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勇者、募集します ~大樹の不思議な冒険?~

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勇者、募集します ~大樹の不思議な冒険?~

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第1章「旅立ちの地イストリア」
 
 
 これは、ある男が体験した、不思議な旅の物語――

 西方大陸北西部にある都市、イストリア。その城下町を一組の男女が歩いていた。
「この街に来るのは初めてじゃが……随分と活気があるようじゃな、忍」
「そりゃあ王都だからな。さすがに東の聖都には負けるけど、西じゃ一番大きい都市だって聞いた事があるよ」
 男の名は桜葉 忍(さくらば・しのぶ)
 女の名は織田 信長(おだ・のぶなが)
 二人は元々東方の大陸で暮らしていた者だったが、とある事情でこの地へと流れ着いていた。
「ふむ、ならば人材にも期待出来るという物か。私達の目的の為にも、まずは仲間を集めねばならんな」
「ところで、信長は仲間にするならどんな人がいいんだ?」
「そうじゃな……まぁ私が良いと思った者ならば誰でも良いぞ」
「信長らしいな。でも、それなら気を付けないとな。俺達の正体が――」
「忍」
「っと、悪い信長」
「気にするでない。それよりも……ん?」
 信長が何かに気付き、街の入り口を見る。忍がそちらに視線をやると、街の外から一人の少年がやって来るのが見えた。
 その少年、篁 大樹(たかむら・だいき)が忍達に気付くと、どこか驚いた表情でこちらへと駆け寄って来る。
「忍兄ぃ! 信長!」
 兄の篁 透矢(たかむら・とうや)を通して知り合った友人である二人の名前を呼ぶ大樹。だが、当の本人達は不思議な顔をするだけだった。
「見ない顔じゃが……知っておるか? 忍」
「いや、俺も知らないな。まさか俺達に気付いてる……?」
 僅かに警戒の色を強くする忍達。大樹はそれに気付かず、普段のように話しかける。
「なぁ、二人もこの世界に巻き込まれたクチなのか? 透矢兄ぃは?」
「透矢? 知っておるか? 忍」
「いや、俺も知らないな。それに世界に巻き込まれたってのも何なんだ? お前は一体?」
 再び不思議な顔をする忍。その表情を見て、大樹は彼らが『本物では無い』という事を悟った。
(俺の事も知らないか……本当にゲームの最初みたいだな。まぁいいか)
 面識が無いなら仕方が無い。大樹はあくまで同じ顔をした他人という認識で、ゲームの展開を考えて動く事にした。
「俺は篁 大樹。この街に魔王を倒す勇者がいるって聞いて来たんだ」
「魔王を倒す、じゃと……!?」
「あぁ、二人は心当たり無いか?」
「ふ……なるほど。これぞ天祐か」
 大樹の言葉を聞き、不敵な笑みを浮かべる信長。彼女は自信満々に自分の胸を叩くと、高らかに宣言した。
「聞くが良い。今の魔王を打ち倒す勇者……それは、この私じゃ!」
「俺と信長も魔王の塔に行く為の仲間を捜す所だったんだ。そっちも同じ目的なら丁度いい。一緒に行こう」
「そっか、なら話は早ぇや。よろしくな、忍兄ぃ! 信長!」
 握手を交わす大樹と忍。今ここに、勇者信長が率いる魔王討伐の為のパーティーが――
 
「ちょーっと待ったー!!」
 
 その時、別の道から一人の男が現れた。男はそのまま力強い足取りでこちらへと近づいてくる。
「勇者と聞いては放っておけない。その旅、この光と剣の勇者である相田 なぶら(あいだ・なぶら)がいなくては話にならないだろう!」
 ちなみに大樹は面識が無いが、現実世界のなぶらも『勇者』を目指す者である。そのせいだろうか、この世界のなぶらは実際の勇者という立場にいる事でやけにテンションが高い。
「そういう訳だ。大樹さんと言ったね、俺も仲間に加えてもらおう。いや、むしろ勇者である俺のパーティーに加わってくれと言うべきかな」
「え、え〜っと……っつーか、勇者が二人いてもいい……のか?」
 強引に握手されて困惑気味の大樹。そこに、今度は魔法使いの姿をした女の子が話しかけてきた。
「大丈夫だと思いますよ」
「え? 誰?」
「僕は和泉 絵梨奈(いずみ・えりな)。予言に従い、勇者の力になる為に来ました」
「予言ってのもまたゲームっぽいな……ま、とりあえず仲間が増える分にはいいか。とりあえずよろしくな、二人とも」
 多少困惑しながらも、なぶらと絵梨奈を迎え入れる。今ここに、勇者なぶらと信長が率いる魔王討伐の為のパーティーが結成された。
「で、集まったはいいけど、これからどうすりゃいいんだろうな?」
「まずはこの国の王に謁見するのが良いと思います」
 絵梨奈が少し先にある城門を見る。それを見て大樹は現実でのパートナー兼姉の篁 月夜(たかむら・つくよ)を助け出すという目的を思い出した。
「あぁ、そういや姫がさらわれたって設定なんだっけ。て事は月夜姉ぇはこの国の姫様か……イメージに合うような合わないような……」
「? どうしました?」
「いや、何でもねぇよ。それじゃ、城に行ってみようぜ」
 
 
「良くぞ来た、勇者達よ」
 イストリア城内の玉座の間に通されたなぶら達は国王の前で膝をついていた。
「話は既に聞き及んでいよう。余の娘である月夜を無事に救い出す事、期待しておるぞ」
「お任せ下さい、陛下。この相田 なぶら、身命を賭して姫をお救い致します」
「うむ、その言葉、嬉しく思うぞ。ならば……夏侯よ」
「はっ」
 国王の視線が壁際に立っていた男へと向く。
「そなたはともに行き、苦難の道を歩むであろう勇者達の力になるのだ。よいな」
「畏まりました。この夏侯 淵(かこう・えん)、陛下の御心となりて、勇者の道を支えましょう」
「そなたの武、期待しておるぞ。では大司教」
「はっ」
 続いて淵の隣にいる男へと視線が移る。聖職者の衣装に身を包んだその男は、この国の国教で大司教の位にあるジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)だ。
「後は任せる。苦難の道を歩むであろう勇者達に祝福を」
「お任せ下さい」
 奥へと下がっていった国王に代わり、ジャジラッドが勇者達の前に出る。彼は二言三言ほど小声で祝福の言葉をつぶやくと、そのまま説明を兼ねた説法へと入った。
「さて、勇者達よ。あなた方の行く先には魔王を信奉する悪の手先が幾度と無く襲い来る事でしょう。ですが怯む事はありません。これは聖戦、神の祝福を受けしあなた方ならば奇跡をも手にし、必ずや再び光をこの地にもたらす事が出来ると信じておりますよ」
「悪の手先……?」
「左様、愚かにも魔に染まってしまった者達です。彼らは慈悲の心など無く、我らの愛すべき子達を傷つけて行きます。特に近頃はそれが酷くなり、最早一刻の猶予もありません。勇者達よ、旅先で苦しむ人がいるならば神の名の下に彼らをお救いなさい。そして、悪に染まった魔王の手先はその全てを滅ぼすのです。それこそが彼らにとっても救いとなるのですから」
 ジャジラッドの言葉を聞き、信長の顔が微かに険しくなる。だが、それに気付く者は誰もいなかった。
「見事魔王を打ち倒した暁には、名誉だけでなく、地位や資産などあらゆる物が与えられる事でしょう。また、あなた方の旅にかかる費用、これも全て支援致しましょう」
 後ろに控えていた巫女のサルガタナス・ドルドフェリオン(さるがたなす・どるどふぇりおん)が当面の旅には十分過ぎるほどの金貨が入った袋を渡す。それ以外にも剣や鎧など、いかにも勇者といった出で立ちの物が次々と運び込まれてきた。
「こちらは全てご自由にお使い下さい。それと、こちらは神託となりますが――」
 コホン、とサルガタナスが軽く咳払いをする。
「さらに上位の装備がオークションで出回っているでしょうし、RMTをして手っ取り早く資産を作り、そちらを利用するのが近道だと思いますわ」
「は?」
「本当であればその前にキャラメイクからやり直したい所ではありますね。見た限りでは最初のボーナスポイントが最高の方はいらっしゃらないようですし、最低でも100回は繰り返すべきです。この際、ボタンの連打でせっかく出た高パラメータを逃すという事が無いよう、十分お気をつけ下さい」
「いや、何の話?」
 これがゲームの世界だと分かっているはずの大樹すら困惑せざるを得ない事態に、当然ながら他の者達は頭に『?』マークを浮かべている。だが、サルガタナスはそれを無視して神託という名の妄言を続けた。
「そうそう、レベル上げなら育成代行を使えば楽になりますね。業者選びの注意点ですが――」
「ちょっと待て」
 不穏な言葉に待ったをかける。さすがにこれ以上はゲーム的にも危険な為か、二人の兵士がサルガタナスを両側から拘束して引きずって行った。
「ちなみに初心者エリアでPKを行い過ぎるとすぐGMコールされて最悪アカウント凍結されるの注意です。過去、やり過ぎた為にそのエリアがPK禁止になった事が――」
 引きずられながらも神託を続けるサルガタナス。彼女が扉の向こうに消え、玉座の間は何とも言えない空気が漂っていた。
「……では頼みましたよ、勇者達。あなた方に神のご加護のあらん事を」
 勇者達、大司教、そして兵士達。彼らの一致した思いは『見なかった事にしよう』という物であった――
 
 
 なぶら達が城を出ると、道端には盛大な見送りを行う多くの国民の姿があった。 大司教であるジャジラッドはそれを城の窓から見下ろしている。
「さて、今度の勇者はどうかな? 神の為、力尽きるまで戦ってくれると良いのだがな」
 ジャジラッド・ボゴル。彼は表では慈悲深き大司教ではあるが、その実は狂信的とも言える神の信徒だった。彼にとって勇者の価値はいかに国教を広められるかという事のみであり、姫を救うという本来の目的すらも宗教の為に利用するつもりであった。
 出立の為に資金を提供したのもその一環で、こうして教会がバックアップを行っている事を世間に知らしめる事により信徒の心を掴み、勇者を支援するという名目で彼らから提供した金額以上のお布施を集める狙いもあったのである。
 ちなみに城を出てすぐに国民達が集まった理由も、謁見の時点で既にジャジラッドが手を回して勇者達の事を喧伝していたからだった。
「勇者が魔王を打倒すれば神の代行者として持ち上げ、敗れるならば信心が足りなかったと責めれば良し。だが一番の理想は――」
 勇者は確かに大切な存在ではあるが、その大切さが神そのものを上回ってはいけない。ならば勝者となった上で栄光を受けられない事が望ましい。つまり――
「――共倒れ、だな」
 窓から視線を外し、扉へと向かうジャジラッド。街では旅立つ勇者達を称える声が、いつまでも飛び交っていた――