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優雅と激流のひな祭り

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優雅と激流のひな祭り

リアクション

 カメラはスピードを上げる二人を追うよりも、混戦の痕が残る岩場に向けられた。
 映されているのは桐条 隆元(きりじょう・たかもと)。左右に揺らされるボートを巧みに操り……否、操ってはいなかった。
 岩が前面に顔を出すと、先ほどの混戦で流れ着いたボートに飛び移ってやり過ごす。軽業し染みた行動は地祇故の荒業なのだろう。
 邪魔になるボートは『鉄扇』で弾き、新たな足場にしている。
「足場の確保をしながら進む。わしの作戦は完璧なのだよ」
「アクションゲームみたいだぜ」
「未知の下り方じゃな。面白いものじゃ」
「でも、何かひっかかるぜ……」
 危険な岩場だが、逆に邪魔をする者は皆無。岩さえ避ければ川に落ちることはない。これが泳げないことを悟られないための作戦とは、本人以外知らない。
 そこはかとなく同類の思念を感じたウォーレンだったが、
「いくぞおぉぉぉぉぉぉ!!!!」
 轟く雄叫びに霧散し、音源を向く。
「おっ! すげぇのがきたぜ!」
 視線の先にはお雛様の着物の片肌を脱ぎ、一生懸命オールを漕ぐ女の子。
「わたしは何が相手でも、その挑戦、受けてたつっ!」
 猪突猛進、芦原 郁乃(あはら・いくの)。遮る岩もなんのその、暴れる激流もなんのその。危険なスイッチが入ってしまったらしい。
「いやっほぉぉぉーーー!」
「ひ、ひゃぁぁぁーーー!」
 郁乃の後ろで秋月 桃花(あきづき・とうか)が悲鳴を上げる。
「郁乃様! 無事に下りきれば大丈夫なんですから!」
「桃花! どんな形でも参加するならウケなきゃ出る意味はないっ!(キリッ)」
「ウケなくてもいいですよぅー。決め顔作らなくてもいいですよぅー」
 泣きそうに抗議するが、郁乃の目はメラメラ燃えている。
「見えた! 水の一滴っ!」
「一滴どころか、辺りは水ばかりですよぅ!」
「わたしのこの手が真っ赤に燃えるぅっ! 勝利を掴めと轟き叫ぶぅっ!」
 舵を取るその手は、どこぞの爆熱神拳ばり。向かうは岩場、隆元の居る場所。
「見えたって、人ですかっ!? 岩ですかっ!? そっちは危険ですって! いやぁぁぁーーー! 郁乃様のばかぁぁぁ!!!」
「自ら難所に突っ込んだ! 良い根性してるぜ!」
「ぬ、わしに近づく不穏な気配を感じるぞ」
 隆元は早々にボートを乗り換える。
「必殺技は避けちゃいけない決まりなんだよ!」
「それはアニメの中だけにしてもらいたいのだよ」
「ちょっ、郁乃様! 前、まえっ!!!」
 郁乃たちの身長程あるだろうか、巨大な岩が行く手を塞ぐ。
「右っ! やっぱり左ですっ、郁乃様!」
「何を言っているの! わたしの辞書に迂回や逃避の文字はない! 前進あるのみ!」
 気合を込めてぶつかる。
「きゃあぁぁぁーーー!」
 当然、川に放り出される訳だが。
「泳いで下れば無問題!」
「おっもしれぇの! いい絵が撮れるぜ!」
 ただではやられない郁乃。
「着物で!? 無理ですよ! 流れが、速くて、わっぷ!」
 桃花の言ったとおり、早瀬を水に濡れた着物で泳ぐなど、契約者であったとしても無謀としかいえない。徐々にのみこまれていく。
「大丈夫ですか!? 今助けます!」
 これはもう引っ込み思案だとか言っていられない。上空から『空飛ぶ箒スパロウ』に跨り、リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)が懸命に手を伸ばす。
「捕まってください!」
「あ、ありが、とう!」
 その手をがっちり掴み、桃花は感謝を述べる。ホッと安心したのもつかの間、耳に届く警告の声。
「小娘! 早く浮き上がるのだ!」
「え!? あ、はい!」
 躊躇は一瞬。上昇しようと切っ先を上へ向ける。
 が、手には倍以上に膨らんだ重量。
「お、重い……」
「着物のせいです! 濡れた着物のせいなんです!」
「ご、ごめんなさい……」
 見尻に涙を浮かべ、女の子の矜持を保とうとする桃花。謝罪するリースの力が緩まってずり落ちそうになる。
「阿呆がっ! 力を抜くな!」
「あ、いけない!」
 気を取り直し、持つ手に力を込める。対応が早かったおかげか、かろうじて水面から抜け出た桃花の足先を鋭い岩が掠めた。
 水中に隠れた岩。上空よりも流れを視認している者の方が気付くのが早かった。
「気をつけていたのに……おかげで助かり――」
 それを教えてくれた人物に礼を言おうと振り向くと、
「こんな、ところで、戦いは、まだ、終わら……」
 沈みながら、まだ泳ごうとしている郁乃に目が留まった。
「セリーナさん、お願いします!」
「はいはーい」
 この状況でのんびりと返すセリーナ・ペクテイリス(せりーな・ぺくていりす)。しかし、口調に反して泳ぎはスムーズ。急流をものともせず、数秒で郁乃と共に水面へ顔を出した。
「いえいえー、これくらい、朝飯前、ですよー。こう見えてー、泳ぐの、得意なんですー」
「さすが姫さんだぜ!」
 支援のため、後ろからクロールで追走していたナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)は瞬く間の救助に賞賛を送る。
「これじゃ、俺の出る幕はねぇな」
「ナディムちゃんも、とっても、早いじゃないですかー」
「姫さんにはかなわないぜ」
「またまたぁー」
「ありがとうございます、セリーナさん」
 リースも駆けつけ、助けた二人を岸へ上げる。
 ボートに揺られ、その光景を見ている隆元はボソリと呟いた。
「こう見えても何も、セリーナは半人半魚であろう」
「なんだ、たかもっちゃん」
 ナディムが気付き、ボートへと泳いでくる。
「もしや、羨ましいのか?」
 隠していた事実を悟られた、そう思って慌てだす隆元。
「べ、別に泳げるからって、羨ましくなど思っておらん!」
 しかし、それは杞憂だった。
「リースに礼を言われたのは姫さんだけだったもんな。なんなら、俺がさっきの助言はたかもっちゃんだって、教えてやろうか?」
「い、いらぬ気遣いである!」
 ニヤニヤ笑うナディム。
「こんな急流で、ましてや服を着たまま泳ぐなんて危険です! ちゃんと考えてください!」
 そんなやり取りをしていと、指を立て、教師よろしく無茶を叱るリースの声が届いた。
「考えろってもなぁ。落ちたらどうしようもないぜ」
 ナディムの言うとおり、落ちてしまえば泳ぐ以外の選択肢はない。
 しかし、隆元は別の視点からの回答を導き出した。
「要は落ちなければいいのであろう? それならば方法はあるのだよ」
 【軽身功】を発動。隆元は水面を駆ける。
「泳ぐのが危険ならば、走れば良かろう」
「そうよ! その手があったわ!」
「郁乃様! 無茶ですからぁ!」
 七転び八起き。芸人も真っ青な郁乃の姿勢に、桃花は叫び声を上げるしかない。
「これはまた、面白くなりそうじゃのう。これからの動向に注目じゃな」
「見事な救助劇! 見上げた根性! 蹴落とすだけが目立つ方法じゃない! 芸人たちは気付くことができるだろうか!? 一旦CM! ……念願の台詞が言えたぜ!」