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水中学園な一日

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水中学園な一日

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 そんな話題になっているとも露知らず、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)は、授業へと向かっていた。
「失敗だったな」
「申し訳ありません。私もうかつでした」
「気にするな……うわっ!」
 何者かに後ろから追突されたグラキエスが転がった。
「誰だっ!」
 グラキエスを助け起こしたエルデネストが顔を向けると、3人の男達が立っていた。
「ロアかぁ、いきなり何だよ」
「あはは、歓迎のタックルだぜ。調子は良い……でもないのか?」
 友人のロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)が涼しい顔をしている。パートナーのレヴィシュタール・グランマイア(れびしゅたーる・ぐらんまいあ)イルベルリ・イルシュ(いるべるり・いるしゅ)も一緒だが、こちらは『止められなくて……』と申し訳無さそうな顔つきだ。
「あまりの暑さでへばってたんだが、いくらか体調が戻ってきたんでな。それにこれだろ……」
 周囲の水をひとかきする。
「涼しくって良い気分だ」
「って言う割には、このコートなんだな」
 ロアはグラキエスの黒いロングコートのエリを引っ張った。確かに暑い最中に着るものではない。コートから覗く鎖骨や胸元を見て、ロアの喉がゴクリと動く。目もいくらか血走っている。レヴィシュタールとイルベルリが『まずいかな』と顔を見合わせた。
「ところでさ、腹減らないかー? 飯でもどうかと思って」
 ロアの誘いにグラキエスも同意する。
「食堂か売店でも行くか?」
「どっちでも良いけど、肉が食いたいなと思ってさ」
「腹が減ってはなんとやらか。お、これも肉だな」
 グラキエスはロアの指先を軽くかんだ。
「グ、グラキエス! お前もそう思う……グァッ!」
 ロアはレヴィシュタールとイルベルリに、グラキエスはエルデネストに引き離された。
「おおっ! エルデネスト、何だ?」
「お気をつけください。ロアのグラキエス様を見る目が尋常ではありません」
「尋常ではないって?」
「つまりは異常です」
「そりゃそうだ」
「グラキエス様をグラキエス様と見ていないように思えます」
「俺が俺じゃなかったら、何だって言うんだ?」
「そうですね……丸焼きグラキエス様のローリエ仕立てとか、グラキエス様の生け作りとか、北京グラキエス様とか……」
「まさかぁ」
「と思いますか?」
 グラキエスはそっとロアを振り返る。レヴィシュタールとイルベルリとでもみ合っているが、どこか目つきがおかしいのが見て取れた。
「もうちょっと着込んでくるべきだったか?」
「完全武装でも良かったかもしれません」

「2人して何すんだよ!」
「ロア、隠しても分かる。あのまま行けば、大事な友人にかじりついていただろう」
「ま、まさかぁ……ハッハッハ」
「なぜ顔をそらす?」
「そらしてなんかいないだろ」
「まだ目がそっぽを向いてるぞ」
 ようやくレヴィシュタールを見た目は、明らかに狂気を宿していた。
「ほら、グラキエスが指をかじってきただろ。なら腕の一本くらい良いかなって」
「本当にそう思うのか?」
「何だよ、レヴィシュタール。やらねえって。グラキエスの腕とかなくなったら嫌だし……」
「当たり前だ。いいか、友人は食べ物ではないのだぞ。どうしてもと言うなら吸精幻夜で血を吸え」
「血を吸え? それだ!」
 意気揚々とグラキエスに向かうロアをイルベルリが止める。
「何を考えてるんですか!」
「そこの吸血鬼。自分が血を飲むからってロアを唆さないで! それ“食べる”と言えないだけで“食として間違ってる”ってのは変わらないからね?!」
 指摘されたレヴィシュタールは『うるさい羊だ』とばかりに目を細める。
「じゃあ、どうすれば良いんだよ」
「普通にご飯を食べることです。食育からやり直した方がよさそうですね」
「……わかったよ」

「良いのか?」
「ああ、2人がうるさくって」
 ロアがグラキエスの元に戻ってくる。心配そうなイルベルリと、どこか様子見しているレヴィシュタール。一方でエルデネストは油断無くロアを警戒している。
「腕とか指とか……血、なんてのも聞こえたんだけど」 
「気にするな。売店でも行こうぜ」と言うものの、その口からはよだれが垂れていた。



 橘 恭司(たちばな・きょうじ)の運転するトラックが、喫茶とまり木 臨時営業中と看板のかけられた前で止まる。
「ここだな」
 蒼空学園の一角で、樹月 刀真(きづき・とうま)如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)達が、臨時に喫茶店を運営していた。
「おーっす、人員と依頼の品物……と、ついでにコーヒー豆と茶葉を持って来たぞー」
 恭司は両肩に担いだ荷物を降ろす。ウェイトレスの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が出迎えた。
「いつもありがとうございます」
 月夜が受領証にサインをする。
「よかったらひと休みしませんか?」
「おう、ありがとな」
 恭司は勧められるままにコーヒーをご馳走になることにした。
 封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)が一方の箱を開けると、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が転がり出る。
「よう……刀真、佑也、取りあえず。おしぼりくれ……」
 あざやこぶだらけの牙竜は、息も絶え絶えにカウンターの前に腰掛ける。紅茶を出そうとした白夜は、あわてて冷たいおしぼりを持って行った。
「冷やしたタオルの方が良いか?」
 察した刀真は、手際よく氷水につけたタオルを差し出した。
「あれ、灯は?」
 ダンボールの中を覗きこんだ月夜は、一糸まとわぬ姿の龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)を見つける。胸元や首筋に、ちょっとしたあざが見て取れた。カウンターの牙竜と灯を何度も見比べた。
「ごめんなさい、月夜さん、下着と服をお願いします」
「う、うん、分かった」
 急いで予備を持ってくると、ダンボールに差し入れる。そして「なるほどねー」とばかりに、一息ついた牙竜に近づいた。
「随分、激しいんですね。優しくしたげないとダメよ。牙竜……えっち」
「ええっ!」
 牙竜は月夜の視線で勘違いに気付き、急ぎそれを解こうとするが、月夜は「またまたー」と含み笑いをするばかりだった。



 イルミンスール魔法学校の佐野 和輝(さの・かずき)は、ルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)にせがまれて、蒼空学園を訪れている。アニス・パラス(あにす・ぱらす)スノー・クライム(すのー・くらいむ)も一緒だ。
「面白そうですけど、まずアニスが泳げるようにならないとね」
「はーい」
 和輝の指導で臨時の水泳教室が始まった。スノーとルナは停止隊に参加した場合の想定を話し合う。 
「あの子達も、話せばきっと分かってくれるはずですぅ〜」
 ルナはまず説得することを提案する。スノーも反対こそしなかったものの、戦闘体勢についても計画する。
「一旦、モンスターとなったら、簡単に話し合うことはできないかもしれないわ。それをしっかり覚えておいてね。私達の安全を第一に考えないと」
 スノーの言葉にルナは「わかったよぉ」とうなずいた。
 身体能力の高いアニスが泳ぎに熟達するのは早かった。
「そう、無理に力を入れずに動かすんだ」
「お〜、凄い凄い! アニス、泳げてる〜♪」
 午後までかかるかと思われた特訓だったが、蒼空学園について1時間ほどで満足な結果を得られた。
「これなら頑張れそうです」
 和輝は自在に泳ぐアニスを見て、満足の微笑を浮かべた。


 校長室では校長兼理事長の山葉 涼司(やまは・りょうじ)が、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)の花火大会企画を断っていた。
「面白いとは思うんだけど、夕方には装置停止隊が動き始めるからな」
 ハッとレティシアとミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が顔を見合わせる。
「もしかして忘れてた……とか?」
「はいですぅ」
「この状況を放置しておくわけには行かないから、今回は諦めてくれよ」
 レティシアはがっくりと肩を落として、校長室を後にした。
「いろんなことを考える人がいるんですね」
 火村 加夜(ひむら・かや)は、山葉にお茶を出す。
「まぁね。それがこの学園の良いところでもある」
「そうですね。……ところで、これ、どうです?」
 加夜はフリルのついたビキニの水着についての感想を聞く。新しく買ったばかりのお気に入りだ。ところが山葉の返事は的外れなものだった。
「ああ、おいしいお茶だね」
「ん、もう!」
 膨れっ面になる加夜と、クスクス笑う花音・アームルート(かのん・あーむるーと)。そんな2人に挟まれて、山葉は戸惑うばかりだった。