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嘆きの石

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嘆きの石

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「カールハインツから連絡が来たよ!」
 アゾートの言葉に同行者達は一様にニの句を待った。
「……霊が……いる?」
「え、れ、霊っ?」
 パートナーである白瀬 みこ(しらせ・みこ)を纏った白瀬 歩夢(しらせ・あゆむ)は驚いた。
 村人でも魔物でも、はたまたフィリナの幻影やらなんやらでもなく――霊。
「ふむ。たかだか霊1つで情報を送るとは考えづらい。唯斗、おぬしはどう考える?」
 エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)紫月 唯斗(しづき・ゆいと)に考えを求めた。
 既に――考えなどアゾートの霊と発せられた瞬間に浮かんだ人物で――決まっている。
「石の封印が解け、そこから瘴気と共にフィリナの怨念の塊と化した霊か、もしくは善良だったフィリナの正霊が弾き出された――と考えるのが妥当か」
「じゃあ、霊はフィリナさんだね!」
 ――石の他にも探し物ができたね。あたしも殺気看破で霊を探ってみるよ。悪い方の霊なら、きっと襲いかかろうとするよね。
 とは、歩夢とみこの言葉。
「救いの芽は息吹いたな。行こう、エクス。フィリナに小さな救いをあげる為に」
「よかろう。わらわと唯斗が前を行く。おぬしらはアゾートを守ってくれればよい。では、参ろう」
「わ、わかったよ!」
 殺気看破はみこがしてくれるとしても、霊が通常でも見える部類ならいいのだが――そう思う唯斗は自分の力をコントロールしながら、常に見鬼で探れるよう努めた。
「……い……行くよ、アゾートちゃんッ!」
 ――くすくす、それでいいんじゃない、歩夢っ!
 歩夢はアゾートの手を取り、先行する唯斗達に遅れないように足を急かした。
 後に歩夢だけが小さな小さな後悔をするのだった。
 百聞は一見に如かず――。



「いや〜、マジ凄い瘴気っスね! キョンシーな自分もキツイっスよ、これは!」
 鮑 春華(ほう・しゅんか)が軽快に飛び跳ねながら、嬉々として言った。
「だなぁ……瘴気対策できたとはいえ、ククッ、こりゃあ、しんどいかもな」
 リングとイヤリングに気を遣いきた大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)でさえ、まるで心臓を鷲掴みしてくる高揚感に喉奥から笑いが込み上げてきていた。
「でもでも、逆に凄くないっスか? こんだけの瘴気放てるんだったら『喪門神』様並みっスよ〜! チュインもそう思うわないッスか?」
「どうした、ハツネ。気持ち良すぎてあてられたか?」
 順調に歩いてきた斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)は突然立ち止り、耳を澄ませた。
「クスクス……」
「あ、これ、やられちゃったパターンっスか?」
「違う、聞こえるよ。お姉ちゃんの綺麗な歌声が……クスクス、聞こえる」
「近いのか、ハツネ」
「こっちだよ……。呼んでる、呼んでるよ……クスクス……」



「いたッ!」
 大樹の合間を凝らした見た唯斗が叫んだ。
 それに霊も気付いたようで――離れるように浮遊していくが、速度は遅い。
「待ってくれ、フィリナ――ッ! キミを助けに来たッ」
 その名を呼んだ瞬間に、止まった。
 足や手のない浮遊する灯火のような霊が、止まった。
 遅れて歩夢達も霊の元へ駆け寄った。
 今ここで、フィリナの霊に語りかけることで、全てが解放されるやもしれないと思うと、荒い呼吸も気にせず、言葉を紡がなければならないという思いが、歩夢の口を動かした。
「フィリナさん、聞いてくださいッ!」
 大きく一度だけ深呼吸して、説得をした。
「あのっ……! 私も今……好きな人がいるんだよ。その人の事を自分で殺めてしまったらって思うと……私は貴女の絶望した気持ち分かる。なんて思うのはもしかしたら生きる者のエゴで失礼かもだけど、でもッ! 思い出して……ラティオさんはこんな事を望む人だったのかな?」
 唯斗もエクスもアゾートも、黙ってその声に耳を傾けた。
「自分が死んでしまっても、他の人々や貴女にも幸せに生きて欲しいッ! そう思うような優しい人じゃなかったのかな? 貴方もそんな彼だから……好きになった。そうでしょう!? 彼の気持ちを尊重し愛するなら、もう止めるのが正しいって分かる筈だよ……ね?」
 ドゴォッ――!
 それは遠くから響く――例えば、爆弾で爆破したような――音。
 その瞬間、霊が鎖のようなもので縛りつけられている姿が見鬼の唯斗には見えた。
「唯斗、これは……」
「フ――ッ!」
 悪霊退散で禍々しい鎖を引き千切った。
 霊に更に光が宿ったような気配を感じると、

 ――ああ……ッ! ようやく吸血鬼から受けた呪縛が……ッ!

 霊が念で皆の頭に声を響かせた。
「よかった、フィリナ。ラティオが首を長くして待ってるだろうからさ。早く行ってやんなよ。そんで、次こそ末永くお幸せに、な」
「うむ、汝はもうこの先へと進むのだ。男を待たせるのは佳い女の特権だが、待たせ過ぎはいかんよ」

 ――……申し訳ない。貴方方に伝えることができず……。我が名はラティオ。

「………………」
 ――あ、歩夢ッ、元気出して、ねッ!
 一同呆気にとられているのだが、その中でも特別な思いを抱く歩夢だけ、固まって後悔をした。



 銃型HCのディスプレイを消し、榊 朝斗(さかき・あさと)は腰かけていた大樹から立ちあがった。
「……ルシェン……」
 まだ瘴気にやられた契約者の情報は回らず、朝斗はホッとしたと同時に苦しくなった胸元を握りしめた。
 パートナーであるルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が行方不明になって数日――。
 最後の目撃情報がここ――嘆きの石がある神殿ということに、妙な胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。
 ――僕はここだ。
 ――僕はここだから、ルシェン。
「どうか、無事で……。ただもう……それだけで……」
 さく……さく……――。
 それは命尽き、使命を果たした木の葉を踏む音。
「クスクス……お姉ちゃんはあのお人形を壊したいの……?」
 それが1つ、2つ、3つ、そして――。
「ルシェンッ!」
 朝斗のパートナーであるルシェンは、ハツネ達と行動を共にしていた。
「フゥ――ッ」
 まるで獣のようなルシェンの息に朝斗はゾッとした。
 そして、ハツネ達をキッと睨みつけ叫んだ。
「ルシェンに何をしたァッ!?」
「今はそんな名前じゃないよ? お姉ちゃんの名前は、フィ・リ・ナ……クスクス」
「憑かれた!?」
 朝斗はルシェン――その心を操るフィリナに向かって言った。
「フィリナさんは……そうやって罪もない人を苦しませてまで、まだこの世に縛りついていたいのッ!? 僕が、キミを浄化させてあげるよ」
 ハァと溜息をつき、鍬次郎が刀の切っ先を朝斗に向けて言い放った。
「瘴気に当てられた村人共は先祖の業。ラティオを裏切り、フィリナを悲しませた罪ッ。つまり、因果応報だろ? そんな奴等の為に被害者な加害者を見捨てるのか? ハッ、とんだ偽善だな、ブッ殺したくなる」
「兄貴の言う通りっス。でも、なんつーか、自分としては別に何人死のう、憑かれ様がどうでもいいじゃないっスか。どーせ、死は平等なんスから」
 春華はそういい、短刀の腹でルシェンの首筋をペチペチと叩いて見せた。
「――ッ!」
「クスクス……お人形さん達が壊し合いしたくらいでお姉ちゃんを責めちゃダメだよ。弱い者苛めはサイテーだよ、お人形さん。お人形さんのお人形さんは、これからいーっぱい、壊しに行くんだから」
「私ノ大切ナ人ヲ……奪ッタ者ガ……憎イッ! 許サナイ……絶対ニ、オ前モ……同ジ哀シミヲォッ!」
(ルシェン……きみは、最初に出会った時と今も……同じままなんだね……)
「今僕が、助けるよッ!」
 朝斗が駆けた。
 それに対抗して、ルシェンが毒虫の群れで動きを止めようと試みるが、真空波で一気に払われた。
 マズイ――!
 と春華は感じた。
 殺気と狂気が入り混じったような闇にあてられ、ハツネの前に出て、防御を固めた。
 が、守りに入った者は狙わない。
 朝斗に見えるのは――ルシェンのみ。
 駆け続ける。
 駆け続けた。
「釣れねェな」
 鍬次郎はまるで眼中にされない朝斗の前に出た。
 二刀による疾風突きと炎熱攻撃をシールドと剣でそれぞれ防ぎ、一気に鍬次郎を抜きにかかるが、
「クスクス……」
 ザシュッ――!
 ハツネのブラインドナイブスからのダガーが朝斗の太股を斬り、それでバランスを崩した朝斗は無様なほど前に倒れ転がり、それでも起き上がって飛びつき、最後は跪きながら、ルシェンの身体に抱きついた。
「お願い、だ。ルシェンを、僕の大切な人を……これ以上苦しめないでっ!」
 心と身体の痛みに涙する朝斗の叫びに、ルシェンは崩れ落ち、その身体からハツネ達が最初に目撃したフィリナの霊が剥がれ浮いた。
「クスクス、ツマラナイなぁ、お姉ちゃん……そんな最後は……」
 ハツネは霊にぶっきらぼうに奈落彼岸花を放り投げた。
「ハ――ッ!」
 そして鍬次郎は花と霊を共に一太刀で斬り、介錯と手向けとし、3人は神殿を後にした。
 ――想いの力ってやつっスね!
 ――阿呆が。
 ――クスクス……。
 安らかなルシェンを抱きしめながら、朝斗はそんな声を聞いていた。



 ――魔術師達の結界で我は石の近くどころか、その場所へさえ辿り着くことができない。

「心配するな、ラティオ。俺達がフィリナの元へ連れて行ってやる……と言っても……」
 ラティオから事の顛末を聞き、ようやく全てを理解した唯斗は、前を見据えて言った。
「契約者がわんさか来たんだ。もう既に誰かは石に辿り着き、説得でも始めているかもしれないな」

 ――おお、なんと心強い。しかし、フィリナの解放は……我の役目。

「その通り。さあ、行こう」

 残されるは――石の解放、ただそれのみ。