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わたしの中の秘密の鍵

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【三 インタビュー・ウィズ・マドモアゼル】

 ケルンツェル屋敷では、ラーミラの身体能力測定が終わり、今度は彼女に対する聞き取り調査が開始されていた。
 蒼空学園女子生徒用の体育着から本来のドレス姿に戻ったことで、幾分ほっとした表情を見せていたラーミラだったが、逆に周囲の男共はというと、残念そうな表情をあからさまに浮かべていた為、一部の女子から顰蹙を買っていたことを付記しなければならない。
 それはともかく、再びあの広い応接間に戻ってきた一同は、ラーミラを中心に据えた車座のような形で、インタビュアーたるコントラクター達がラーミラの周囲に椅子を円状に並べ、それぞれが聞きたい内容を順に問いかけてゆくという形式を取った。
 口火を切ったのは、森田 美奈子(もりた・みなこ)であった。
「あ、あのっ、ラーミラ様はとっても綺麗で可愛いのに、どうして結婚なんていう人生の墓場に足を突っ込もうって気になったんですか!? もっと人生をエンジョイしても良いんじゃないでしょうか!? 若い時なんて人生のうちじゃあ、ほんの短い期間……」
 しかし美奈子の口上は、最後まで続かなかった。
 隣に座っていたアイリーン・ガリソン(あいりーん・がりそん)がするすると両腕を伸ばし、美奈子の細い首をチョークスリーパーで固めたかと思うと、ものの数秒で落としてしまったのである。
 一方のラーミラは、ただただ驚いた様子で呆然とするばかりであった。
「大変、失礼致しました。改めまして、我が主、コルネリア・バンデグリフトより質問をさせて頂きます」
 アイリーンが気絶した美奈子を車座の外に放り出しながら、詫びの意を示して深々と頭を下げる。代わって声を発したのは、アイリーンの主たるコルネリア・バンデグリフト(こるねりあ・ばんでぐりふと)であった。
「お見苦しいところをお見せしてしまい、恐縮に存じます。僭越ながら、私コルネリア・バンデグリフトが質問を続けさせて頂きます」
 コルネリアの登場で、ようやく場が落ち着いた雰囲気となった。
 実際のところはコルネリアのみならず、アイリーンも幾つかの疑問を抱いてはいたのだが、一介のメイドが上流貴族の令嬢に対して、直接的に質問を投げかけるという行為は極めて無礼な働きに当たる為、アイリーンの分も含めて、コルネリアがラーミラに諸々の質問をぶつける、という形になった。
 まず基本的に、コルネリアはラーミラがコントラクター化したのではなく、別の要因でそれらしい力を発揮しているに過ぎない、という考えを述べた。
「勿論、これは私の主観によるものですから、間違っている可能性もあります。ただ、何と申しましょうか……コントラクターであれば、パートナーの存在を強く感じるものなのですが、ラーミラ様に置かれましては、そのような感覚は無い、ということで間違いございませんわね?」
 コルネリアの念押しに、ラーミラは幾分戸惑いがちではあったが、それでも最終的には迷うこと無く、深々と頷いてみせた。
 既に他からの質問に対して答えてはいるが、ラーミラのコントラクター化疑惑が発症する前後には、特に変わった事態は発生しておらず、怪しげな影が周辺に出没しているという自覚も無いという。
 いや、単に自覚が無いだけで、もしかすると何者かが周辺に潜んでいるかも知れないという可能性も考えられるのだが、今それをここで論じたところで詮無い話である為、この場での質問としては割愛された。
「偶々、何かを切欠にして、ラーミラ様本来の才能が開花した、という可能性もございますが……こればっかりは医学的な検証が必要になりますから、ここで論じるべきではありませんわね」
 コルネリアからの質疑は、ひとまず以上である。
 次に声を上げたのは、コルネリアの右隣に席を陣取っている御凪 真人(みなぎ・まこと)であった。
 実は、彼の聞きたい内容は大方、コルネリアが先に質問を済ませてしまっている為、ラーミラがコントラクターではないという意見に相当傾きつつあったのだが、しかしまだ全ての可能性を消し去った訳でもない。
 真人はコントラクターのパートナー間で結ばれる筈の精神的な繋がりの有無の他に、隔世遺伝のケースを持ち出して、フェンザード家の歴史上、地球人と何らかの交わりが無かったかを訊いた。
「過去に地球人の血がフェンザード家に迎え入れられた……なんてことはないでしょうか? もしそういうことがあれば、ラーミラさんの肉体が、地球人としての遺伝子を突然変異的に目覚めさせ、知らないうちにパラミタ上の種族と契約した、ということが可能性として残されます」
 ラーミラは、しかし、自信無さげではあったものの、フェンザード家が過去に地球人を一族に迎えたという話は聞いたことが無い、と答えるばかりである。仮にそういう事実があったとしても、ラーミラが知識として知っているかどうかも怪しい話ではあったが。
「そう……ですか。まぁでも、コントラクターであれば必ずパートナーと精神的な繋がりがある筈なのに、それが皆無だという時点で、矢張りラーミラさんの体はコントラクターに近しい能力を発現してはいるが、コントラクターではない、と考えるのが、自然かも知れませんね。しかし夢の中でも何でも良いから、契約した事実があれば可能性は一気に傾くのですが」
 真人が最後に放ったそのひとことに、ラーミラはふと、一瞬考え込む仕草を見せた。
「そういえば……すっかり忘れてましたけど、この謎の力が出始める前後から、妙な悪夢がしばらく続いたことがありました」
 この告白には、相当な威力があった。当然ながら、コルネリアにしろ真人にしろ、物凄い勢いで食いついてきたのはいうまでもない。

 ラーミラがいうところによれば、見たことも無い恐ろしげな魔物がラーミラを襲い、彼女の肉体を真っ二つにして、その断面から何かを取り出そうとしている、という凄惨な内容であった。
 最初は驚きはしたものの、単なる夢だとして然程気にも留めていなかったのだが、この夢が全く同じ内容で数日続き、その後、謎のコントラクター化疑惑と思しき現象が出始めた、というのである。
 これは、何かのヒントになるかも知れない――真人はラーミラの言葉を一字一句逃さぬよう、全て正確にメモを取り、何度も読み返していた。
「魔物……魔物、か」
 自身が記したメモに視線を落とし、何度かそう呟いている真人を、隣の席から五十嵐 理沙(いがらし・りさ)が上背を伸ばして覗き込み、更にそのもうひとつ隣から、正子が巨躯を覆いかぶらせるような格好で覗き込んできている。
 ふたりの陰が頭上から落とされ、真人はようやく我に返った。
「……何か、気になることでも?」
「あ、いやぁ、ちょっとね」
 慌てて浮かしかけていた腰を座椅子に戻し、理沙はばつの悪そうな笑顔で頭を掻いた。しかし正子は真人の反応などまるでお構い無しに、依然として彼のメモをじっと凝視している。
「理沙……確か、あゆみやザカコ、エースといった連中が、バンホーン調査団に協力して魔物調査に出向いている、という話ではなかったか?」
「へぇ、そうなんですか?」
 真人は頭上を仰ぎ見る格好で、思わず聞き返した。
 正子の強面に真上から覗き込まれると、これはこれで中々に迫力があるのだが、今はそんなことをいっている場合ではない。
 ラーミラが尚も眉間に皺を寄せて、悪夢の内容を詳しく思い出そうと努力しているのだが、それ以上のことは記憶に残っていないらしく、魔物の姿もろくに思い浮かばないという始末であった。
「まぁ……単に魔物ってぇだけで、ただの偶然かも知れないから、今はそんなに気にしなくて良いと思うんだけどね。それよりもラーミラさん、ちょっとぶしつけな質問して良いかな?」
 理沙が妙に改まった態度で真正面から見詰めてきたものだから、ラーミラも慌てて姿勢を但し、緊張した面持ちで小さく頷く。
 一瞬、どう切り出そうか迷った理沙だが、回りくどい表現では却って誤解を生むかも知れないと考え、ここはストレートに聞こうと腹を決めた。
「あのね……メルケラド家の婚約者って、どんなひとなのかな?」
 ラーミラが怪訝な表情で小首を傾げると、理沙は慌てて両掌を左右に振り、言葉を繋ぐ。
「あ、そのね、別に個人的なことを問い詰めようって訳じゃないんだけど……ほら、何ていうかなぁ、政略結婚みたいに、本人の意思を無視して無理矢理結婚させられたらさ、こう、精神的な抑圧とか出てくることもある訳でしょ?」
 理沙は必死に言葉を選びながら、ラーミラの気分を害さないよう心を砕いているのだが、聞いている内容が内容だけに、少々上っ面を飾っただけではどうにもならない。
 しかしラーミラは、決して嫌な顔ひとつ見せず、理沙の焦り気味の表情にじっと視線を据え続けている。
 もうこうなると、理沙も腹を括るしかなかった。
「だからさぁ、そのぅ……そういう無意識化で抑圧されてるものが、想像妊娠じゃなくて想像契約、みたいな感じで表出してる可能性もあるわけなのよ……ごめんね、本当はこういう話、女子同士だけで出来れば良かったんだけど、そうもいってらんないから」
 理沙がデリカシーの欠片も無く、無神経に問いただしているのではないということは、彼女が酷く焦り、気遣う台詞まで口にしたことからもよく分かる。
 ラーミラは、そんな理沙を安心させる為に敢えて微笑を湛え、小さくかぶりを振った。
「そういう気持ちは、今はありません……それは確かに最初のうちは、非常に戸惑いましたし、心の中に痞えるものもありました。でも、メルケラド家の皆様と接していると、わたしのそのような感情が如何に馬鹿げたものであるのかを悟りましたの。メルケラド家の皆様は本当に、良い方ばかりですわ」
「あ……そう。それじゃ、私から訊くことはもう、これ以上は無いかな」
 幾分肩透かしを食らったような気分ではあったが、しかしラーミラが逆に気を遣ってくれたことに、理沙は内心で胸を撫で下ろしていた。
 ここまで相手のことを気遣ってくれる娘を、不幸にする訳にはいかない――理沙の中で妙な使命感のようなものが、ふつふつと湧き上がりつつあった。

 最後の質問者は紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だったのだが、聞きたいことは他の面々があらかた質問し終えてしまっており、追加で聞いておきたいことも無く、結局挨拶と自己紹介だけで終わってしまった。
「さて……それではここで一旦、散会と致しましょう。ラーミラさんもお疲れでしょうし、夜までにはフェンザード邸にお送りしなければなりませんので」
 レティーシアの宣言で、インタビュー会合はここでお開きとなった。
 この後は、一部のコントラクター達がフェンザード邸に赴き、別の切り口から調査を続行することになっている。しかしこの場に居る全員が出向く訳ではなく、本当にごく一部のメンバーだけに限られており、生憎唯斗はそのメンバーには含まれていなかった。
(今回は、あまり出る幕が無かったようですな……)
 内心でそうぼやきながら、唯斗は応接間を出て、帰り支度を整える為に控え用の別室に向けて廊下を歩き出した。
 が、程無くして唯斗は、ある一室の前で足を止めた。
 半開きの扉の奥に、見覚えのある顔ぶれがテーブルを囲み、真剣な表情で何かの作業に没頭している姿を見たのである。
「おやこれは……何かお取り込み中で?」
 唯斗が入室してから扉を軽くノックしつつ声をかけると、それまで鬼のような形相を浮かべていたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が、あら、と表情を切り替えて小さく手を振った。
「あっちはもう終わったのかしら?」
「えぇまぁ……それより皆さん、何をしておいでで?」
 唯斗の問いかけに答えたのはリカインではなく、凝りに凝った肩をほぐしながら上体を反らす姿勢を見せたヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)であった。
「いや、実はですね……こちらで、昨今目撃情報が相次いでいる魔物に関する調査を進めておりましてね」
「ほう……ここで?」
 思わず唯斗が聞き返したのも、無理は無い。
 魔物調査といえば、現在バンホーン調査団がツァンダを中心に、各地を走り回りながら調査を進めている、という話をつい先程、理沙の口から聞いたばかりなのである。
 しかるにここに居る面々はというと、何故かケルンツェル屋敷の一室に篭もり、文書や絵図、或いは何かのコピーをテーブル一杯に広げて、卓上と睨めっこしているだけなのだ。
 唯斗が、魔物調査と告げられてピンと来ないのも、全く道理であった。
 それでもリカイン達は大真面目で、魔物調査をこの一室で進めているのであるが、彼女達の切り口はバンホーン調査団とは明らかに異なる為、寧ろここでなければ調査は出来ない、といっても良かった。
「俺達が見てるのは、バンホーン調査団からコピーで借り受けたものもあるが、メインは何といっても、ヴィーゴ・バスケスの遺品なんだぜ……っと、ツァンダ領内に居るのは、このデーモンワスプって奴だけかよ」
 アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)が何気ない調子で口にしたヴィーゴ・バスケスの名を聞いた瞬間、それまで幾分茫漠とした表情を浮かべていた唯斗の眼光が、一瞬にして鋭い色合いを見せるようになった。
 唯斗の反応にいち早く気づいたサンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)が、古文書を繰る手を止めて、僅かに肩を竦めながら、苦笑を浮かべる。
「そ、お察しの通りだよ……私達は、今回もオブジェクティブが一枚噛んでんじゃないかって思ってね。バスケスがカニンガム・リガンティとして連中と接触した経緯と、今回の一連の目撃情報が何か関係あるんじゃないかっていう観点で調査を進めてるのよ。でもまぁ、私の担当はオブジェクティブじゃなくて、純粋に魔物達の生態や何やらを調べることなんだけどね」
 サンドラの台詞のうち、最後の部分は唯斗の耳には届いていない。彼はとにかく、リカイン達がオブジェクティブの関与を疑っているという、その一点のみに強く興味を覚えるようになっていた。
「奇遇っていいますかね……実は俺も、ラーミラさんの問題に連中が関与してるんじゃないか、って疑ってる訳なんですよ。ま、そちらさんとは調査対象が全く異なるから、同じレベルで話は出来ませんがね……ただ、オブジェクティブが集めた脳波を、一般のシャンバラ人にもコピー出来たりしないかな? なんて疑いは、ちょっと怖いんですけどねぇ」
「ふぅん、そうなんだ……でも、こっちの調査は、あまりそっちの役には立てないかもね」
 リカインが残念そうに、腕を組んで唸った。
 カニンガム・リガンティとしてのバスケスの遺品の中には、ラーミラのコントラクター化疑惑に関わりそうな情報は残されていない様子である。
 だがその代わり、リカインとヴィゼントは、バスケスの遺した文献の中に妙な記述を幾つも発見していた。
「お嬢……この、フレームリオーダーってのは何ですかね?」
「バンホーン博士に貰った古代文献のコピーにも、この名前が出てくるよね。バスケスは最初、このフレームリオーダーってのを追いかけてたみたい。でもその追跡調査中にオブジェクティブのことを知るようになったみたいなんだけど……フレームリオーダーとオブジェクティブがどう繋がるのか、全然分かんないね」
 もうこの辺の話になってくると、唯斗にはさっぱり分からない。
 矢張り、オブジェクティブが絡んでいるかも知れないという発想は、単なる思い過ごしでしかなかったのか――唯斗は幾分肩を落として、リカイン達の陣取る室を出た。