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メアービー狂想曲

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メアービー狂想曲

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電撃作戦は文字通り

 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は、兄の佐々木 八雲(ささき・やくも)ともども家訓である『器具を使わないトレーニング』を守るべく、施設の温水プールにやってきていた。もっとも八雲はもっぱら、プールサイドで女の子達を眺める方に熱心だったが。突然プールの歓声とは違う、悲鳴が上がった。スズメほどのハチが数匹、プールの上を旋回している。

「……あれ? あの蜂ってどっかでみたような?
 ……メアー……ビー?」

競泳用水着で温水プールで泳いでいたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)はプールへ飛来してきたハチに気づいた。セレンが振り上げかけていた片手をそっと下ろす。

「危なっ! ……ったく、何でこんなところにメアービー? ……にしては小さいか?」
「セレン、とりあえず更衣室へ武器を取りに行きましょう。丸腰じゃ何もできないわ」
「おっけ!」

ハチを刺激しないよう気をつけながら、2人はプールから上がり、更衣室を目指した。

 御神楽 陽太(みかぐら・ようた)のパートナーで、一人で気の向くままに、パラミタ各地を渡り歩いている御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は、たまたまこの施設にやってきていて、メールで事態を知ったのであった。

「陽太様は何かあったら必ず連絡をください、って言ってらしたけど……。
 ここは連絡差し上げるまでもないですね、より良い方法を考えてみましょう。
 なるべく多くのハチを1ケ所所に集めて、広範囲電撃でまとめて麻痺っていうのがいいかしら。
 温水プールが良さそうですね。純水でなければ、水は空気よりは電気を通しますしね」

途中慌しくプールのほうからやってきたセレンフィリティとセレアナ、それに少し遅れて八雲がやってくるのが見えた。危険を伝えると、3人とも更衣室へ捕獲用の装備を取りに行くところだという。早速3人に連携を提案する。

「ああ、いいと思う。弟の弥十郎がプールで様子を見てるんだが、俺らは精神感応で連絡を取り合える」
「それは好都合ですね。プールの水を使って放電実験でハチを麻痺させようかと考えていたんです。
 対電フィールドも使えますから、皆さんをお守りすることもできます」

舞花が言った。

「ってことは、プールに更衣室あたりからハチを追い込めば良いわけね?」

セレンフィリティが言う。セレアナがうなずく。

「あと、プール内にも何匹かいたわ」
「そっちは俺が対処する」

八雲が請合う。

「決まりね。行きましょう」

4人は行動を開始した。

 弥十郎はプールから一般客を避難誘導し、その際に行動予測と記憶術で蜂を観察していた。

(ふーん。攻撃したと見なした者を刺すまで追いかける、という特性をもっているような感じだなぁ)

八雲はメールを再確認し、氷術で一時的に麻痺させることができるとの情報を得ていた。捕獲したハチを入れる籠も抜かりなく預かってきている。ためしにハチに狙いをつけてみるが、的が小さい上動きも早く、狙いが定まらない。

「畜生! どうもうまくないな」

そこへ弥十郎からのんびりとした思念の波が届いた。

「大体の行動が予測できたから、いけると思う。待機しててくれる?」
「お前、何する気だよ!」
「囮になろうかと思いましてね。まあ、刺されても命に別状はないようだしね」
「ちょっと待てよ……」

それに対する返事は無く、プールサイドで弥十郎がハチの横を掠めるような感じで攻撃を仕掛け、自分をターゲットにさせ、開けたスペースに誘導していく。

「……ったく」

八雲は舌打ちして弥十郎のほうへ向かった。数匹のハチが弥十郎を取り囲む。

「それじゃあ蜂の動きを止めてみるねぇ。あとはよろしく」

のんびりした口調とともに弥十郎は不意に逃げるのをやめた。あっという間にメアービーが取り囲む。が、刺した後すぐに離脱しようとはしない。弥十郎が刺された瞬間に筋肉に力をいれ、ハチの針を自らの肉体で止めたのである。短時間しか効果は無いものの、八雲が氷術でハチを麻痺させるには十分な時間だった。籠にハチを入れ、八雲は笑顔で中腰のまま硬化している弟に向き直った。

「お前な、婚約者がいるのに何故そんな手段をとる!
 もっと自分を大事にしろ!」
「いや〜、緊急事態でしたからね。解毒剤だけお願いしますよ」

八雲は眼光鋭く弟をにらみつけ、ついで人の悪い笑顔を浮かべた、

「彼女がが心配した分、落とし前つけておかないとな」
「え、ちょ、ちょっと待ってくださいよう……」

言うなりペンを取り出し、弥十郎の顔にペンで落書きを始めた。

「手段としてはいいですけど、捨て身、ですか……」

舞花は八雲と弥十郎が元からいたハチを捕獲するのを見てつぶやいくと、放電実験の準備をはじめる。イナンナの加護で抜かりなく今後やってくるであろうハチへの対処を行い、賢狼、機晶犬を呼び出し、サポート体制を整えた。
 
一方、セレンフィリティは更衣室で冷凍銃を確保し、防衛計画を使いって温水プール周辺の施設内部のメアービーの居場所を探し出していた。発見したメアービーをスナイプで命中率を高めた冷線銃を使い、メアービーをちょこちょこ氷結させていた。セレアナはトライデントの氷結属性を利用してメアービーを凍らせようとしていた。捕獲自体はおまけのようなもので、ようは彼女らを追って、ハチが温水プールに誘導されればいいのである。
「こういう時さぁ焦ってやたらむやみに撃っても命中しないのよねぇ
 んー、殺していいのなら手段を選ばず一発ブチかませばいいんだけどねえ。その方が手っ取り早いし」

セレンフィリティがプールのほうへ後退しつつ、相棒に言った。セレアナは渋い顔をした。

「……セレン、これを機に物を壊さずに着実に任務を遂行する術を身につけるべきよ。
 何でもかんでも壊してばかりじゃ、資源の無駄遣いだわ。笑顔で固まっちゃうなんて。 
 ……これで間抜けなポーズだったりしたら、目も当てられないわ」
「変なポーズでアホな笑いを浮かべてさらしものになるとか、ジョーダンでしょ。
 きっとメアービーはお笑いが好きなのね」
「セレンじゃあるまいし」
「なによ、それ」

軽口の応酬をしながら、温水プールへたどり着く。顔に派手に落書きされた弥十郎と、傍らで渋い顔の八雲、舞花がプールをはさんだ向こう岸の壁に近いあたりで手招きしている。後を追って来るハチたちのほうへ向かって威嚇射撃をすると、それまでの慎重な後退からダッシュに切り替えた。プールサイドからきれいに飛び込み、一気に対岸のチームメンバーのもとへと駆けつける。水に濡れ走ってくるセレンフィリティとセレアナが射程圏内に入るや、舞花はすかさず対電フィールドを展開する。一拍遅れて舞い込んできたメアービーがセレンフィリティらの後を追ってプールの水面付近に到達した。

「行くわよっ!」

舞花の気合とともに、プールの水面が目の眩むような明るい光を放ち、鼓膜を打つようなパンッという音がした。濃厚なオゾンの香りとともに、水面に気絶したメアービーが群れをなして浮いていた。

「やったね!」

弥十郎を除く4人が手を打ち合わせる。

「……解毒剤、できたらよろしくお願いします」

弥十郎が中腰のまま、のんびりと言った。
 
「ミッション・コンプリート、ね」

舞花がつぶやいた。