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リアクション
「ということは、やはりこれは置いていった方が良さそうだな」
ねぐらの近くまで小型飛空艇でやってきていたグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)
は、本隊からの通達を受けて岩場の影に飛空艇を下ろした。
「まあ、覚悟はして居たが……」
飛空艇で近づけば襲われる、ということは分かっていたので、もとより少し離れたところで止めて歩くつもりでは居た。が、状況が許せば乗っていこうとも思っていたのだが。
「留守番はお任せ下さい、エンド」
グラキエスのパートナーの一人であるロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)だけが、飛空艇の側に残った。
「お気に入りの飛空艇、しっかり守ります」
「頼んだぞ、ロア」
グラキエスはにっこりと笑うと、ロアに飛空艇アルバトロスを託し、もう一人のパートナーであるエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)を伴って歩き出した。
のだが。
「なあ……エルデネスト」
「どうしましたか?」
むぅ、と不快そうに眉を寄せるグラキエスの呼びかけに、何故か楽しそうに答えるエルデネスト。
「その、歩きにくいんだが、何とかならないか?」
「万が一ドラゴンと交戦状態になってからでは遅いですから。それに、いつ空賊がお出ましになるかもわからない」
声の調子こそ、心からパートナーの身を心配して居る、というトーンなのだが、どうにも口元がにやにやしていて、本心なのかは怪しいところだ。
「それは、そうだが」
ぺたり、と頬の辺りに何かがまとわりつく感覚がある。エルデネストの操るフラワシ、「アガレス」だ。ちなみに、粘体フラワシ。
普段からグラキエスに纏わりついている――基、グラキエスの護衛に付いている事が多いので慣れているといえば慣れているのだけれど。気になるものは気になる。
「このセクハラ悪魔め……」
グラキエスの胸元から、苦々しげな声がする。魔鎧、アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)だ。
今回はドラゴンの言語が必要になりそうだということで、グラキエスに力を貸すために鎧形態を取っているのだが、その所為でグラキエスに対するセクハラを防ぐことが出来ない為、苛立ちを隠せずに居る。
「主よ! あの悪魔の欲望を叩き潰す為……もとい、無為な戦いを避けるため、交渉を成功させましょう!」
エルデネストに聞こえないよう、しかし強い口調で、アウレウスはグラキエスに囁きかけた。
当のグラキエスは、もちろん、と答えるだけで、アウレウスの決意の理由はよく分かって居ないようだったけれど。
「そろそろですね、気を付けて」
エルデネストの声が響いた。
それと同時、唸る様なドラゴンの息の音が辺りを包む。びりびりと、それだけで大気が震えるようだ。生身で、地上から聞くとその迫力も一層。
グラキエスは表情を引き締めて、岩場の向こうを覗き込んだ。
そこには、先ほどまでと変わらずねぐらで丸くなっているレッサードラゴンの姿。
いくぞ、と低い声でパートナーに合図すると、そろそろとドラゴンの前へと歩み出る。
すると二人の気配に気づいたか、ドラゴンはゆったりと首を巡らせてこちらを睨み付けた。
ぐる、と警戒の色を見せて低く唸るドラゴンに、しかしグラキエスは臆さず、その正面に立つ。そして、おおよそ、挨拶のような意味を持つ声で吠えた。
するとドラゴンは、驚いたのか、一瞬身を引いた。が、すぐに静かな声で、同じように吠える。
「お、おお……通じたのか」
「そのようですね」
二人はひとまず、ほっと安堵の表情を浮かべる。
それから再びドラゴンに向き合うと、グラキエスは友好の証の声を出す。
ドラゴンはその声に、唸ることはやめた様だった。しかし、返答は帰ってこない。
人間という存在に対しても、やや警戒心を抱いているのかもしれない。
「大丈夫、俺たちは味方だ」
何度か同じ声で吠えてみるが、ドラゴンは二人を値踏みするかのように目を細め、静かにこちらを見詰めている。
と、其処へ大きな影が過ぎった。
何だ、と二人と一匹は空を仰ぐ。
其処には、大きく翼を広げて旋回する、一匹のワイバーンの姿。小さく、その背に人影も見える。
おぉん、と挨拶を意味する咆吼が響く。
同族の姿を認めたからか、今度はドラゴンの方も、おおん、とひときわ声高く鳴いた。
ワイバーンはゆっくり高度を下げて、ドラゴンの前にふわりと降り立った。(グラキエス達二人は慌てて避難した)
その背中に立つのは、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)。ワイバーン「イトハ」を操るドラゴンライダーだ。
「失礼、交渉中だったかしら」
「いや、難航していたところだ」
二人の姿に気づいた崩城が声を掛けるが、グラキエスは苦笑して交渉権を譲る。
ありがとう、と微笑んで、崩城はドラゴンの方へ向き直った。
友好を示す声で吠えると、ドラゴンは低い声で唸る。その視線の先には、崩城の操るイトハ。
「ああ、この子?」
どうやら人間がワイバーンを従えている事に、何か引っかかりを感じているらしい。
崩城はイトハの横面を優しく撫でて、甘やかすような声で鳴く。
イトハの方もすっかり主を信用して居るようで、くん、と甘えたような声を出した。
それを見たドラゴンは、漸く警戒を緩めた様だ。崩城が再び友好の声で鳴いてみせると、今度は穏やかに、友好を示す声で鳴く。
「そう、私達はあなたの味方よ」
警戒を解いたドラゴンに、崩城はにっこりとほほえみかける。
そろそろ詳しい事情を聞こうかと、崩城がが再び息を吸った、その時。
ぴぃ、と細い、しかしよく通る声が響いた。
と同時にはばたきの音がして、二匹のワイルドペガサスが姿を現す。
ゆったりと旋回した二匹はふわりとドラゴンの前に降り立つと、背に乗せていた三人を下ろした。
「あ、す、すみません、お話中に」
そう言って頭を下げるのは、ペガサスにのっていたうちの一人、ティー・ティー(てぃー・てぃー)だ。
その後から、源 鉄心(みなもと・てっしん)とイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)の二人も降りてくる。
「わたくし、証拠を集めてきますの!」
イコナは降りて来るなりそう叫ぶと、ぱたぱたーっ、と走り去ってしまった。その場に居た面々は、ちょっと面食らってその背中を見送る。
「……俺が調査を頼んだんだ、気にしないで、続けてくれ」
暫し落ちた沈黙を源が破る。その言葉に、崩城とティーは一度頷き、それから揃ってドラゴンに向かい合った。
ティーは子ドラゴンが親ドラゴンに甘えるような声で鳴いてみせる。すると、今度はすぐにドラゴンは優しい声で答えた。
以前もティーはこのドラゴンと相対した事がある。それも少し、良い方向に働いた様だ。
「さて、どんな風に聞き出しましょうか」
龍の言葉では、あまり複雑な意思疎通は出来ない。ひとまずは友好な関係を維持して、と崩城達が検討していると。
遠く、飛空艇のエンジンの音が聞こえた。
途端に、ドラゴンが鋭く吠える。
「飛空艇では近づくなとあれほど……!」
源が苦々しげに空を仰ぐ。まだ距離があるようで、飛空艇の姿はまめつぶほどにしか確認できない。が、距離と大きさから推察するに小型の飛空艇だろう。
苛立ち露わに咆吼を上げるドラゴンに、しかし崩城が鋭く吠えた。警戒を促す声だ。
「私が見てきますわ」
言うが――吠えるが早いか、イトハの手綱を駆って空へ舞い上がる。
そして、ドラゴンの味方であることを示す為、そしてこれ以上飛空艇がこちらへ接近してこないようにするため、ワイバーンのブレスを一発、当たらないように気をつけながらお見舞いした。
自らの放ったブレスを追いかけるようにイトハを加速させると、ようやく飛空艇の姿がハッキリと見えてきた。
牽制のブレスの効果もあってか、速度を落としている。
「止まりなさい!」
あくまでもドラゴンからは戦闘して居るふうに見えるよう、少し距離を置いて一度イトハを制止させる。
「なんやなんや、いきなりブレスとか、危ないやろ」
飛空艇の乗り手は、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)だった。遠くからでは見えなかったが、その後ろを追うように、パートナーの讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)もまた、サンタのトナカイに乗っていた。
「ドラゴンには不用意に飛空艇で近づかないよう、通達が出ていたでしょう?」
「あー、それは聞いてたんやけどなー、他の手段ものうてな?」
「交渉は順調ですわ。ただ、飛空艇が接近したことでドラゴンの気が立ってますの。お引き取り願えないかしら」
「ふむ……泰輔、ここは引くが得策のようじゃのぅ」
崩城の言葉を聞いていた讃岐院が、仕方が無い、という様に肩を竦めた。大久保もまた、わざわざ順調な交渉を遮ることもあるまいと頷く。
「そうだ、折角ですから、ドラゴンに我々を信頼させるため、一肌脱いで頂けます?」
引き上げようとする二人の進路をそれとなく遮って、イトハの背に立った崩城は、にんまりと笑った。
□■□
ワイバーンのブレスが空を染める。
派手な音がして、小型飛空艇がひとつ、地面に落ちていく。人影がひとつ、ふわりふわりと飛空艇から離れるが、もうひとつの飛行物体がその影を回収して飛び去っていった。
それから暫くして、固唾を呑んで見守る一行の元へ崩城が悠々と戻ってくる。
そして、勝利の快哉を告げる声で鳴くと、ドラゴンは一声鳴いておとなしくなった。ひとまずは、危機が去ったと安心したらしい。
「どうだった?」
「私達のお仲間でしたわ。折角ですから、サクラになって頂きましたの」
小声で問いかける源に、崩城もまた小さな声で答える。
「あ、あの、ドラゴンさん」
その間に、ティーがドラゴンに向かって声を掛ける。実際は龍の言葉を使っているのだが。
「お話を、聞かせてください」
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