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暗がりに響く嘆き声

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暗がりに響く嘆き声
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【牢屋】
「予想はしてが、これは酷い……」
 柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)がここで起きたらしい惨状に顔を歪めた。
 牢屋とは何かを閉じ込める空間だ。実験施設なのだから、実験用動物を入れておくためにここを作っていたと考えられる。しかし、動物のために利用されていた訳じゃないようだ。それなら、檻の中にベッドも、便器も要らない。
 ここはダタの檻じゃない。牢屋だという意味を改めて認識した。興味を惹かれて着たことに後悔の念を抱く。
 閉じ込められていたであろうものは動物も、人も、死骸と化していた。非道な話だろうが、彼らは研究所の閉鎖に伴って解放されず、施設と共に見捨てられたのだろう。
 飢餓に苦しみ、果ては狂い、死んでいった。その結果が鉄格子中に1つずつ有る。
「幽霊になって出ても当然でござるな」と真田 幸村(さなだ・ゆきむら)は呟き、胸の六文銭を無意識に握った。
「透乃ちゃん。見てくださいこの死体……自分で頭を壁に打ち付けて死んだみたいですよ」
 グロ好きな緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が嬉々として霧雨 透乃(きりさめ・とうの)を呼ぶ。
「ほんとだ、狂うと人ってこんなことも出来るんだ」
 透乃もやばい雰囲気に戦闘狂としての心を踊らせる。
「少し静かにしてくれないか」
 強い口調で氷藍が二人を叱咤すると、幸村に「線香を上げろ」と要求した。先日の義父の墓参りで使った残りを彼が持っているだろうと。
「被験体と言え、こいつらも人間だったんだ。辛かっただろうな……」
 「こいつらも」と言った自分の言葉に疑問を持つ氷藍だったが、その疑問は無視することにする。今はただ、これが多少なりと霊の慰めになればいいと考える。
 幸村が、牢屋の壁に線香を備える。献花もと思ったが、残ってはいなかった。氷藍とともに合掌する。後ろで徳川 家康(とくがわ・いえやす)も遅れて合掌した。
「線香の匂いは霊を強く惹きつけるのじゃ」と家康は忠告したいのを抑え、合掌する家康。二人の善意に水を差すのには気が引けたからだ。
 暫し、黙祷すると氷藍が立ち上がり、パートナーの二人に言った。
「なあ、二人とも……トイレ行こうぜ」
 実を言うと、氷藍はこんなところに来ている割に心霊現象に弱い。
「逃げる気ぃなのか? 氷藍さん」
 月谷 要(つきたに・かなめ)が釘を刺す。
「何を言ってる! た、だの生理現象だ!」
「あれ? なんか噛んだよ」
 透乃にも見透かされる。分かりやすい位に彼は縮み上がっていた。
「まあいいやぁ……。それよりもココに人を閉じ込めて何してたんだろうね?」
 各牢の中を確認しつつ要が疑問を口にする。この施設が天御柱となにやら関わりがあるらしいと耳にしているから、この惨状を見ると学院に不審感を募らせるばかりだった。
 さて、要の疑問に対する答えだが――、
 このように牢屋があるのは、実験でできた精神不安定な強化人間を無理矢理閉じ込めるためだ。多少の不安定な位なら病室でもいいのだが、中には暴れて研究員などに危害を加える者も出来るからだ。
 勿論、その中には被験体αのアリサをも含む。一時的ではあるが、彼女もここに閉じ込められていた。ただし、彼女の場合は特に厳重にここに閉じ込められていたのだが。
「奥に面白そうなのがありましたよ」
 また何を見つけてきたのか、陽子が愉しそうに報告する。また、ロクな物じゃ無いだろうと皆が思うが、重要な何かがあると考えると見に行かないわけにもいかない。
 奥にあったのは床面積八畳はある大きな鉄の箱だった。窓はなく、重たく分厚い扉がある。まるで金庫だ。しかし、これも他と同じ牢屋だった。
「相当厄介な者を入れていたようじゃのう」
 牢の中を見て家康が呟く。
 床に転がる猿ぐつわに指錠。拘束椅子は無意味だったのだろう。皮のベルトが全て千切れている。それだけでもここに閉じ込められていたものの危険性を感じる。
 だが、それだけではない。一番の異常は、壁一面に所狭しと書かれている血文字の跡。その上から更に訂正線が上書きされている。
「これは……なんでござるか!?」
 異常な空間に狼狽える、幸村に、氷藍が答えた。《博識》に呼応するところがあったのだ。
「……ロシア語だ。人の名前を書いているみたいだが読めないな……」
 そう、それはかつてここで働いていた研究者の名前だ。主に、α計画に関わった者たちの名前が、キリル文字で書かれてある。
「これって、自分の殺したい相手の名前を赤ペンで書くっていうアレかな?」
 と霧乃の意見に対し、家康は
「そうじゃろうか? わしには墓に刻む赤文字を思い出すのぉ」
と言った。
「全くまともじゃねえなぁ――、そう思うだろう?」
 要が身を半歩ずらす。
「――あれぇ?」
 アーレス・ベルトラム(あーれす・べるとらむ)は奇襲を失敗した。攻撃を避けられた要の義腕がアーレスの頭を思いっきり叩いた。
「敵でござるか!?」
 臨戦態勢になる幸村を要が片手で制する。
「まぁ、待て。こいつは俺らの敵じゃない。‘俺の敵’だ。っどちかっていうと俺が悪役だけどよぉ。まぁでも――」
 要はアーレスを押さえつけて、尚も言う。
「俺らの敵もお出ましだねぇ……」
 いつの間にか、この牢屋にあった死体が、彼らを取り囲んでいた。腐った犬、腐った猫、腐った豚、腐った人多め、とバリエーション豊富だ。
「これって、生きている訳ないよね? 陽子ちゃん」
「はい、死んでいますよ。透乃ちゃん」
「悠長なこと言ってる場合ではござらん! 来るおぞぉ!」
 幸村の声に呼応されたように、死体が襲いかかる。
 霧乃が素手で応戦する。しかし、放った《疾風突き》は死体をすり抜けた。《ミラージュ》の幻影だ。別の死体に不意をつかれる。
 だが、そこは陽子が《エンドレス・ナイトメア》による遠距離攻撃でカバーする。
「うっそ! 死体が《スキル》をつかってくるのぉ!」
 感嘆の声を透乃が上げる。死体がスキルを使ったことにではない。死体にスキルを使わせるように操っている存在が居ることに、胸が高鳴る。
「おい、アーレス。お前も手伝え」
 要がアーレスに共闘を強要する。
「なんで僕がお前を助けるんだよ!」
 予想通りの反応だ。なら、と言葉で畳み掛ける。
「死にたくなかったら、やれっていってるんだぁ。俺はお前をここに放って、逃げる事もできるんだよ。お前は俺を殺したいんだろぅ?」
 アーレスは考える。自分が此処に一人残って、この場を切り抜けられるかと。
 無理だ。《サイコキネシス》や《パイロキネシス》を使ってくるようなゾンビを複数相手にして、無事で済むとは思えない。
「……終わったら必ず殺してやる!」
「やってみろよぉ?」