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リアクション
「……で、何で一人なの?」
そこにいたのはメープルだけだった。
「さあ? でも、和葉ちゃんたちはきっとこっちだと思うわ」
と、根拠もないのに道を指す。
「本当に? 違ったら本気で怒るよ?」
「もう怒ってるでしょう。まったく、ルアークの怒りんぼう」
口を尖らせたメープルに、ルアークはただ笑みを返した。
「怒りんぼうって、怒りたくもなるでしょー」
やや引きつっているように見えるのは気のせいだろう。
メープルにしっかり紐を付けてから、真司たちはまた捜索を開始した。
知り合いの研究室を目指していた佐野和輝(さの・かずき)は、廊下の突き当たりで一人の少女がきょろきょろしているのを見た。
彼の隣を歩いていたアニス・パラス(あにす・ぱらす)もその子に気づいた様子で、ふと和輝から離れていった。目的地の研究室はすぐそこだった。
「どうしたの?」
と、普段は人見知りするはずのアニスが珍しく自分から声をかけた。
女の子はアニスを見ると言った。
「チェリッシュのお兄ちゃんがまいごなの」
と、チェリッシュは人形を抱いた腕に力を込める。
その寂しさの分かるような気がして、アニスは放っておけなくなった。見たところ彼女はアニスよりも幼いが、大好きな人と離れるのは自分だって嫌だ。それに――。
アニスはにひひっ、と笑うとお姉さんぶった。
「アニスも一緒に探してあげるよ!」
「うん!」
そして『空飛ぶ箒』に跨るアニスとチェリッシュ。どこかぎこちなく宙に浮いた彼女たちを見て、和輝は嫌な予感を覚えた。
「ああ、チェリッシュちゃん!」
追いかけてきたと思しき空色のショートカットの学生と猫娘が、飛んでいったアニスとチェリッシュを追いかけて行く。
「……アニス!」
はっとして和輝も走り出し、スノー・クライム(すのー・くらいむ)はやれやれと言わんばかりに息をついた。
「待ちなさい、アニス!」
こんなことになるなら何が何でも留守番させるべきだった。もちろん、アニスが和輝と離れるのを嫌がるのは分かっていたし、スノーだって同じ気持ちだ。
「何てことをしてるんだ、アニスは……!」
和輝たちの前を行くトレルからしたら、アニスはチェリッシュを連れて逃亡しているようにしか見えないだろう。
目的地から遠ざかっていくのを苦く思いながら、和輝とスノーはアニスを追った。
「どこにいるか分からない?」
「ああ。だけどあちらにも頼れる人がいるらしいから、どうにか合流は出来そうだ」
ヴェルリアからのテレパシーをルアークへ伝える真司。
「で、俺たちはどうしたらいいの?」
「そうだな、闇雲に動いても仕方ないし、一度戻ろう」
エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は空京大学進学を現実的な問題として考えていた。蒼空学園に通っているため、内部進学も不可能じゃないが……。
「お兄ちゃんいた?」
「いなーい」
女の子たちの声にはっと足を止めると、エヴァルトはとっさに自分のパートナーたちを抱き上げて壁際へ寄った。その直後、箒に乗ったアニスとチェリッシュがエヴァルトの横を通り過ぎていく。
「構内で箒……」
注意すべきだったかと思うエヴァルト。ファニ・カレンベルク(ふぁに・かれんべるく)とミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)もまた、彼女たちを見送っていた。
すると今度はどこかで見たことのある空色のショートカットの女性が駆けてくる。
「おや、あなたは確か、退行催眠治療の……」
「あ」
思わずその場に立ち止まってしまうトレル。つられて止まったマヤーの横を和輝とスノーが走っていく。
エヴァルトは何となく事情を察していたが、その前にトレルが口を開いた。
「あ、あの子たちを止めて下さい! お兄ちゃんを一緒に探すって言ったのに、チェリッシュちゃんったらお転婆で――」
挙げ句にアニスと意気投合して現在に至る。
トレルが簡単に説明をし終えると、エヴァルトは言った。
「なるほど……振り回されているだけでは?」
気まずそうに視線を逸らして、トレルは肩をすくめた。
和輝たちが未だ追いかけてはいるものの、二人を乗せた箒が止まる様子はない。
「仕方ない。他人に迷惑がかかるのはいけないし、とにかくとっつかまえて、屋内で飛ぶのは危険だと教えなければ」
「さっすがエヴァルト君! ロリコンの鑑!」
と、茶化すように言ったファニにエヴァルトは苦い顔を向けた。
「……ロリコン言うな」
あまりスピードを出したら壁にぶつかるぞ、とか、人にぶつかるぞ、とか、『空飛ぶ箒』はすぐに止まれないんだぞ、とか。
いろいろ声をかけてはみたものの、和輝の思いがアニスに伝わることはなかった。
背後からトレルたちと思しき声がし、何とも複雑な気分に陥ってしまう。アニスを捕まえることができたら、きちんと説教をしてやらなければ……。
「アニス、お願いだから止まれ!」
「聞こえているんでしょう、アニス!」
と、口々に叫ぶ和輝とスノー。
ふいに何者かが横を通りすぎ、あっという間もなくアニスたちに追いついた。否、次の瞬間には彼女たちの進行を妨げる位置にいた。
さすがのアニスもこれには驚いて箒から転げ落ちてしまう。同じく落下するチェリッシュだったが、『アクセルギア』を使用していたエヴァルトがすかさず二人を捕まえた。
「アニス!」
と、追いついた和輝に名前を呼ばれてびくっとする。
「あう……アニスはチェリッシュのお兄ちゃんを探そうと――」
「だからって勝手にどこか行くのはダメだろう」
「そうよ、私たちに相談するなりしてから行動するようにしなさい」
不満そうに口を尖らせるアニス。
「チェリッシュちゃん、もうどこにも行かないでくださいね?」
と、トレルが息を切らせて言うと、チェリッシュは追いかけっこにも飽きたのか口を閉じた。
見た目では同い年くらいのミュリエルがチェリッシュに近寄って、じっと人形を見つめる。
「かわいいお人形ですね」
「うん、知らない人にもらったの」
にこっと笑うチェリッシュとミュリエル。
ファニはエヴァルトを見上げて提案をした。
「結構、子供って高いとこ好きだったりするから、2mもあるMCが肩車とかしたら、楽しんでくれると思うな。というわけで、やってあげてねー」
すんなりそれをする気にもなれなかったエヴァルトだが、迷子のチェリッシュのためだ。
仕方なく彼女を肩車してやると、ファニが尋ねた。
「ところでチェリッシュちゃん、お兄ちゃんとはぐれちゃったんだって? お兄ちゃんはどういう人なの?」
また迷子にならないために奏戯は和葉たちの後ろを歩いていた。こうして見張っていれば大丈夫なはずだ。
「あ、そういえばさっき、お花畑が近くにありましてですねー」
「え、花畑? 楽しそう……」
「行ってみますか?」
目をきらきらと輝かせる和葉とヴェルリア。返答しそうになった二人を見て、慌てて奏戯が止めに入る。
「これ以上どこか行ってどうするの! 外に出たらもっと大変な――って、オルフェリアちゃん!」
構わずに二人を連れて歩き出すオルフェリアを、奏戯は追いかけて行く。真司とルアークもそうだが、奏戯はさらに苦労していそうだ。
シズのゲリラコンサートが数曲目を終えた頃には、コンサートホールに大勢の見学者たちが集まっていた。
先ほどから落ち着きのない園井は、マシュアがふと一点を見ていることに気がつく。
「チェリッシュ!」
「お兄ちゃん!」
エヴァルトに肩車されて人一倍目立っていたチェリッシュが、嬉しそうにぶんぶんと手を振る。
演奏が止まるのと同時に、人々はマシュアとチェリッシュのために隙間を空けていた。
エヴァルトの肩から降りたチェリッシュをマシュアが抱き上げ、ぎゅっと抱きしめる。
「心配したんだからな、チェリッシュ」
チェリッシュは悪いことをした自覚がないのか、マシュアへ言った。
「ほら、見て! 知らない人にもらったのー」
一件落着、である。
シズは『悪魔の調べ・鍵の音』を元の形に戻し、こちらを見ている秋日子と目を合わせた。やはり音楽の力は偉大だ。
ようやく見学を再開できると息をつくエヴァルトをミュリエルは引っ張った。
「あ、あの……私も、肩車してほしい、です……」
――かわいい妹のためだ、仕方ない。エヴァルトはとりあえずホールから出ようとパートナーたちを促し、返事を返した。
「ああ、あとでな」
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