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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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第4章 夜の訪問者 1

 アムドゥスキアスはこれでも寛大なほうだ。民の訪問はある程度いつでも受け入れる覚悟であるし、時には夜泣きする子供のためになにか良いオモチャを作ってくださいと懇願してくる若い奥さまもいることだろう。そんな希少な可能性にも対応できるほどには、彼は夜の訪問者を広い心で迎えるつもりだった。
 だが――
「アムドゥスキアス……いや、師匠!」
「…………」
「この天空寺 鬼羅(てんくうじ・きら)! 師匠の作品を見た瞬間感動した! 神韻縹渺(しんいんひょうびょう)! 気韻生動(きいんせいどう)! 魂の宿る情熱の作品! オレも創ってそして表現してぇ! お願いだ師匠! オレを弟子にしてくれ!」
 さすがに目の前で全裸のまま土下座する鬼のような男を見れば、彼もげんなりするというものだった。
 天空寺鬼羅と名乗った男は、どうやら自分の弟子になりたいらしい。
 これでも――アムドゥスキアスは一人の芸術家である。自分の作品を褒められるのは素直に嬉しいし、それに称賛をくれるのはなお幸せだ。だが、さすがに弟子になりたいという申し出を軽く受けるわけにはいかなかった。
(そもそもこの人って……なんで裸なのかなー?)
 苦笑しながら思うアムドゥスキアス。
 鬼羅はギッ――と、刃のごとき鋭い目で彼を見つめた。その威圧感にアムドゥスキアスは思わず気圧される。
「弟子にしてくれるまでオレは諦めねぇ! なんでも…………なんでもする所存だ!」
 姿は変態同然だが、その意思は鋼のように固く、まっすぐだった。
 アムドゥスキアスはため息をつく。
「七枷くん、どう思うー?」
「へ? オ、オレ? んー……ま、まあそうやな……とりあえず、そのゴッツイお尻は目の毒だから、ちょっとオレの目の前からどかしてくれるとありがたいとして……一応、考えてやってもいいんじゃないか?」
 本当はもう少しつけ放すような答えを期待したのだが……。アムドゥスキアスは再びため息をついた。
 そんな鬼羅の扱いに困るアムドゥスキアスの前で、七枷 陣(ななかせ・じん)は目の前にいそいそと自分の持参した手土産を並べる。同人誌の詰め合わせと携帯音楽プレイヤー、中には結構貴重なアニメグッズも並んでいた。
 無論、同人誌は二次創作ものが当然として、プレイヤーにはアニソンだけを詰め込んである。ある意味では、万事準備は整ったというところだ。
(小僧は何をするかと思えば…………まったく呆れたものだな)
 後ろで陣を見守っている仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)は、そんなことを思う。まあ、限度を過ぎない程度であれば、好きにやらせておこう。
(そちらのほうが、好都合と言えば好都合だ)
 見てくれは子供のそれだが、あくまでも相手は“魔神”の一人である。子供特有の優しげで繊細な笑顔を浮かべてはいるが、心では何を考えているか分からなかった。
 ――中身は老獪な策士の様に扱え。そう、自分に言い聞かせる。
 幸いだったのは、なぜか全裸ではあるものの必死に弟子入りを懇願する鬼羅……それと、」鬼崎 朔(きざき・さく)レヴェナ・イェロマーグ(れう゛ぇな・いぇろまーぐ)も同席していることだった。
 壁にもたれかかっている朔は、一見すればなんの害もなさそうだが、その目と気配は双方のどちらにも警戒を配っている。いつでも剣を抜き放つことができる。彼女を見ていると、わずかな動作でも命取りになる気がした。
「――ってわけでやな、アニメや漫画、それにライトノベルっってもんは、地球の経済を担うサブカルチャー。つまり一種の文化兼芸術ってことになるわけだ。それを作ってるのは何を隠そう地球人! 契約者の魂なんて奪ったり加工したりしちまったら、アニメという芸術は生産されないんや!」
 いつの間にか、陣は同人誌を片手に二次元文化を力説している。何をやってるんだあいつは……と磁楠は思ったが、アムドゥスキアスは興味深そうに頷いていた。
「なるほどねー。いやいや、とっても面白そうだよ。地上にはそんな文化もあるんだね」
「そーいうことや! 深く掘り下げてもっと面白いぜ? ただまあ、今回でそれを全部語るのは無理だろうから、それはともかくとして……だな。他に、聞きたいことがあるんや」
 陣の声色が心なしか重みを帯びる。彼はまっすぐアムドゥスキアスを見つめた。
「うん?」
「あんたはバルバトスたちと一緒で、地上を手に入れたいと思ってるのか?」
「…………」
 空気は変わった。それまでの陽気なものが、底冷えするものになった。
 しばらくアムドゥスキアスは逡巡するように黙っていた。
 が――やがて口を開く。
「……どうかな? 地上の芸術品にはすごく興味があるよ。美しいものってのは、やっぱり心を安らがせるなにかあるからね。ボクはそういうのがとても好きだから」
「クス……じゃあ、こういうのはどうかしら?」
 二人の間に割って入ったのは、それまで沈黙を守っていたレヴェナだった。いや、今の彼女は確か『ゴモリー』という名だったか。
 そもそも彼女は、朔が召還した悪魔である。空飛ぶラクダ、ウパァルに乗って降り立った彼女は、自らを『ゴモリー』と名乗ってアムドゥスキアスと会話する時を待っていた。
 そしてその時は、今この時だった。
「戦争はやめて、交渉をしてみるのよ」
「交渉?」
「そう。交渉が上手くいけば、あなた好みの『芸術品』の素体も手に入るかもしれないでしょ? それこそ、あなたの望む地上のものがね」
 ピクリと、朔の眉が持ち上がった。
 レヴェナは決して悪い奴ではない。むしろ平和を愛する、特異な悪魔と言える。だが彼女はその極度な平和主義を抱くゆえに、多少の犠牲はやむを得ないと思っている。朔にとってそれは、信用に当たる考えではなかった。
 まして――
「いっそのこと、エンへドゥさんをお嫁さんにくださいって言ってみるのも悪くないわよ? 交渉次第では争わずにあなたの物になるかも知れないわ」
 エンヘドゥの名が出たことは、それを如実に表している。朔は、決して前には出るまいと思っていた足を思わずすり出した。
「…………」
 アムドゥスキアスは答えない。
 レヴェナの視線は彼から離れず、しばらくの無言の時間が続いた。しびれを切らしたように、レヴェナが続けた。
「どう?」
 彼女の視線から逃れるように、アムドゥスキアスはゆるく頭上を見上げた。
 そして――
「もうすぐ、時は来ると思うよ。だから、そのときをしばし待とうかー」
 そんなことを彼が告げたとき、塔の中はなにやら騒がしくなってきた。兵士たちが慌ててアムドゥスキアスたちのもとにやってくる。
「何があったのー?」
「賊が……賊が入りました!」
「賊……?」
 訝しそうに呟いたのは、その場にいた全員だった。



 塔の廊下を渡る柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は、片っ端から気になったものに『サイコメトリ』で接触を図った。
 敵に見つかっては厄介だ。出来る限り足音も立てず、気配を消して先を行く。廊下を挟む芸術品の数々からサイコメトリで読み取れるのは、普段の塔の姿と動き。兵士たちがエンヘドゥを連れてゆく姿が感じ取れる。
「南カナンのお嬢ちゃんがアムトーシスに移されたってのは、本当だったんだな」
「そうなのー?」
「そうなんだよ」
 どこからともなく聞こえたやる気のない声に、苛立ち半分で真司は答える。声の主は自分の身体――魔鎧のリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)だった。
 液体金属で出来た無形の魔鎧は、さほど興味もなさそうに一人ごちる。
「はぁー……暇だわ。……何か面白いことでも起こらないかしら?」
「勘弁してくれ。面白いことって厄介なことと一緒だろ」
「信用ないわねー」
 のほほんとした言い草のリーラにため息をつきながらも、真司は情報を集める。
 そんなとき、聞こえてきたのは騒がしい物音と兵士の声だった。
(近づいてくる……!)
 とっさに判断して、近くの部屋の扉の影に隠れる真司。廊下の角を兵士が曲がったのは同時だった。徐々に近くなる足音が、扉を挟んだ向こう側という距離にまで近づく。緊張で心臓が鼓動して、その音で相手にバレてしまいそうな……そんな不安に見舞われた。
「賊はここじゃなさそうだな」
「うむ…………向こうを探してみるか」
 が――兵士たちはその場を過ぎ去ってゆく。なんとかその場をやり過ごして、真司は安堵の息をつきながら壁にもたれかかった。
「よかったああぁぁ……」
「賊……って、言ってたわね」
 リーラが首をかしげるような声で言う。真司も、同じ心境だった。
「賊か…………俺たち以外にも、誰か侵入してるってことか?」
 だとすれば、誰が……?
 分からないが、いずれにしてもこのままここにいるのは危険そうだ。幸いにもエンヘドゥの部屋の場所だけは把握することが出来た。
 それを収穫として、真司はすぐに塔から脱出を図った。