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リアクション
●懇親会の愛と友情と(2)
山葉涼司の元に、ロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)が顔を出した。
「時間だぜ。これでお役御免ってことでいいか?」
立て看板を畳んで置くと、ロアは首を左右に傾けた。ぐきごきと音がする。ずいぶん肩が凝ったらしい。
「ご苦労だったな」
涼司は口元に微笑を浮かべ、ロアが座れるよう場所を作った。
「まあ、飯にしてくれ」
ちぇ、とロアは舌打ちしてどっかと腰を下ろす。
「山葉は人使いが荒いぜ。朝っぱらからまったく……」
元々今日は、春の狩りに赴くつもりのロアだったのである。ロアにとって『春』といえばそれはすなわち狩りの季節、冬眠していた獣が出てくると言うこともあって、野山を駆け巡れば存分な獲物が手に入るのだ。
意気揚々と出かけるつもりだった彼を見て涼司は「その元気があるのなら、懇親会の設営でも手伝え」と人員に駆り出したのである。結局今日まで、会場設営を任され、おまけに当日の新入生案内まですることになって、ロアの狩りの時間は大きく削られた。
そんなロアのパートナー、レヴィシュタール・グランマイア(れびしゅたーる・ぐらんまいあ)も一礼して座についた。
「自業自得ではあろう」
レヴィシュタールはごく平然と言ったのである。
「そもそも出席日数が強烈に足りず、取得単位数についても赤い文字がちらつくロアの補習を、労働で補ってくれている校長の厚意にはむしろ感謝すべきだな」
「まあ、それはそうだけどよ……」
そこを指摘されるとロアとしては、少々つらい。ぶすっとしながらも口をつぐんだ。
「わかればよろしい」
ロアとは違いレヴィシュタールのほうはそつなく学業も修めているので、別にロアの労働につきあう必要などまったくないのだが、当たり前のような顔をして彼はロアとともに、新入生の会場案内を買って出ていた。いや、それどころかレヴィシュタールは、仕事中にもかかわらず飲食に意識を奪われそうになる(ついでに腹の虫もグウグウ鳴く)ロアを「ここで手伝い放り出して食い漁ったら補習が増えて狩りに行けなくなるぞ!」と押しとどめ、なんとか仕事を最後までやりとげさせたのであった。
それにしても、と居並ぶ面々を見てロアは思った。この一角たるやそうそうたる顔ぶれではないか。
涼司校長とその恋人である加夜、前校長の環菜と夫の陽太、イルミンスールのエリザベート校長や、ちょっとした有名人のアゾート・ワルプルギスの姿もある。
「食べるか?」
ところが、ロアの前に盆を差し出した少女は見知らぬ顔だった。健康そうな褐色の肌、つやがあって豊かな黒髪、そして、
(「タッパあるなぁ……」)
自分も186センチはあるし大抵の男性よりは背が高いのだが、この少女は自分とそれほど変わらない。そればかりか、
「甘い、嫌いか?」
と、首をかしげると、盆の下(そう、下にあるのにしっかりと見える!)胸が、負けじとばかりにふるんと揺れた。
(「のわりにウェストはキュッと締まってるし……いわゆるモデル体型というやつか……」)
古い表現でセクシーダイナマイトというものだろう。ちょっと圧倒されそうなくらいである。なのに顔はずいぶんと童顔で、そのアンバランスさも面白い。こんな少女が涼司の周辺にいるとは知らなかった。かといってエリザベートや環菜の連れとも思えない。誰なのだろう。
「失礼を承知で申し上げる。『ロー』、と言うのは貴公のことであろうか?」
思い当たるところがあり、レヴィシュタールが先に口を開いた。
「うん。ワタシ、『ローラ・ブラウアヒメル』、涼司の秘書ね」
「なるほど、グラキエスから貴公のことは聞いている」共通の知り合いの名を彼は言った。「申し遅れた。私はレヴィシュタール・グランマイア、こちらはロア・ドゥーエだ。見知りおいてもらいたい」
「ああ、山葉の秘書な? よろしく」
疑問が解けたかロアは笑って、桜餅をひとつといわず二個三個取って口に入れた。
「うん。うまい。涼司のやつ、人をこき使うのが得意だからな。仕事がきつかったらグチってくれていいぞ」
「誰が『人をこき使うのが得意』だって?」
涼司がポンと手をロアの肩に置いた。
「単位と補習の話をしたっていんだが、長くなるぞ」意地悪げにニヤリと涼司が笑った。
「い、いや、なんでもない……」
ロアは背を丸めてコーラをグラスに注いだ。
レヴィシュタールとローラはしばらく会話を交わした。それでレヴィシュタールはわかったのだが、彼女は見た目が幼いだけではなく、考え方もかなり幼い。涼司の秘書という役割がどこまで務まるのかは怪しいと思わないでもなかった。
「だからかな……?」
ぽつりとロアが言葉を洩らした。
(「彼女、本当に純真な女の子みたいだ……だから、グラキエスは気にかけているんだろうか」)
弟分兼友達が他人に気を持つなんてと、妙な気分だが、ローラは確かに良い子のようである。ロアも彼女のことは気に入った。
「それでさ……」
とロアが言いかけたところで、
「ロア、テメー!」
まっ白な顔色で涼司が飛び跳ねるようにして立つのがわかった。
「いつの間に俺のコーラを醤油とすり替えた!」
ずいぶんと香ばしい香りのする現在の涼司なのである。まあ、怒るわな。
「待て待て濡れ衣だー」
ノーノー、と両手を前にしてロアは否定するも、無論通じたりはしない。
「半笑いでンなこと言われて信じるか! あっ、待てっ!」
ロアはいち早く靴を履き背を向けたのである。
「おっと、名残惜しいが今日はここまでのようだ。じゃあな、ロー……いや、ローラか! また会おう!」
すたこらという効果音そのままにロアは逃げていく。
「……やれ、落ち着きのないことだな」
どうしよう、という顔をしたローラに、レヴィシュタールは軽く笑って告げたのである。
「まあ、どうせしばらくしたら戻ってくるだろうから放っておけ」
「待てー」
「待たなーい」
と涼司とロアが仲良く(?)おっかけっこをしている。
陽太と環菜、エリザベートに明日香、舞花も楽しげだ。ルミーナと隼人も良い感じだし、レヴィシュタールはなにか冗談を言ったらしく、ローラをころころと笑わせている。
平和だ。本当に……エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)はぼんやりと考えた。
「どうしたの? エリシアちゃん」
そのときノーンに声をかけられ、彼女は急に我に返った。
「え? いや、どうもしませんわよ」
エリシアは笑顔を見せた。
「そう……? ならいいんだけど、おねーちゃん、なんだか哀しそうに見えたから」
「哀しい? そんなことありませんわ。ずっと楽しんでおりますわよ。さっきは少し、暖かすぎて眠くなっただけですの」
「ならよかった! ねえねえ、桜ゼリーもあるんだって。一緒に食べようよ! おいししいよ!」
「いただきますわ」
いつまでも過ぎ去ったことに捕らわれていてどうする……エリシアは思った。今は生きていることを、かけがえのない仲間たちとともにあることを楽しもう。
そうでないと、天に昇った彼女――大黒美空も救われないではないか。
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