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 不健全図書の大規模発注のため、翔と恋とセシルがバックヤードの事務所にて傾向と対策を練る間。セルシウスは再び不慣れなレジに立つ事になっていた。
「いらっしゃいませ……」
 レジに現れたのはピンク色の光るモヒカン姿のゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)であった。
「がははっ!! いらっしゃったぜー!!」
 セルシウスの頭に「何だ、この蛮族は?」という疑問が浮かぶも、丁寧な接客を試みるため不慣れな笑顔を見せる。
「よぉ、てめぇ、この漫画読んでるか?」
「漫画?」
「がははっ!! こいつがモヒカンバイブル、『北東の拳』だぜ!」
と、週刊シャンバラを見せるゲブー。
「読んでみやがれ!」と言われたセルシウスが渋々ページを捲ると、劇画タッチの熱い漢の話がそこには描かれていた。
「西暦2010年、世界の空はパラミタ大陸に覆われた……」

『種籾じいさん「よそモンにくれてやるこの種籾なぞありはせぬ!(ドーン)」
モヒカンA「ちくしょう、洞窟じゃぁモヒカンの弟や妹がハラをすかせてまってるんだ。殺してでも奪い取るぜぇ、ひゃっはー!!」
種籾じいさん「ばかめ、北東地方に伝わる殺人拳『北東種籾拳』を喰らえ!アタタタタタタッ、ホァッチャー!!」
モヒカンA「ぐは、だ、だがまだまだヤラレはしねぇぜ、弟よ妹よ、今こそモヒカン神の力を俺に!」
種籾じいさん「ふん、貴様はもう既に苗床だ」
モヒカンA「ぐぉ、これは・・・ゲブゥ!?(種籾が体から生えてきて体がはじける!)」
次号へ続く!!』


 クワッと目を見開くセルシウス。
「何と言う……バイオレンスロマン!!」
「どうだ、極悪非道の種籾じいさんから家族の為に種籾を奪おうとするモヒカンの熱い魂を感じるだろっ!」
 漫画に感情移入し過ぎたためかゲブーは大粒の涙をこぼしていた。
 思わずセルシウスも目頭の熱い物を拭う。
「私はモヒカン等蛮族の象徴と思っていたが、彼らも人間の葛藤を抱えていたのだな!!」
「てめぇ、話がわかるじゃねぇか!!」
「ああ、今ここに、全ての蛮族に私は悔いよう!!」
 むさ苦しく抱擁する二人をみすみがやや疑惑の目で見つめている。
「モヒカンとは体制への反逆と同時に、家族愛を説いていたのであるな……」
「てめぇも家族がいるのか?」
「ああ、エリュ……いや、遠い故郷に親と年端も行かぬ妹がいる」
「なら、てめぇもモヒカンにならねぇとな!」
 鼻水をすすったセルシウスが呆気にとられた顔を上げる。
「…………え?」
「大丈夫だ! てめぇはガタイもいいし、程よい金髪だ! 俺様が立派なモヒカンにしてやるぜ!!」
 ゲブーに肩を叩かれたセルシウスは故郷にモヒカン姿で戻った自分のシュミレートをしてみる。

街行く人の驚く顔。嘲笑する友人の顔。
家に戻っても妹は泣き、「こんなの兄様じゃない!」と彼が誕生日にあげた熊のぬいぐるみを投げる。
父親は酒に溺れていき、母は家を捨てる……。
そして、一人ぼっちになったセルシウスはゲブーと共に荒野を歩く……。
金色のモヒカンを揺らして……。


「出来ぬッ!!!!!」

 先程のとは違う涙が彼の頬を大量に伝う。
「あ、おい!?」
 レジを飛び出し店の外へ出ていくセルシウス。
「行っちまいやがった……」
 ゲブーがそう呟くと、みすみがサササッとレジへ移動する。
「代わりに私がレジを打ちます」
「!?」
 バイブルと仰ぐ程、すっかり漫画『北東の拳』に染まったゲブーに、種もみ剣士のみすみは逆効果であった。
「苗床にされる前にてめぇを倒してやるぜッッ!!!!!」
 いきなり、みすみに襲いかかるゲブー。
 勿論、予期していなかったみすみは週刊シャンバラをレジに通す作業に夢中である。
ガシッ!!!
「!?」
 ゲブーの手を止めたのは、店員の如月 和馬(きさらぎ・かずま)であった。
「ったく、落ち着きな? レジで客が手を出すのは商品とお釣り貰う時だけだぜ?」
「何だ、てめぇは?」
「オレか? オレは店員だぜ?」
 そう言って、グッと力を込めゲブーの腕を押し戻す和馬。
「和馬さん?」
 ようやく事態が飲み込めたみすみが和馬を見る。
「いいから、みすみはレジ打っておけよ」
「あ、ありがとうございます!」
 ぶっきらぼうに言う和馬だが、彼なりにみすみには一目おいていた。
 和馬の想像では千種みすみは先祖代々から種もみ剣士の家系のその道のエリートなのでスキル『苗床』を使えば世界樹が芽吹くかもしれないと考えていた。パラミタにおける国家の定義とは世界樹と国家神。ゆえに世界樹を生み出せる器としてキマクをシャンバラから独立させる為に千種みすみは必要不可欠な存在だと踏んでいたのである。
「てめぇも北東種籾拳を喰らって、脳味噌を苗床にされてやがるのかぁぁッ!!」
「……それはおまえだろう? こうやって、客からクレーマーに変わる人間は対処不能だぜ」
「おのれ、種もみ剣士……ならば、せめててめぇと俺様の一騎打ちで勝負しようぜ、なぁ?」
 みすみをビシッと指差すゲブー。
「させるかよ……」
と、みすみの前に立ち塞がる和馬。
 その時である。

「アッハハハハ!! ゲブー? 目が腐ったんじゃない?」
「誰だ!?」
 ゲブーが振り返ると、店員の種もみ剣士のエリヌースが品出し用の脚立の上に立って笑っている。
「確かに、みすみも種もみ剣士……だけど、そのライバルたるあたしこそが最凶の種もみ剣士よ!」
 高らかに宣言するエリヌースの傍ではパートナーの彼女が転落しないよう、こっそり万引きGメンの朔が脚立を支えていた。
「ほら、みすみ! 行くわよ!!」
「え? 何を……?」
「北東の拳よ! 読んでないの?」
「ううん……ちょっとだけ読んでます」
「必殺、北東種籾百烈拳よ!!」
「ええッ!?」
 驚くみすみの肩を叩いた和馬が静かに首を盾に振る。
「つべこべ言わずやるのッ!! とうッ!!!」
 そう言ってエリヌースが跳躍する。
 ゲブーもノリノリである。
「来てみやがれ!! 今こそ、モヒカンの恨みを腹してやるぜぇぇぇぇッ!!!!!!」
「「たーーーーッ!!!」」
 みすみとエリヌースの声がダブり、みすみの申し訳なさそうな拳とエリヌースのねこぱんちがゲブーの体に打ち込まれる。勿論、二人とも本気ではないのだが、既に漫画の世界にトリップしているゲブーへの『こうかはばつぐんだ!』。
「がああぁぁぁぁーッ!!!」
 体を押さえ、後退するゲブー。そんな中でも、サッとレジに週刊シャンバラのお代をきっちり置いていくのは流石といったところか。
「やるな……だが、これでモヒカンが全て滅びたとは思わ……」
ガンッ!!!!!
 静かに和馬の放った蹴りが、瞬時に開いた自動ドアを経由してゲブーを店外へと吹き飛ばす。
「ありがとうございましたー!!」
 みすみと和馬の声がハモる。
 二人が顔を見合わせていると、店内の客達から疎らな拍手が起こる。
「大きなお友達も大喜びじゃん!」
と、エリヌースがVサインを出す。
 この後、店員にみすみがいる時には『北東の拳』ゴッコが出来ると勘違いするモヒカンの客がポツポツと出たため、和馬はその度フォローに回る羽目になる。