薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

勇気をくれる花

リアクション公開中!

勇気をくれる花

リアクション

1.

 2月。甘い香りが立ち込める季節に、佐々木八雲(ささき・やくも)は悶々としていた。
「やはり不意打ちとはいえ、あそこはキスしておくべきだったのか……」
 彼の頭の中には年末の出来事がぐるぐると渦を巻いていた。想いを寄せる相手にキスするチャンスだったのに、キスできず、それどころか予想外の出来事に見舞われたのだ。
「いや、それを見た後にやれば良かったのか?」
 と、八雲は誰にともなく尋ねた。否、彼は『アスコンドリア』に話しかけているらしい。
 ネオフィニティア・ファルカタ(ねおふぃにてぃあ・ふぁるかた)は、すっかり上の空になっている彼を見てため息をついた。普段は自ら動くことなどめったにないが、ずっと上の空で思い悩む八雲を見ている方がこたえる。
「ヴュレーヴの花って知ってる?」
 顔を上げた八雲は小さく首をかしげた。
「匂いをかぐとね、勇気が出てくる花なんだよ」
 勇気――それは八雲にとって欠けているものだった。
「いつまでも沈んでいるより、花の力を借りてでも勇気を出そうよ」
 と、ネオフィニティアは八雲の腕を引っ張った。
「あ、ああ」
 分かっているのかいないのか、八雲はうなずく。
 そうしてどこかへ出かけようとする二人を見つけ、佐々木弥十郎(ささき・やじゅうろう)は声をかけた。
「兄さん、どこいくつもり?」
「ヴュレーヴの花を探しに行くんだよ」
 返事を返したのはネオだった。
「花? でも兄さ……ああ、分かった。一緒に行くよ」
 どこを見ているのか分からない八雲を見て、弥十郎は仕方なくついていくことを決めた。二人だけで行かせると心配だ。しかも兄の八雲は相変わらずの落ち込みぶりである。
 先が思いやられると、弥十郎はため息をついた。

 冬にもかかわらず、緑は生い茂って行く手を塞ぐようだった。
 原田悠姫(はらだ・ゆうき)は一人で来たことを後悔しそうになるが、大切な人のことを想うと自然と歩みは速くなる。
「花を見つけたら、絶対に……絶対に伝えるんだから」
 いつもならめんどくさがって自ら行動などしないが、今日は心を決めてここまでやって来たのだ。今さら引き返すわけにはいかなかった。
 銀色の髪を時折風になびかせながら、悠姫はヴュレーヴの花を求めて森の奥へ入っていく……。

 空京の街を小さな少女が駆けていく。
「ちょ、おい、止まれっつってんだろ!」
 その後を追うのは金髪の守護天使、由良叶月(ゆら・かなづき)
「やだ! いそがないとヴュレーヴの花がなくなっちゃう!」
 と、矢上チェリッシュは言い返した。
 すばしっこいチェリッシュに、叶月は早くも後悔を覚え始めてしまう。いくらチェリッシュが恋人の幼い時と瓜二つであっても、無視すれば良かった。おそらく彼女のパートナーもまた、チェリッシュには手を焼いているのだろう。
「ああもう、いいから止まれって! 転んでも知ら――っ……くそっ」
 言ったそばからチェリッシュが前のめりに転び、叶月はやっと彼女に追いついた。
「だから言っただろ?」
「っ……でも泣かないもん」
 と、チェリッシュは立ち上がりながら言う。
 泣かないでくれるのはありがたいが、問題はそこじゃない。叶月は苦笑しつつ、彼女の服についた砂をぱっぱと手で払い落としてやる。
「もういいから、大人しくしてろ」
 叶月は有無を言わさず小さな体を抱きあげた。一人で歩かせるとまた同じことの繰り返しになるからだ。
「えー、じゃあカナお兄ちゃん走って!」
「何でだよっ」
 やや不満そうにするチェリッシュだったが、構わずに叶月は歩き出す。
 すると、離れたところに見慣れた二人組がいることに気がついた。彼らとは数ヶ月ぶりの再会だ。
 叶月が少しわくわくしながらそちらへ向かっていくと、彼らも気がついてくれた。
「やぁ、久しぶり」
 エルザルド・マーマン(えるざるど・まーまん)がいつもと同じ口調で言い、隣にいた土御門雲雀(つちみかど・ひばり)も叶月を見る。
「おう、久しぶりだな。もう戻ってきてたのか」
 と、叶月。
 彼らと面識のないチェリッシュは、人見知りをするように叶月へ少し身を寄せた。
「で、そちらの女の子は?」
「ああ……妹だ」
 説明するのがめんどくさくて叶月はそう言った。チェリッシュも異論はないようで、大人しくしている。
 正しく言えば恋人の兄のパートナーなのだが、アリス・リリなので妹でも間違いはないだろう。
「今日は、森に花を取りに行くとか何とかで」
「ヴュレーヴの花だよ! においをかぐと勇気が出るの!」
 突然口を開いたチェリッシュに視線が集まる。
「森に行かなきゃ見つけられないの。だからね、チェリッシュは森にいかなくちゃいけないの」
 エルザルドは雲雀と目を合わせた。
「女の子が一人で行くようなところじゃないのは確かだね」
「っていうか、あんまり奥に行くと魔物出るよな……?」
 いくら叶月がついていても心配だ。
「ついていくよ、叶月」
「自分も一緒にチェリッシュちゃんの護衛を致しますです!」
「エルと雲雀がいるなら心強いな。ありがとう」
 と、叶月は軽く微笑んだ。