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第三章 これから
 
 「昨日の夜は凄かったらしいね?」
「何の事だ?」
 朝の開口一番黒崎 天音(くろさき・あまね)は海に言い放った。
「窓を壊す程、お楽しみだったそうじゃないか?」
「……周囲に誤解を与える様な言い方をする」
 天音の後からブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)がやって来た。
「白い仮面のお客が来たそうだな」
「ええ、リアトリスさん達がその場に居ましたので事なきを得ましたが――」

 「お早う御座います。海さんは此方にいらっしゃいますか?」
 宿の入り口から若い女性の声が聞こえる。宿の主人が応対をしに外に出たが、直ぐに戻ってきた。
「申し訳ありませんが、少しお話を聞いて頂けますか?」
「分かりました」

 「オレが海です」
 名を呼ばれた海が見たのは、人形の様な真っ直ぐな黒髪持つ整った顔立ちの少女だった。
「お早う御座います。私はハンナ・フェルナリアと申します」
「何でしょうか?」
「昨夜、白面のお客様が来られたとか……」
 海の背後に居た天音の眉がピクリと動いていた。
「……十分です。少しお話をしませんか?」
 天音の小さく動いた表情の意味をハンナは理解している様だった。
「何……」
「これでも貴方よりは永く生きているのです。……ここでは人目がありますので、我が家へ行きましょう」
 突っ立ったままの2人を漆黒の双眸が捉える。
「貴方達も御一緒に……」
「ふ、了解だ」
 天音は肩を竦めると、海達の後に続く。
「ほら、行くよ」
「楽しそうなのは良いが、浮かれて怪我などしない事だ」
「分かってるって」
 海岸の近くにハンナの小さな家は在った。
「2人で住むには十分な大きさですから」
 奥でハンナはお茶を入れている。甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「なかなか良い家ですね」
「ええ、此処は大切な家ですので」
 窓から見える外の風景を楽しみながら、天音は外の雲を眺めていた。
「一雨来そうだね」

 「おはようございます」
朝の爽やかさにピッタリと合うアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)の声が眩しい。
 「おはようデス」
 アキラの頭の上のアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)。可愛い笑顔で道行く人に手を振っている。
 稀にアリスを覗き過ぎて転びそうな人が居るのが、アリスの可愛らしさを現していた。
「一枚撮りました」
 転びそうになった人に驚く2人の顔をヨン・ナイフィード(よん・ないふぃーど)がパシャリとカメラに収める。

 「あれ、今日はコンサートがあるみたいデスヨ」
 明かりの入っていない街灯に掛けられている看板をアリスが見つけた。
「時間はどう?」
「ちょっとお待ちを」
 ヨンが街灯に近づき、看板を覗き込む。
 深緑の大きな瞳が公演時間を探して、キョロキョロと動く。
「早朝コンサートのようです。もう始まってますね……」
「うそ!場所は?」
「地図があります。直ぐ近くの小さいホールの様ですね」
「本当デス?」
「はい。間違いありません」
 コクリとヨンの小さな頭が頷く。
「よし、急ごう」
 アキラはヨンの小さな手を取ると走り出した。
「あ……」
 走りながらヨンはアキラの顔を見上げる。
「……」
 アキラの顔は楽しそうで、不意にヨンも笑顔になっていた。
「ふふっ」
 店の小さなショーウィンドウには、小さく笑うヨンの顔が映っていた。
(ああ、今の笑顔を撮れたら良いのに……)
 背後に流れていく自分の顔を勿体無く思い、ヨンはまた笑う。