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首狩りの魔物

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首狩りの魔物

リアクション

 
 鏡池 

 鏡池のほとりは意外なほど静まり返っていた。
 凶悪化した地祇の姿もなく、恐ろしい魔物の姿も見当たらない。
 その、鏡のような池の水面を小さな舟が滑るように走って行く。
 舟の上にはレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)ミア・マハ(みあ・まは)が真桜とともに乗っていた。
「水は冷たいし、敵がうようよしている中にいきなりは飛び込めないよね」
 水の中に目をこらしながらレキが言う。
「でも、首も体を求めているかもしれない。強力な力を感じられればトレジャーセンスでなくとも気付くかもしれない。それで、もし見つけたら水の中に飛び込んで首を取りに行くよ」
 すると、ミアが言った。
「わらわは肉体労働は好かぬ。遠くから援護はするが、水の中に入ったりするのは御免じゃ」
「いいよ。行く時はボク一人で行くから。それより、真桜さんは隠し場所の心当たりある? 知ってる事があったら教えてね」
「ううん……首の事は何も。でも、池の中には神聖な岩があってその中に大事な鏡が収められてるって話は聞いた事があるわ」
「鏡か……生首とは関係なさそうじゃのう」
「地道に探すしかないね」
 レキは、そう言うと目を凝らして水の中の首の在処を探した。
 その鼻先を人面魚が通り過ぎて行く。若い男の顔をした魚だ。その後を年寄りや、子供や、様々な顔の人面魚が通り過ぎて行く。
「うわ……人面魚は不気味だね。齧られちゃったら、この魚の顔はボクになっちゃうのかな?」
「じゃろうな」
「……想像するんじゃなかった。うわ〜ん」
 レキの嘆きをよそに、次々と人面魚が近づいて来る。
「おかしいな」
 真桜が首をかしげた。
「こんなに、人面魚が群れをなしてくるなんて」
 確かに、異様だ。
 いや、異様どころの騒ぎでは無い。気がつけば舟の周りは無数の人面魚でびっしりと埋め尽くされている。そして、レキ達をじっと見つめている。
「なんなのじゃ? これは」
 ミアが青ざめた顔で言う。
「もしかして、ボクたちを食べる気……?」
「きっと、そうだわ」
 真桜が叫んだ。
 静かだと思っていた鏡池。しかし、やはり魔はいたのだ。
 人面魚達は牙を剥いて襲いかかって来た。飛沫をあげ、飛び魚のように思い切りジャンプをして……!
「うわ?ん! いやだよー」
 レキは飛びかかって来る人面魚に『エイミング』で狙いを定めると、『サイドワインダー』で次々と撃ち落として行った。背後から迫る人面魚は『殺気看破』で察知しカウンターで拳を振るってたたき落として行く。
 ……鏡池って綺麗そうな名前だからなるべく血を流さないように対処したいと思う。
 と、レキは思う。
 ……呪いとか首とか嫌な感じしかしないし。血で妙なものが出てきたりしないように注意しなくちゃ。べ、別にお化けなんて怖くないけどさ! 

 一方ミアは襲い来る人面魚たちに向かい『ブリザード』を展開させた。魚たちは次々に凍って池の中に落ちて行く。さらに、池の水を凍らせ舟の周りの人面魚達も一気に凍らせて行く。
 池の中に潜っている契約者たちもいるようだが、多少巻き込んでも契約者なら何とかなるするだろうと、ミアは思った。現にその通りだった。ただ一人をのぞいては……
「こらーー! 俺の事を忘れるなーーー!」
 遠くでハヤテが怒っている。彼も池に潜って探索していたのだ。ちなみに彼は契約者ではない。
「ハヤテ?……ああ、そういえば居たような」
 ミアはさらりと流すと、しつこく襲いかかって来る人面魚達に『奈落の鉄鎖』で重力を変え、水の中に沈めたり浮力をつけてバランスを崩させたりした。



「いよいよ、お出ましみたいね」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は池の真ん中で戦っているレキたちの姿を見て言った。彼女はパートナー達とともに、池のほとりで魔物が出てくるのを警戒しているところだ。
 彼らがここにいるのはこんなわけだ。
 実は、数日前、無想の話を聞いた時、奈落人木曾 義仲(きそ・よしなか)は憤慨して言った。
「強くありたいと思うも、その強さを試したいと思うも至極当然のこと。だからこそ己が強さに自信のある者ならば、それに挑む者を悠然と待ち受けるべきというのが持論。手当たり次第に襲い掛かるなどただの狂気、成敗してくれる!」
 しかし、いきこんだものの、無想が首なしと聞いて意気消沈。それに比べればまだ河童のほうがかわいいものと池にいくことに。もちろん池でも首とご対面なんてしたくないということで邪魔をしてくる連中と戦うことになったのだ。
 義仲に憑依された中原 鞆絵(なかはら・ともえ)は、勇ましいことを言って来たにも関わらずあっさり進路変更する義仲様にがっかりしたような、ほっとしたような複雑な気分でいる。そして、池の中で続いている戦いを見つめて頭の中で義仲に尋ねた。
『義仲様、彼らを助けに行った方がいいのではないでしょうか?』
『そうだな』
 義仲は答える。
『どこかに舟がないか探して、助けに行くか』
『はい』
 そうして、歩き出そうとした鞆絵の足を何者かがつかんだ。
 その気色の悪い感触に鞆絵(義仲?)は「ヒッ」と声を上げる。見ると、池の中から河童が顔を出していた。そして、鞆絵に向かって言た。
「尻子玉、よこせ」
「なんだ、お主は」
 鞆絵に憑依した義仲が叫んだ。
 姿が女と思って侮ったのか、河童はのこのこ岸に上がってくる。
「尻子玉よこせ」
 そして、緑色の手をにゅっと伸ばして鞆絵の尻に触ろうとした。
「! 何をするんじゃ! エロガッパがーーー!」
 怒り狂った義仲は薙刀を構えてチェインマストを繰り出す。
「うわあ!」
 河童は涙を流してひっくり返った。

「どうしたの?」
 リカインが駆けつけて来た。そして、河童と対峙している義仲を見て「まあ大変」と叫んで助太刀に入った。と言ってもリカイン自身は相変わらずなので『震える魂』や『激励』でバックアップが基本である。それでも、義仲は随分励まされてあっという間に河童を倒す事ができた。

「どうするか? こやつ」
 義仲は縛り付けた河童を皆の前に引き出して相談した。
「そうだな」
 アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)が言った。
「俺にまかせろ」
 実は、彼は「生首と聞いたら裸SKULL誕生に一枚噛んだ身として放っておけるわけがない!」ということで、彼はこの探索に参加していた。ちなみに、裸SKULLというのはリカインの超感覚がアライグマなのと某有名キャラのもじりから生まれたネタである。タヌキとなってるのはこのことでトラウマまで感じてるリカインが言い張っているからである。……アライグマ、サイズは小さくても熊の名にたがわず相当凶暴らしい。

 アストライトは河童を少し離れたところまで連れて行くと、さっそくある事ない事吹き込んだ。
「おい、河童。よく聞け。あの女(リカインを指差し)はああ見えても実は人を襲っては首をもぎ取り、骨になるまできれいに洗ってしまう化け物なんだ」
「まっさかあ」
 河童は一笑に付す。
「あんなか弱そうな女の人が、そんなに怖いわけないキューリ」
「そう見えないのは、人に近付くために演技を身につけているのと、今はこれにその本性を封じられているからだ」
 そう言って、アストライトは『ジェヴォーダンのラクーン』を河童に見せた。それは恐ろしげながらどこかユーモラスな、戯画化された魔獣のマスク。である(実はその正体はアライグマらしい)。そのマスクを見て河童は恐れを抱いたようだ。
「そ……そんな恐ろしい物に本性を封じられているのかキューリ」
「そうだ。あいつの名は『裸SKULL』俺に何かあったらすぐにでも奪いにきて暴れだすだろう」
 アストライトの『裸SKULL』はいよいよ盛り上がって来た。そこに、リカインが乱入してくる。そして、アストライトの首根っこをつかんで言った。
「裸SKULLなんていなくても人面魚がきれいに骨だけにしてくれそうなので、首根っこ捕まえて池に頭を突っ込ませておきます」
「うわあ! 勘弁してくれ!」
 アストライトが悲鳴を上げた。
 河童も涙目で叫ぶ。
「お静まり下さい裸SKULL様!」
 その言葉に、リカインの動きが止まった。そして、満面の笑みで河童を見つめると、
「頭蓋骨粉砕するわよ?」
 と言った。
 その言葉に、河童は完全にビビりまくる。
「お許し下さい裸SKULL様ー!」
 それから、数分後、割れかけた皿を抑えながら河童はアストライトに言った。
「本当に恐ろしい方だったんだキューリ」
「そうだとも」
「どうしたら、お怒りをしずめてくれるキューリ?」
「そうだな、ここの池に沈んでいるという、化け物の首を渡しときゃとりあえず満足して帰るじゃねぇか?」
「首? ああ、あのバケモノの首かキューリ?」
「知ってるのか?」
「知っているキューリ。分かった案内するキューリ」
 その頃、リカインは池に泳ぐ人面魚を見ながら考えていた。
……実は夢想顔(知らないから見ても分からないだろうけど)の人面魚がいたりして。そうでなくとも長い時間経っているんだとすればすでに生首じゃなくて骨になっていてもおかしくないような……


「本当に信用できるの?」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、怪しげに河童を見た。
「うまい事言って騙して、あたしたちを危険な目に合わせる気じゃないの?」

「その点は大丈夫さ」
 アストライトが言った。
「そんな事をしたら、裸SKULL様のお怒りが……な、分かってるだろ?」
 アストライトはリカインに聞こえないように言う。
「分かってるキューリ。ボクがいれば安全だキューリ。それに、今は地祇様も眠っているみたいから、行くなら今がチャンスだキューリ」
「信用するしかなさそうね」
 セレンのパートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が言った。

「まったく。もうすぐ冬だってのに、水中で生首探しだなんて……季節外れの肝試し大会だわ」
 セレンはぼやきながら教導団から借りたダイヴィング用具一式を装備した。その下の素肌には教導団公式水着をつけ、さらに水中銃を用意する。
「じゃあ、案内するキューリ」
 河童は池に潜って行く。
「あ、待って」
 セレンは言うと[女王の加護]で身を固めた。フロッグマン(水中戦闘員)としての訓練は受けているものの、過信は禁物だ。準備を整えると慎重に水中へと潜って行く。
 その後をセレアナ・ミアキスが追いかけて行った。彼女も[女王の加護][オートガード]で守りを充分に固めて周囲を警戒しつつ、慎重に池の中の捜索にあたる。
 幸い水の中は静かだった。河童のいるおかげのようだ。セレン達は河童を追いかけて水底へとどんどん潜っていった。
 封印した高僧にしてみれば、池に鎮めるにしても簡単に浮かび上がる様では話にならないし、出来るだけ池の底でも人の近付かない所に封印したいだろうから、「池の中でも特に水深が深く、かつ水流が急で、人はもちろん地祇や妖怪でもできれば近づきたくないような場所」にあるはずだとセレンは予測していた。予測通り複雑に入り組んだ池の底を進んでいく。そしてやがて池の中央とおぼしき辺り転がる大岩に案内された。
 河童は岩を指差して
「あの、大きな岩の下に空いてる穴の中にあるはずだよ。水草が茂っててすっごく分かりにくいんだけど、探してみてキューリ」
 と言った。
 セレンは河童に言われたとおり岩に近づくと、その周りを慎重に捜索した。その側でセレアナも捜索している。セレンはは基本的に「大雑把でいい加減で気分屋」だが、後者二つはさすがに封印しているものの、大雑把なのは変わらないので、セレンが見落としそうな細かいところはしっかりと観察し、フォローアップするつもりでいる。
 しばらくの探索の後、セレアナは水草の茂った辺りに大きな穴が開いているのを見つけた。そして、セレンと河童を手招きした。
 河童が覗き込んで言う。
 
「ああ、そうそう。そこだよ。よく見つけたなキューリ。」

 そして、3人は河童とともに穴の中に入って行った。穴の中には小さなお社があった。その前に鏡が置いてある。しかし、生首はどこにも見当たらない。

「おかしいな」
 河童は言った。
「ここだったと思うんだけどな」


 固唾をのんで見守る一同の前にセレンとセレアナが浮かび上がって来る。

「どうだった?」
 尋ねるハヤテにセレンは首を振り、手で大きくペケを作った。
 そこに河童が浮かび上がって来て叫ぶ。
「おかしいんだキューリ。絶対にあそこにあったんだキューリ。誰かが持って行ったんだキューリ」
「もういいわよ」
 セレンが首を振る。
「まったく、この寒い中、水中で肝試し大会をする羽目になるなんてね……さっさと熱い風呂に入りたいわ」
「あら、年中あんな格好(BU参照)をしてるセレンが言っても全然説得力ないわよ」
「セレアナだって人のこと言える?」
「私は水着じゃなくレオタードよ」
「そういう問題じゃないでしょ!?」
「ボクを信用してキューリ。絶対にあの辺りにあるはずなんだキューリ。もう一度、探しに行くキューリ!」

「どうする?」
 セレアナがセレンを見る。
「仕方ないわね。もう一度だけよ」
 そう言うと、再び三人は池の底へと潜って行った。



 そして、再び先ほどの岩にたどり着く。そこには、やっぱり鏡しか見当たらない。セレンは首を振って鏡を手に取った。これ一枚じゃね……と、ゼスチャーで伝えようとしたのだ。しかし、鏡に映っている物を見てその動きを止める。

『これは……』
 そして、じっと鏡を見つめ続けた。
『どうしたの?』
 セレアナが近づいて来る。そして、鏡を覗き込んで同じようにショックを受けた。
『これは……』

 その時だ。
 突然、二人の周りの水が大きく揺らぎはじめた。何か大きな力に引っ張られそこにいる事ができなくなる。
 セレンは鏡を抱いたまま辺りを見回した。水底の草がうねっている。魚達が同じ方向に流されている。

『渦……!』

 そう、二人の周り大きな渦が巻いていた。

「水竜だ!」
 河童が叫んだ。
「地祇様が目覚めたんだ。水竜と雷音を連れてやって来たんだ!」