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アニマルパニック!

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アニマルパニック!

リアクション


<part4 堅気じゃねぇアニマルズ>


 一方、ヴァイシャリーの街中を走るトラックの車内。
 悪徳動物ハンターのサンボポンチョは大興奮していた。
 左を見ても動物。右を見ても動物。ここは動物の天国だ。空には鳥が飛びまくりだし、羊やら牛やらが行進しているし、運河の岸辺ではアライグマがみかんを洗っている。
「うははは! 動物だらけだぜ! 今日一日踏ん張れば、しばらくは遊んで暮らせるな!」
「そうでがすね、兄貴! 俺はカントリーバーのルミネちゃんに会いに行きたいっす!」
「バーだろうとキャバレーだろうと行きたいだけ行け! さぁ気張るぞ!」
 トラックを停めて二人は車を降りた。
 マリィ・ファナ・ホームグロウ(まりぃ・ふぁなほーむぐろう)の変身した可愛いインコが、飛んできてサンボの肩に止まる。
「おぉ!? 獲物の方から来やがったぜ!?」
 驚くサンボ。
「オニーチャン カッコイー アソボアソボー」
 マリィはインコらしい棒読みで言った。
 サンボが捕まえようとすると、マリィはひょいっと避けてもう一方の肩に移動する。またサンボが手を伸ばすと、マリィは今度は頭に乗る。
「ふん、まぁ後でいいか」
 サンボは面倒くさくなって捕らえるのをやめた。今は一羽のインコごときにかかずらわっている場合ではない。街には動物が溢れているのだ。
「兄貴! あそこにアカギツネの親子がいますぜ!」
 ポンチョが指差した。
 大柄なアカギツネに変身した佐野 和輝(さの・かずき)と、アカギツネの仔に変身したアニス・パラス(あにす・ぱらす)だ。
 侵食型:陽炎蟲の影響で、和輝の脚には赤い幾何学模様の光が浮かび上がっている。
 アニスはアルビノのアカギツネに変身してしまったため周りの注目を浴び、怯えて和輝の陰で縮こまっていた。
「よし、取っ捕まえるぞ!」
「へい!」
 サンボとポンチョは駆け出した。サンボは先端に金属の輪が付いた捕獲棒を、ポンチョは柄の長い捕獲網を持っている。
 ――な、なに? なんであの人たち走ってくるの?
 アニスは精神感応で和輝に訊いた。和輝も精神感応で返す。
 ――よく分からないけど、俺たちを捕まえるつもりみたいだな。保健所の奴らかも。逃げるぞ!
 ――え、ええっ!? 保健所!? 薬殺されるの!?
 和輝は走り出すが、アニスはパニックに陥る。
 氷術が暴発。薄い氷の層がアニスの体を覆っていく。元から足がすくんでいるうえに、さらに動きが鈍くなる。すぐにサンボたちに追いつかれてしまった。
 ――かっ、和輝ぃ……。
 ――俺が時間を稼ぐ! アニスは安全な場所に逃げろ!
 和輝はサンボたちとアニスのあいだに立ちはだかった。
「おら! 観念しやがれ!」
 サンボが捕獲棒の輪で和輝の首を捕らえようとした。
 和輝はスウェーで捕獲棒を避ける。
「大人しくするでがす!」
 ポンチョが捕獲網で和輝を捕まえようとする。
 和輝は網をかいくぐり、サンボの足に噛みついた。
「いてててっ! てめぇ!」
 サンボの頭に血がのぼる。
 ――今のうちに! 早く!
 ――う、うん!
 アニスはおぼつかない足取りで逃げていく。
 それを見届けてから、和輝も走り出す。
「アニキ! アイツ生意気! 小ッチャイノハ後ニシテ、アイツヲボコボコニシマショーゼ!」
 マリィが煽り立てる。
「当たり前だぜ! 思い知らせてやる!」
 サンボとポンチョは和輝を追った。
 和輝はアニスからできる限りサンボたちを引き離す。そのあいだにアニスは橋の下に逃げ込んだ。
 近くの岸辺でみかんを洗濯中のアライグマが、ちらりとアニスを見た。が、すぐにまた洗濯に没頭する。
 アニスは精神感応で伝える。
 ――和輝、ありがとー。隠れたよ!
 ――良かった。
 和輝は安堵するが、サンボたちは和輝をロックオンして離れようとしない。
「待ちやがれー!」
「待つでがすー!」
 ――くそっ、しつこいな!
 和輝がどうやって撒いたものかと考えていると、リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)が走ってきた。カラスの姿に変身している。パートナーのマリィがハンターに捕まっているものだと誤解して追ってきたのだ。
 ――マリィ、今助けてあげますわ!
 リリィはそう思いながらサンボに体当たりする。
「うおっ、いきなりなんだ!?」
 面食らうサンボ。
 和輝はその機をとらえて姿をくらます。
「アニキー、コイツモ生意気ダー! ヤッチマエー!」
 マリィがはやす。
 ――マリィ!? どういうことなんですの!?
 リリィが混乱しているところに、ポンチョが捕獲網を被せる。
 リリィは暴れるが網から抜け出せない。
 ――ち、そろそろ潮時か。
 冗談じゃなくなってきたので、マリィはハンターたちと遊んでやるのをしまいにすることにした。ポンチョの顔に飛んでいってクチバシで目を突き刺す。
「うぎゃー!?」
 ポンチョの手が緩んだ。その隙にリリィが網から脱出する。
「じゃーな、オニイチャン! 楽しかったぜ!」
 マリィは笑いながら、リリィと一緒に飛び去っていった。


 ヴァイシャリーを縦横に行きめぐる運河。その岸辺で、さっきから一匹のアライグマが無心にみかんを洗っていた。
 じゃぶじゃぶ。
 じゃぶじゃぶじゃぶ。
 その姿は無防備で、いかにも捕まえてくださいと言わんばかり。
「ポンチョ、そーっとだぜ。そーっと、そーっと」
「へ、へい……」
 サンボとポンチョは足音を潜め、捕獲棒と捕獲網を構えてアライグマに忍び寄った。
 後少しで、二人の得物がアライグマに届こうとしたとき。
「……かかりましたね!」
 アライグマの目がきゅぴーんと光った。
 何を隠そう、このアライグマの正体は騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だったのだ。人畜無害な小動物を装い、ハンター共をこらしめてやろうという作戦なのである。
 詩穂はランドリーを使った。運河から水が吸い上げられ、帯となってサンボとポンチョに襲いかかる。たちまち水の渦に巻かれる二人。
「なんだこりゃああああ!?」
「怪奇現象ですぜ兄貴ぃ!?」
 逃げようにも、空中に持ち上げられてしまって手も足も出ない。
「いつもよりたくさん回しておりまーす♪」
 詩穂は回転数をアップした。その数値、一秒間に五千回転。虎でバターが作れる速度。
 薄汚れていたサンボたちはピカピカに磨き上げられ、ふらふらになってから解放される。
 二人はふらつきながら道を歩いた。
 すると、可愛らしいウサギがこっちを見ていた。実はこれも人間で、首狩り大好きな藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)だったりするのだけれど。
「よ、よし、あいつを捕まえるぜ」
「ガッテンです!」
 サンボとポンチョは優梨子に歩み寄った。
 優梨子は跳ねながら路地裏に入っていく。二人はその後をつける。
 ポンチョは自分の顔を親指で指して、隣を歩くサンボに話す。
「兄貴、見ていてくだせぇ。このぐらいの相手、俺がすぐに捕まえてみせ――」
「おい! ポンチョ!」
 サンボがポンチョの肩を掴んで止めた。
「なんでがすか急に。っておあー!?」
 ポンチョがちゃんと進行方向を見ると、そこにはちょうど首の位置に絆の糸が張り渡してあった。そのまま進んでいたら首が落ちていた。
「気をつけろよ、ポン……」
 言いかけたサンボの足が、地面から突き出ていた釘を踏む。
 悶絶しそうになりながら倒れるサンボ。地面にはガラス片まで撒いてあって、ざくざくとサンボの肌に刺さる。
「ぎゃあああああ!」
「兄貴ー!? ぎゃー!?」
 ポンチョはサンボに駆け寄ろうとして、地面に撒いてあった油に足を取られた。転倒してガラス片を喰らう。
 可愛いウサギは二人に背を向けて立ち止まっている。
「お、おかしいぜ。罠じゃねぇかこれ?」
「あ、兄貴、ここを離れましょう」
 二人は体を支え合って立ち上がった。
「気付いて……しまいました……ね」
 ぎ、ぎ、ぎ、と錆びた玩具のように首を回して、ウサギが振り返った。
 凍りつく二人。
 ウサギの顎には切れ味の鋭そうなナイフがくわえられている。
「仕方ありません。そろそろ死んでもらいます……!」
 ナイフをくわえたウサギが空中を飛んでくる。
 サンボとポンチョは死に物狂いで逃げ出した。


 陽光降り注ぐ、カフェテリアの屋根の上。
 二匹の猫が呑気に日なたぼっこしていた。
「いい天気だねぇ……」
 なんてあくびしている黒猫は、八神 誠一(やがみ・せいいち)
「だな……」
 そうつぶやく猫は、橘 恭司(たちばな・きょうじ)。こちらは左の前肢がないようだ。普段は義手をつけているのだが、変身したときに消えてしまったのである。
 二匹がくつろいでいると、騒々しい奴らがやって来た。サンボとポンチョだ。
 アライグマの詩穂やウサギの優梨子に酷い目に遭わされたのに懲りもせず、またアカギツネの和輝を追っかけ回している。
「なんだい、騒がしいねぇ」
 誠一は屋根の端から地上を見下ろした。
「業者ってガラじゃないな……。密猟者か?」
 恭司もサンボたちの様子を眺める。
「どうやら、彼らがいたらのんびりと昼寝もできそうにないようだねぇ」
「ああ。どっか消えてもらうか」
 二匹は屋根から身を躍らせた。
 恭司はポンチョの近くに降下しながら、ポンチョの耳を爪で引っ掻く。
「うがあああ!?」
 ポンチョの耳から血が噴き出た。
 恭司はすぐに距離を置く。
 誠一はサンボの前方に飛び降りた。背を向けてうずくまり、ゆっくりと尻尾を振る。飽くまで警戒心をおくびにも出さず、楽な獲物を装う。
「お、猫か。こいつも持っていくか」
 サンボは誠一に近づき、首根っこを掴もうと屈んだ。
 誠一は素早く振り返り、サンボの顔をめちゃくちゃに引っ掻きまくる。
「いってぇええ!?」
 サンボは顔を押さえて逃げ出した。
「待ってくださいよー、兄貴ぃー!」
 ポンチョもそれに続く。
「ふー、あー疲れた」
「一休みしようかねぇ」
 恭司と誠一は屋根に戻り、お昼寝タイムを再開した。


 時計台近くの道端。
 奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)はアカギツネに、西村 鈴(にしむら・りん)はシマリスに変身していた。
 沙夢は鈴の姿を見て微笑む。
「鈴はリスになっちゃたのね。良かったじゃない、これでやっと猫に好かれるわよ」
「食べ物として好かれたくはないわ。なんだか身の危険感じるし」
 鈴は沙夢の連れているペットの猫を怖々見やる。さっきからどうもぎらついた眼で見つめられている気がするのだ。猫たちはちゃんと鈴が鈴だと分かってくれているのだろうか。不安である。
「……!」
「わっ、なに!?」
 急に沙夢が鈴の首根っこをくわえ、溝の中に落とした。自分も溝に隠れる。
「うー、私は子猫じゃないんだけど。痛いじゃない……」
 鈴が文句を言った。
「しっ。怪しい人がいるわ」
 沙夢は鈴の頭を前肢で押し伏せた。
 溝の上の道を、サンボとポンチョが捕獲道具を持って歩いている。ポンチョの提げたずだ袋の中には、生き物が閉じ込められて暴れているようだった。
「悪質なペット屋かしら……。これは放っておけないわ」
 と沙夢。
「どうするの? この姿じゃまともに戦わないわよ?」
「まずは仲間を捜しましょう。みんなで協力すればなんとかなるかもしれないわ」
「なるほどね。その方が効率がいいかも」
 鈴がうなずく。
 沙夢は身を低くした。
「さ、背中に乗りなさい。早くしないとくわえて乗せるわよ」
「す、すぐに乗るわよ!」
 鈴は沙夢の背中によじ登った。


 時計台から一ブロックほど離れた、やはり道端。
 白砂 司(しらすな・つかさ)は三毛猫に変身していた。
 彼の頭の上にはサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)が乗っている。猫獣人のくせに、なぜかネズミに変身してしまっていた。
 司はサンボたちを遠くから眺めて唸る。
「動物を虐げるとは許せん。お仕置きしてやらないとな。しかし、この格好でどう戦ったら良いものか……」
「猫は超強いから大丈夫ですよ! 私が猫狩人の先輩として指導してあげます!」
 なんだか楽しそうなサクラコ。
「どうすればいいんだ?」
「すっと近づいて、しゃーって飛びかかって、がぶーってやるんです!」
「よく分からん」
「そうですか? まぁ実際にやってみれば分かりますよ!」
 二匹が話していると、アカギツネの沙夢とシマリスの鈴がやって来た。
 沙夢が会釈する。
「あなたたちも、あの悪質ペット屋と戦うつもり? 良かったら私たちも参加させてくれない?」
「もちろん歓迎だ。人数は多いほどいいからな」
 司は小さく笑う。
 四匹はサンボたちの後を追った。残り数メートルというところまで接近する。
「さー、司君! 静かに、静かにですよ! 獲物に気付かれないよう忍び寄るんです!」
「サクラコも少しは静かにしろ」
 頭上でうるさく指図するサクラコに、司は一言申し上げた。
 肉球のクッションを活かして足音を殺し、サンボの背後に近づく。
「今ですっ」
「ああ」
 司は力強く地面を蹴った。サンボの首に飛びつき、うなじの肉に思いきり噛みつく。
「っおおお!? なんだぁああ!?」
 面食らうサンボ。
「兄貴! 猫でがす! 猫が兄貴の首に!」
「なんでだ!? おい、剥がせ!」
「へいギャー!」
 ポンチョがサンボの首から司を引っ剥がそうとすると、司の頭からサクラコが走ってポンチョの指にかじりついた。ポンチョは指をぶんぶん回してサクラコを振り落とそうとする。
 沙夢がポンチョの脛に噛みつく。鈴がポンチョの体を駆け上り、耳たぶに前歯を立てる。
 そこに、アライグマの詩穂、アカギツネの和輝、ウサギの優梨子も集まってきた。一致してサンボたちに襲いかかる。
「もっと綺麗にお洗濯しないといけませんね♪」
 ランドリーを放つ詩穂。
「よくも追い回してくれたな」
 サンボの足に噛みつく和輝。
「その首、もらいうけます」
 ナイフでポンチョの脛に切りつける優梨子。
 サンボとポンチョは動物の入った袋を放り捨てて駆け出した。
 なんとか動物たちを振りほどき、自分たちのトラックに逃げ込む。
「こ、この街の畜生どもは堅気じゃねぇ! 捕まえた奴だけ持ってずらかるぞ!」
「へ、へい!」
 ポンチョは大急ぎでエンジンをかけ、トラックを急発進させた。