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サクラ前線異状アリ?

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サクラ前線異状アリ?

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第三章
"EIN HANA−MI HEUT’UNS WINKT"





「あれえ、気のせいかな……ゆかりがちょっと怒ってる?」
「どうしました?」
 携帯を手に首を傾げているマリエッタに、サクラが声をかけた。
「準備チーム、もう出発しますよ」
「あ、はーい」
 まあ、詳しいことは会ったらでいいか。
 マリエッタは携帯をしまって、ミーシャの用意した風呂敷包みを手に取った。

「みんな、乗ったクマ? 忘れ物はないクマね?」
「はーい」
「オッケーですー」
 とても誘拐されているとは思えない和やかな雰囲気で、飛空挺は飛び立った。
 メンバーは、シェフのミーシャを筆頭に、料理の手伝いを買っ出た菊、なな、マリエッタ、それにローズとカンナだ。
「あたし、料理とか無理なんだけどなぁ……」
 柄にもなく心細げに呟くカンナに、ローズが笑いかける。
「シンが手伝いに来てくれるから、迎えに行かないとね。カンナは桜を見ながら曲作りしてていいわよ」
「えっ、あたしは別に、そんな……」
 口ごもりながらあらぬ方を見て、それからちょっと表情を曇らせる。
 低空で飛ぶ飛空挺の窓の外は、相変わらず深い霧に覆われている。
 カンナは誰にともなく呟いた。
「……でも、ほんとに桜なんてあるのかな……」
 

「オルロフスキー邸から南へ七里。ダシガン空峡のほぼ中ほど、そこはタシガンとキマクとツァンダの、三つの地域の境にあたっているが、そこに周囲二里ばかりの小島があり、その名を……」


 そこまで言って、サクラが首を傾げた。
「……何とよぶんでしょう」
「ううう、そのナレーションは不吉クマ……」
 情けない声でミーシャが突っ込んだ。
「ここはオルロフスキー邸から南東だし、七里も距離はないし、連続殺人事件も起きないクマ……」
「すみません、あまりにおあつらえ向きなので、つい」
 ミーシャのツッコミに、サクラが真面目な顔で言った。
「起きないといいですね、和尚さん」
「南無……クマ」

 実際そこは、伝説の孤島ものの冒頭を暗唱したくなるほど、薄気味悪い雰囲気に包まれた島だった。
「名前は知らないクマ。ついてないかも知れないクマね」
 島の大きさも明らかな捏造で、その大きさはだいたい周囲1キロばかりのほんの小さな小島だ。
 飛空挺の窓から見下ろすと、空峡の深い雲海の中から険しい崖が、来るものを拒むようにそびえ立っているのが見える。
 空を覆う霧の向こうにぼんやりと浮かぶ朝日が、なだらかに盛り上がる丘の斜面をほのかに浮かび上がらせているが、そこには樹木らしい樹木はなく、高山の山肌のようなねじ曲がったハイマツが点々と生えているばかりだ。
 ……しかし、その丘の上に。
「……まさか、あれ、ほんとに桜?」
 カンナがつぶやく。
 そこには、この風景にあまりに似つかわしくない満開の桜の木が一本、霧の中にけぶるように立っていた。


「到着クマーっ」
 丘の東側の平地に泊めた飛空挺から、両手に風呂敷包みをぶら下げたミーシャが降り立って声を上げた。
「あれが桜クマ? きれいクマねー……く、クマっ」
 変な悲鳴を上げて、ミーシャが硬直した。
 後をついて降りようとしていたななが立ちすくむ。
「ミーシャさんっ」
「お静かに、お嬢さん」
 悲鳴を上げるななに、鬼院尋人が静かに言った。
「被害者のお嬢さんですね。ご無事のようで、何よりです」
 穏やかに言う尋人は、薔薇のドレスシャツを纏って、場違いなほどの優雅だ。
 しかし、その手の剣の切っ先は、ぴたりとミーシャの喉元に突きつけられていた。
「く、クマさんに乱暴しないでくださいい」
 泣きそうな顔で訴えるななに、尋人は困ったように笑った。
「参ったな、何だか僕の方が悪役みたいだ」
 ミーシャが抵抗する意志がないのを確かめて、ようやく尋人は剣を収める。
 そして、飛空挺から投げかけられるもの言いたげないくつもの視線に、応えるように微笑んだ。
「……貴女たちに危害を加える意志はありません。皆さんを無事にお帰しすることも、僕の任務ですから」
 戸惑い気味に顔を見合わせる彼女たちの様子を観察しながら、
「いいですか。誘拐、脅迫、それに争乱……これは立派な犯罪です。被害者の貴女たちが犯人に同情的であったとしても、タシガンを守る者として、人の道を守る騎士として、この事件を捨て置くことができないのは、ご理解いただけますね」
「……貴方の仰ることはわかります」
 身を寄せ合うように集まっていた一同の中から、サクラが一歩進み出た。
「今度のことで、私たちが皆さんを巻き込み、心配と迷惑を掛けていることも理解しているつもりです」
 その言葉に、ミーシャもしょんぼりと頷く。
「その上で、私たちはレニの願いを叶えてやりたいと思っています。ですから……私たちは被害者ではありません」
「うん、共犯だねぇ。もう、どっぷりと」
 菊が苦笑まじりに言葉を引き継いだ。
「あのさ、騎士さん。あたしたちも当事者として、自分たちのしでかしたことの責任は取るつもりだよ。……そりゃま、ホントは嫌だけどさ」
 そう言って苦笑し、ちょっと言葉を切って、他のメンバーを見回す。
 迷いのある目をしている者は、一人もいない。
 菊は満足して、再び尋人に向き直った。
「だから騎士さん、「元被害者」のあたしたちに免じて、もうしばらく猶予をくれないか」


「……むッ、新手か!?」
 丘の向こうからやってくる人々を見遣って、裕輝が目を輝かせた。一条はうんざりしたようにため息をつく。
「だから、その発想はやめろってば」
「なぁに、また誰か来たの?」
 ブルーシートにごろ寝していたヴェルが、気怠気に身を起こして聞く。
 テントの傍らで新兵衛が立ち上がり、呟いた。
「本隊の到着、か」