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【金鷲党事件 二】 慰霊の島に潜む影 ~中篇~

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【金鷲党事件 二】 慰霊の島に潜む影 ~中篇~
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第二章  山への道行


『現在地から3時の方角にある、白い木の間、あるだろ?ざっと見回したところ、この辺りはあそこ以外に通れそうなところがない。罠を仕掛けるには、絶好の場所だ。ちょっと言って、調べてみてくれないか?』
『了解』

 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は、ケータイでパートナーに調査地点を指示すると、額の汗を拭った。

「なんなんだよ、このトラップの数は……」

 尋常ではないトラップの数に、唯斗は呆れたように呟いた。
 何しろ1つ罠を外しても、100メートルも進まない内に、また次のトラップが現れるのだ。しかも解除せず避けて通ろうとすると、今度はそこで別の罠に引っかかるよう巧みに配置されている。
 加えて、二子島特有の暑さや、毒虫、蛇、びっしりと生い茂る下生えなどが、作業効率を一段と押し下げる。

「ね?だから言ったでしょ、とにかく大変なのよ」
「配置も、中々に巧みですし。1つ解除して安心してると、すぐ別のトラップに引っかかりますわよ」
 そう言う宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)イオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)にしても、ついこの間罠に引っかかり、ひどい目に遭ったばかりだ。

「ホントに、日没までに辿り着くのか……?」

 思わず、そんな弱気な言葉が口をついてしまう。

「途中まで、一昨日俺と祥子たちが確保したルートを通って来たから、だいぶ距離は稼げたはずだが……」

 武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が口を開く。牙竜は、一昨日白姫岳へと向かっていたところを、罠にかかった祥子たちを発見し、助けていた。

「……安全性よりも、スピードを優先したほうが良いかもしれませんわね」
 難しい顔で、イオテスが呟く。
「解除しなくて済みそうな罠は極力スルーして、前進するってこと?」
「ハイ」
 祥子の問いに、イオテスが答える。

「唯斗は、どう思う?」
「俺も、それがいいと思う」
 パートナーたちも、首を縦に振っている。確かに少々危険ではあるが、今は少しでも時間が惜しい。
 
「決まりね。それじゃ、解除する罠は極力減らす方向で」
「今まで以上に、それぞれの罠の連携には気をつけないとな」
「わかりました」

 彼らは頷き合うと、再び罠との戦いに戻っていった。
 
 

 一方、南からの侵入を目指し、密林の縁を進んでいたBチームも、予定地点への移動を終え、密林へと分け入っていた。

 このBチームには、Aチームと違い、トラップの知識のある人物がディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)しかいない。
 そのためBチームは、より積極的に、トラップを避ける方策を取っていた。
 ビーストマスターである橘 舞(たちばな・まい)が、島に棲む動物たちに事前に聞き込みを行ったのである。
 『罠』という概念が理解できない動物たちから話を聞き出すのは苦労したものの、なんとか『人のよく通る道』を聞くことが出来た。
 この情報と、ディオネアと霧島 春美(きりしま・はるみ)の持つ《超感覚》を駆使することにより、金鷲党が移動に使用するルートを巧みになぞりながら、罠を避けて進むことに成功したのである。

「動物さんたちにお話を聞いてきて、良かったですね。帰ったら、沢山カエルパイをあげないと」
「ホントだね!初めはさ、遠回りしないといけないから、Aチームより遅れちゃうんじゃないかと心配だったんだけど、これならダイジョブそうだね!」
 舞とディオネアは、とても嬉しそうだ。

「どうやら、警戒も薄いみたいね。今のところ、伏兵の気配も無いわ。」

 《殺気看破》で周囲を警戒しているブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が言った。

『こちら千歳。こちらでも、今のところ敵の動きは確認できない』
『白姫岳からも、敵が出てくる様子はありませんわ』

 【小型飛空艇】と【ワールドペガサス】を駆り、地上と空の警戒を続ける朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)イルマ・レスト(いるま・れすと)からの連絡も、平和そのものだ。

「でも、罠が一つもないという保証はありません。匂いを辿るのは春美がやりますから、ディオは罠の方に集中してください」
「うん!わかった!!」

 春美の言葉にディオネアは、明るい声で答えた。



「おいおい、どうしたんだ!お前たち?」
「どうした、クリスティー?」
「そ、それが、【スカイフィッシュ】たちが急に暴れだして……」

 クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)は、日下部社と3人で、金冠岳へと向かう地上部隊の上空を警戒する任務に当たっていた。
 一応、既に空賊は壊滅させていたものの、前の紛争の際の奇襲の件もあるので、念には念を入れて、上空警戒を行うことにしたのである。
 しかし、敵が空から攻めて来る様子は全く無い。
 それで2人は、上空の警戒は社1人に任せ、もう一つの任務である、金冠岳の崩壊度合いの確認作業に当たっていたのである。 

「ほ、ホラ!落ち着いて!ちょっと手伝ってよクリストファー!」
「あ、あぁ。暴れるな、この!」

 金冠岳に近づいた途端、これまでおとなしかったスカイフィッシュが、急に暴れだしたのである。
 今回クリスティーは、3匹のスカイフィッシュを連れてきていた。
 スカイフィッシュというのは、雲海に棲む棒状の雲魚で、『契約者や神のエネルギーを糧にする』と言われている。
 『もしかしたらこの辺りで、大きなエネルギーの動きがあることが、一連の幽霊騒ぎを引き起こしているのかも知れない』と思ったのだが−−。

「あ!こ、コラ!待て!!」

 3匹の内2匹までは取り押さえたものの、締め付けが緩かったのか、残った1匹がロープからスルリと抜けだした。
 自由になったスカイフィッシュは、猛烈な勢いで金冠岳へと飛んで去っていく。

「あーあー……。行っちゃった……」
「でも、収穫があったな。これならきっとコイツらが、『アレ』のある場所まで案内してくれるぞ」

 未だ収まらないスカイフィッシュを必死に抱き抱えながら、クリストファーはそう確信した。



「お疲れ様、日下部君。上は暑かったろう。はい、これ。よく冷えてるよ」

 キャンプに戻ってきた日下部社に、御上がペットボトルを差し出す。

「あ、すんません。それじゃ、遠慮無く……んぐんぐ、プハァ!あ〜、美味い」

 余程喉が乾いていたのか、一気に半分ほどを飲み干す社。

「日下部君。昨日は、有難う。お陰で円華さんも、随分元気になったみたいだ」 
「……なんや。先生、見とったんですか。お人の悪い……」

 バツの悪そうに、頭を掻く社。

「ゴメン。立ち聞きするつもりじゃなかったんだけど、円華さん、一昨日のからずっと元気が無くってね。ちょっと気になってたもんだから……」
「後見人としては、ほっとけないですか」
「まあね……。でも、お陰で助かったよ。円華さんは、あれで結構人見知りというか、人に自分のことを話したがらないところがあるから」
「まぁ、お嬢さんですからなぁ、円華さんは……。でも先生には、色々相談してるんでしょう?」
「うーん……。どうも彼女は、僕相手には妙に強がってみせるところがあってね。中々、弱音を吐こうとしないというか」
「はぁ……なるほど」

 社には、その理由が何となく分かる気がした。

「もし良かったら、今後も円華さんの相談に乗ってあげてくれないか」
「えっ!?俺ですか?」
「あぁ。君だったら年も近いし、年齢の割に人生経験も豊富みたいだから。色々と噂は聞いてるよ、『社長さん』?」
「あちゃあ〜、そう来ましたか〜」

 わざとらしくオデコをピシャリ、と叩く社。

「もちろん、君の負担にならない範囲でいい。迷惑なら、今この場で断ってもらっても構わないけど……どうする?」
「どうする何も!そこまで言われて断っては、男がすたります!不肖、この日下部社!喜んで、円華さんの相談役を努めさせて頂きます!」

 勢い良く最敬礼する社。

「有難う。それじゃ、よろしく頼むよ。あぁ、そうだ。念のため言っとくけど、仕事の話は、ちゃんと僕を通してくれよ?後見人っていうのは、マネージャーも兼ねてるんでね」
「ありゃりゃ〜。お見通しでしたか〜」

 2人は、声を上げて笑った。



「御上先生、円華さん、ちょっと見て頂きたいものがあるんですが……」

 そう影野 陽太(かげの・ようた)が切り出したのは、皆が簡単な食事を終え、そろそろ仮眠に入ろうという頃だった。

「実は俺なりに、『アレ』について考察してみたんです」

 アレというのは、一昨日、東雲秋日子たちのところに現れた幽霊と、金鷲党に組みする三道 六黒(みどう・むくろ)が残した言葉だ。

 陽太は、【タブレット型端末KANNA】を2人に見せた。そこには、メモ書きのような書き込みがビッシリ書かれている。

「まず幽霊は、アレがこの辺りに幽霊が出現する原因になっていると、教えてくれました」

 御上と円華が頷く。

「次に、東雲さんたちのところに現れた幽霊の言うアレと、三道 六黒が去り際に言い残したアレですが、この2つは恐らく同一のモノを指していると思われます」
「根拠は?」
「根拠は……ありません。単なる、僕の勘です」
「そうか……。続けて」
「次に、『金冠岳に何があるのか』というコトを考えてみたんですが……。以前、金冠岳に立て籠った金鷲党の指導者遊佐 堂円が、大嵐を起こしたことを、思い出したんです。あれだけの規模の術を起こすには、相当な魔力が必要でしょう?」
「それは、そうだろうね」
「それで、円華さん。1つ聞きたいんですが、あの大きさの嵐を起こすことが出来ますか?」
「私には、ムリです」

 即答する円華。

「それじゃ、もし膨大な量の魔力を持つモノ、例えば、女王器のようなモノがあったら、どうですか?」
「それは……可能だと思います」
「もし、そんなモノがまだ金冠岳に残されているとしたら−−」
「金鷲党は、それを探しているというんだね」
「ハイ!実際要塞内に、円華さんが持っているのとよく似た大きな鏡があったという報告もあります」

 『我が意を得たり』とばかりに、強く肯定する陽太。

「ふぅん。やっぱり、そうなるか……」
「え、御上先生、『やっぱり』って……?」
「実はね、影野君。僕とヤズさんも、同じ結論に達しているんだ」

 『ヤズ』というのは、御上の契約者である、ノートPC型の魔道書の名前である。

「そ、そうなんですか!?なんだ……」

 拍子抜けしたような顔をする陽太。

「おいおい、そんなにがっかりすることないだろう。少なくとも、僕たちと同じ推論に辿り着いたのは、僕の知る限り、キミが初めてだよ」
「あ、ありがとうございます……」

 そうは言われても、一度冷めてしまった高揚感はそう簡単に戻ってくるモノではない。

「とにかく、金冠岳に強力な魔力の源があって、それを金鷲党が探しているという可能性はかなり高いと思う」
「私たちは、何としてもそれを阻止しなくてはならないんです。力を貸してください、影野さん」

 影野の手を取り、懇願する円華。

「任せてください、円華さん!俺は、そのために来たんですから」

 以前円華は、陽太の恋人である御神楽 環菜(みかぐら かんな)の治療に役立てようと、ジャイアントが縄張りにしている厳寒の高山まで、危険を犯して花を取りに行ったことがある。
 もっともそれも、二子島紛争の際、環菜が円華救出のために力を尽くしてくれたことの恩返しなのだが。

「円華さんが、環菜さんのためにしてくれたコト、僕は忘れていません。今度は、俺がそのご恩を返す番です」

 陽太は、力強く頷いた。