアに言われ、チェリーはいらっしゃいませと声をかけた。
「おう。灯、ちゃんと働いているか?」
 誰かと見れば、入ってきたのは武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)だった。灯がウェイトレスのバイトをすると言うので、様子を見に来たのだ。
「もちろんです。私に任せておけばレジギャップなど発生するはずもありません」
 金銭管理はきっちりと、が店の基本だからと灯は胸を張る。
「佑也、灯のことよろしく頼……あれ? 佑也はいないのか?」
 きょろきょろと見回す牙竜に何を言ってるんですかと灯が佑也を指す。
「すぐそこにいるじゃありませんか」
「ゆ……佑也っ! 何だその女装状態は!」
「会場スタッフは皆この制服を着ないといけないらしいんだ……」
「ということはまさか……」
 牙竜が恐る恐る見回してみれば、ウィッグをつけて薄化粧しているから見過ごしていたけれど、刀真も正悟も頭に大きなピンクリボンをつけて女装している。
「すげぇ。ちょっと見ただけじゃ、男とはまったくわからないくらいの完璧さ……葦原の隠密科のニンジャの皆さんよりうまく化けてる気がするぞ!」
「すぐに男だとばれるよりもマシだろう」
「ほらそこ、いつお客さんに聞かれるか分からないのですから、そんな言葉遣いではいけません」
 びしっと佑也に注意すると、灯はにっこりと牙竜にもスイーツフェスタの制服を渡した。
「着替えて手伝って下さい」
「全力で断るわ!」
「では、あの時のことをばらしてもいいのですか? まだ地球にいた時にバイトしていたファミレスの更衣室で……」
 そこから先は灯は牙竜だけに聞こえるように囁く。
「私がいるのに気づかないでドアを開けてみた時のこと……証拠の動画もあるんですよ。せっかくだから皆さんにお見せ……」
「ハイ、キガエテテツダイマス」
 ぐずぐずしていたら灯は何の躊躇もなく、動画を見せ回るに違いない。制服を持って更衣室へと急ぎ、牙竜はさっさと着替えてきた。
「店のメニューを教えてくれ」
 やるからにはきっちりと。牙竜は店で出す品物を頭に叩き込んだ。客に質問されて答えられないようではウェイトレスとして情けない。
「ふふっ、みんな頑張ってるね。その調子だよっ」
 男性陣を女装の渦に引きずり込むだけでなく、沙幸もちゃんと同じ制服を着てフロアで接客をがんばる。
 何はともあれ、接客に手を抜かないところは『とまり木』に集う皆に共通する主義のようだ。
 特に男性陣は、男と知られるくらいなら女性に徹してこの場を乗り切る、とばかりに女性らしい柔らかな接客でとまり木出張所である店に華を振りまく。
 一見の客ならば、背の高い女の子が多いなと思いはしても、男性だとは気づかないだろう。彼らが、よしこのまま何とか乗り切れる、と思い出した頃。
「いらっしゃ……うわ、恭司! 何でここに!」
 入ってきた客に向けた正悟の挨拶が途中で地声に戻った。
「何が『うわ』ですか。動揺したくらいで男性に戻ってどうするのです」
 灯から即座に指導が入る。
 橘 恭司(たちばな・きょうじ)はエプロンドレス姿の正悟をまじまじと見ると、よう、と挨拶した。
「お前、いつから女装趣味に目覚めたんだ」
「目覚めてたまるか! 制服がこれしかないから仕方ないんだよ」
 自分だけが女装していると思われてはたまらないと、正悟は刀真と牙竜の方へと顎をしゃくった。
「……難儀なことだな」
 じっくりと見知った顔を眺めた後、恭司は席に座った。
「まぁいいや、何か飲み物をくれないか」
 知り合いの女装に驚いて一瞬忘れてしまったが、恭司はスイーツフェスタへ配送品を届け、ついでに喉が渇いたから一休憩しようかと店に入ったのだった。そのことを思い出して注文する。
「ありがとうございます。ご一緒にスイーツもいかがですか?」
 チェリーがすかさず接客する。
「スイーツもいいな。何があるんだ?」
「苺のグラスケーキ、果肉入り苺ゼリー、それから苺大福。あちらにはチョコレートファウンテンもございます。苺大福にあわせるなら、抹茶もお出しできますが」
 教えられた通りの丁寧な言葉でチェリーは勧めた。ウェイトレスなんて仕事、寺院に居た時には考えもしなかったけれど、こうして接客するのは案外楽しい。今度エミリアの店を手伝いに行ってみようか、そんな気になるほどに。
「それなら苺大福と抹茶をもらおうか」
「はい、かしこまりました」
 チェリーが白とピンクの苺大福を運んでくるのに続いて、正悟が抹茶茶碗を恭司の前に置く。
「作法にはこだわらなくてもいいから……いや……作法にはこだわらず楽しんでくださいね」
 灯の視線に気づいて正悟は言い直した。
「キビシイな、灯」
 苦笑する牙竜に、当然ですと灯は胸を張る。
「皆さん大変お似合いですから、それなりの仕草をして頂きたいものです。もちろん牙竜もよく似合っていますよ。想い人に見せてあげたいくらいです」
「勘弁してくれ」
 答えながらふと牙竜は思う。もしやこれは……更衣室の件を伏せたいが為に、より大きな脅迫のネタを灯に提供してしまうことになりはしないかと。ちらりと灯を窺うが、カメラらしきものを持っている様子は無さそうだと安心する。……もちろん、後から来た牙竜には、灯が仕掛けた防犯カメラの存在など知るよしも無い。
 別の客が入ってきて、今度は月夜がいらっしゃいませと声をかけて注文を取ってきた。
「マスター、グラスケーキを2つ……刀真、珈琲と紅茶をそれぞれ1つ」
 佑也が作ったグラスケーキを月夜が運び、飲み物は刀真が自分で淹れて運ぶ。
「この砂時計が落ちきったら飲み頃です。どうぞごゆっくり」
 優雅に一礼すると、刀真はまた別のテーブルに行って注文を聞く。
「そうですね。グラスケーキでしたら、こちらの紅茶が合いますよ。茶器もガラスで揃えてお持ちしますので……はい、ありがとうございます」
 注文の品を揃え、女性らしくと心がけながら運ぶ。トレーを持つ脇は締め、両膝が軽く擦れるように小さめの歩幅で足を進める。
「……刀真」
 不意に月夜に呼ばれ、何だろうと刀真は振り返った。
 その瞬間。
「はい、ありがとう……」
「月夜ちゃん、ナイスタイミング」
「……っ!」
 待ちかまえていたアルメリアのカメラに気づき、刀真は逃げようとしたがもう遅い。
 店を背景に紅茶のポットとカップを載せたトレーを持つ刀真。振り返りざまのきょとんとした顔。動きでひらりと揺れたスカート。
「ちょ!? 写真はやめて下さい!」
「大丈夫よ、ばっちり可愛く撮れてるから心配しないで♪」
「アルメリア、写真の引き伸ばし、お願い」
「任せておいて♪ 大伸ばししてパネルにしてあげる」
 去年の経験を生かして、カメラもシチュエーションもばっちり仕込み済み。きっと良い写真になるだろう。
 そのアルメリアに、灯がそっと近寄った。
「牙竜の良い写真もありますか?」
「もちろん、よりどりみどりあるわよ」
「その写真、データごと頂けませんか。代わりにと言ってはなんですが、店に仕掛けた防犯カメラの映像からご希望のシーンをお渡し出来ます」
「いいわよ。どんな映像が撮れているのか楽しみね」
 小声で密談を交わすアルメリアと灯の言葉の内容は聞き取れないけれど、何か不穏な相談をしているのは伝わるのだろう。
 怪訝な顔で顔を見合わせる男性陣の耳元に沙幸がささやく。
「笑顔笑顔。お客さんが見てるよっ」
 笑えるか! という気分ではあったけれど、それを客の前で露わにするわけにもいかず。
 ちょっとひきつってはいたけれど、男性陣は何とか笑顔を作って客に向けたのだった。