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●真っ直ぐに

 歩夢ならびにアゾートと入れ替わるようにして、リア・レオニス(りあ・れおにす)が姿を見せた。
「あれがノダテ……? なるほど、つまりはオープンカフェのティーパーティーのようなものだな」
 リアは連れを振り返った。麦の穂のような金色の髪が揺れた。
「予想していたのと違いますか?」
 恭しく返答するはリアのパートナー、レムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)である。
「違うところもあり、当たっていたところもあり……かな。さて、席も空いているようだし、桜井校長の場に参加させてもらうとしようか。よろしいか?」
 リアはいくらか形式的な口調で問いかけた。
 その人は、鵲(かささぎ)の翼のような仮面で目を隠していた。胸に薔薇、腰にサーベル、そのいでたちは他でもない、就任したばかりの薔薇の学舎校長ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)を示すものである。
「僕に異存はないよ。野点には、ずっと以前に一度参加したきりだから楽しみだね」
 悠然とルドルフは返答した。
「こちらへおいでくださいな」
 ラズィーヤが差し招くその手を見つつ、レムテネルはそっと、リアにだけ聞こえる声で告げた。
「さあ、ルドルフ校長をエスコートしなくてはね。粗相のないように。リア、貴方は公式の行事に参加する立場になったのですよ」
「そんな言い方をされると緊張する」
 ふふ、とレムテネルは口を笑みの形に結んだ。
「少々緊張しているくらいのほうがいいのです。今日のリアはルドルフ校長の護衛であり秘書、ゆめ、公的な立場であることをお忘れなく」
 わかってる、と一言告げて、
(「俺は今までもこれからも薔薇学の一員だ……恥じることのないようにしなくてはな」)
 己に言いきかせ、リアは靴を脱ぎ、毛氈に上がった。
「俺はリア・レオニス、いわゆる庶民の出なので儀礼的なものに粗相があっても許してほしい。もちろん野点は初体験だ」
 出身を明かすのはある意味賭だったが、静香もラズィーヤもそういったことを問題にする人種ではない。
「外部の皆様をもてなすことに関してはわたくしたちも不慣れ、こちらこそ、不慣れがありましたらご寛恕くださいましね」
「うん、気楽にやろうよ☆」
 ラズィーヤが三人を座につけた。ケープを畳むとルドルフは迷わず正座したので、リアもそれに倣うことにする。レムテネルもやはり正座だ。
 茶が巡り、菓子が出された。
 どこからか野鳥のさえずりが聞こえた。あとは茶釜が沸く音くらいしかしない。五人はその静けさを埋めるように、他愛もない言葉をかわし談笑する。エネルギー開発局の話や今後の予定なども軽くルドルフは話したが、あまり深いことまでは語らなかった。政治向きの話をする場所でもないし、長閑なこの光景には似合わないだろう。
 リアも徐々にくつろいできて、皿に乗って出た菓子を眺めた。半円型に切ったういろうを、うっすら半ばまで黄色で染め、鳥の形の焼き印を施したものだ。渡り鳥『雁』をイメージした上品な一品である。そこにもう一点、紅葉を模した焼き菓子も添えられている。
「和菓子の細工は細かいし季節が感じられる。食べるのが勿体ないな」
 と述べた後、リアはあらためまって静香に申し出た。
「無礼を承知で頼みたい。この菓子、いくつか土産に出来ないか?」
「気に入ったの? 数は十分にあるから後で包むよ。誰かに持っていってあげるのかな?」
「この可愛い菓子をあげたい女性がいてな……」つい、口が滑ったかリアは言ってしまった。「アイシャに持って帰ろうかと思って……ほら俺ロイヤルガードだし」
「意味不明な理由ですね」思わずレムは苦笑してしまった。
「紳士だね。その心遣いは、美しい」
 ルドルフも口添えた。ルドルフには、リアが口にした女性の名をあえて問いなおさないだけの配慮ができた。
 されどもレムは懸念しないでもない。(「国家神に恋するのはタブー……茨の道ですよ。リア」)しかしレムは嬉しくも思うのだ。変な下心があるわけではなく、リアがただ、『アイシャの喜ぶ顔が見たい』というだけの真っ直ぐな理由で申し出たことを知っているから。応援したくもなる。
 やがて、ルドルフがリアに視線を向けた。
「どうかしたかい?」
「いや……別に……」
 と言いながらリアは、額にうっすら汗をかいている。話に夢中になったせいで、姿勢をまったく崩さなかったことが災いしたか。
 率直に言って、足が痺れた。
 とりわけ膝は、ピンポン球を落としただけでも飛び上がりそうなほどの状態だ。
「リア」ふふふ、とレムはなんだか嬉しそうに告げた。「正座にはコツがあるんですよ」
「……知ってるなら、先に教えててほしかった」
 このやりとりを耳にして、
「失敬」
 と言いながら、ルドルフは咽せてしまった。
 これもまた、和の世界の醍醐味。一つ学んだ今日のリアである。