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マジカルノーカ!

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マジカルノーカ!

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<part2 ふしぎなおどり>


 長テーブルの上に大量の野菜が積まれていた。
 人参、ゴボウ、白菜、キャベツ、レタス、キュウリ、ナス。ひとまず八百屋で手に入りそうな野菜はあらかた揃っている。これは、ロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)が持参した素材だった。
「随分とたくさん用意したのね」
 アリアンナ・コッソット(ありあんな・こっそっと)が野菜を眺めて言った。
 ロレンツォがうなずく。
「はい。健康のためには一日に三十品目を摂らなきゃいけないんですが、毎日そんなに種類を入れた献立を考えるのは大変でしょう? だったら、最初から三十品目をミックスした野菜があれば便利なんじゃないかと思ったんです」
「なるほどね。でも、あなたがこういう仕事をやりたがるなんて意外だわ。造物主の領域を侵すのは、あなたの信仰に反してるんじゃないの?」
 アリアンナは手の平で頬を抱えて首を傾げた。
 ロレンツォは野菜を二種類ずつ魔法鍋に入れて種を作っていく。
「エンドウ豆を品種改良して遺伝の法則を発見したのも、メンデルという司祭ですよ。品種改良は神への冒涜ではありません」
「ふーん。ま、あなたがやりたがるんだったら、お姉さんとしても協力せざるを得ないわね」
 アリアンナは腕まくりをするや、大工用具の詰まった道具箱を持ち上げた。
 畑に向かい、カナヅチやノミを振るって頑丈な野菜用ハウスをこしらえていく。こうしておけば、モンスターが襲ってきたときにしばらくは食い止められるだろう。
 ロレンツォは遠くからアリアンナの仕事ぶりを眺めながら、それに、とつぶやく。
「もし私が新しくなにかを創造できたとしたら、彼は少なくとも『万物』の創造者ではないということだ」
 これはロレンツォにとって、己の神学的葛藤について前進するための実験でもあった。


 アーサー ペンドラゴン(あーさー・ぺんどらごん)はクワを振り上げ、黒土の地面へと振り下ろした。
 土を寄せて綺麗なうねを作っていく。
 畑から立ち上る、穏やかな土の匂い。靴底に感じるやわらかな感触。土壌の湿気からか空気はいくらか冷気を含んでいて、肌に心地良い。
 それらを五感で感じていると、脳裏に浮かぶのは生前の光景。
 アーサーはクワを地面に突き立てて、額の汗をぬぐった。
「土に触れ、働くのは幼少以来だな。久しくこの感覚を忘れていたぞ」
「ふふ、楽しそうですね。アーサーはあまりこういうことには興味がないと思っていましたが」
 アラン・ブラック(あらん・ぶらっく)はうねに種を蒔きながら笑った。大豆とカボチャを合成した種だ。
「そんなことはない。たまには好奇心で冒険をするのも良いものだ。幼少のみぎり、義理の兄上と剣の稽古代わりにささやかな冒険をしていたのを思い出す」
 アーサーはレンコンとジャガイモから合成した種を、作ったばかりのうねに蒔いた。
「わしも若返った気分じゃ。生前は半農半兵の侍じゃったからのう」
 大洞 藤右衛門(おおほら・とうえもん)は物凄いスピードで畑を耕している。
 六十代後半の外見に、白衣、袴、クワ。恐らくはこの場にいる契約者たちの中で最も農民らしい風貌だろう。一人だけ見たら普通のお百姓さんにしか見えない。
 そして、畑の隅にひっそりと、最も農民らしくない風貌の者がいた。
 藤右衛門はその者に気付いてぎょっとする。
「お、おい、あやつはなんじゃ?」
 指差すと、アーサーやアランもその方向に視線をやった。
 メンテナンス・オーバーホール(めんてなんす・おーばーほーる)。奇怪な鉄仮面で顔をすっかり覆い、深紅の眼だけが覗いている。フードを被り、長い外套で身を包んでいるせいで、ほとんど体の露出がない。
 見てくれは怪しげな教団の信者か、暗殺者といったところ。全身から得体の知れない雰囲気が放たれていて、気の弱い人が目にしたら即行で逃げ出しそうな姿だった。
 そんな姿で、しきりにクワで畑を掘っていた。
「貴公! そこでなにをしておる!」
 アーサーはエストックのようにクワの先をメンテナンスに向けて声を張った。
 メンテナンスは土を掘りながら答える。
「ククク……、怪しい者ではありませんよ……」
「いや怪しいじゃろ! 怪しくない要素がまったくないぞ! 何者じゃ!?」
 と藤右衛門。
 メンテナンスは偽名を名乗る。
「余の名はノー・ソン。ここで仕事をしているだけですよ、ククク……」
「仕事!? さては死体を埋めに来たのだな!?」
 アーサーが詰問した。
「まさか。死体を始末するなら夜中に行きますよ。こんな視界の開けたところじゃなく、スラム街の路地裏とか、ね……。ククッ」
 メンテナンスは恐ろしいことを言いながら、手を休めず真面目に畑を耕している。その仕事っぷりは見事なもので、今すぐ脱サラしても秋田で暮らしていけるぐらい。
 アーサーもアランも藤右衛門も相手の正体や目的が掴めず、当惑するほかなかった。


「きゃははー♪ 次はこれいってみよー!」
 エリスが素材を手に、魔法鍋へと駆け寄った。急ぎすぎたせいで地面の凸凹につま先を引っかけ、転びそうになる。それを佐野 和輝(さの・かずき)がとっさに抱き止めた。
「ほら、はしゃぎすぎない。前に魔法薬が飛び散ったのも、薬を持ったままこけたからだって人に聞いたぞ。気をつけろ」
「うんうん、気をつけるー♪」
 エリスはちっとも懲りていない様子で和輝の腕から飛び出した。
 アニス・パラス(あにす・ぱらす)がエリスと並んで魔法鍋の正面に立つ。
「ねーねー、エリスっ。成長促進の魔法薬にアニスの陰陽術をかけてみてもいいかなっ?」
「どうなるの?」
 エリスは小首を傾げた。
「えっとね、成長がもーっと凄くなるかもっ。お野菜がどんどん大っきくなって、食べきれないぐらいにっ」
「面白そー! やろーやろー!」
「やったー!」
 盛り上がるアニスとエリス。精神年齢や性格が近いというのもあり、ウマが合うらしい。
「じゃーねじゃーね、やってみたいことがあるの!」
 エリスはそう言うや、お付きのメイドを呼んで何事かささやいた。
 メイドはうなずいて、畑から少し離れた原っぱに走り去る。そこには上園家の超大型トラックが何台も停まり、トラック部隊のようになっていた。
「んぅー……、なんかさっきから頭の回りを飛んでる気がするんだけどなー?」
 エリスは小さな頭をぐるぐる回して頭上を見回した。
 すると、氷結精霊のルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)がふよふよと浮かんでるのを見つける。身長15センチ。可愛い女の子。エリスのストライクゾーンど真ん中のど真ん中である。
「きゃーっ、かわいいいい!」
 エリスは手を伸ばしてルナを捕まえようとした。ルナはひらりとかわす。
「私は虫じゃないのですよぉ〜。ここでエリスさんが無茶しないか監視する、大事な任務があるのですぅ」
「よく分かんないけどかわいいいい!」
 もうエリスの口からは『可愛い』しか出てこなかった。頭の中身が完全にそれに占領されていた。
 そうやって待っていると、メイドがカートに乗せて丸い石のような物を運んでくる。
「なにこれー?」
 アニスは屈み込んで石を観察した。
 エリスが自慢げに説明する。
「恐竜の卵の化石っ。これとバオバブの木を合成して、アニスちゃんの陰陽術のかかった魔法薬で成長させたら、大怪獣バオバブーができるんじゃないかなっ?」
「わー! 怪獣!? 楽しそう!」
 アニスは跳びはねて目を輝かせる。
 だが、そこへルナが間延びした声で
「そういうのは良くないのですよぉ〜」
 と叱るのと、幽那が
「いい加減にして!」
 と怒鳴り込んでくるのが同時だった。
「ふぇ?」
 きょとんとするエリスに、幽那とルナが一斉に説教する。
「ちょっとは植物の気持ちになってみたらどうなの? 主催者として、参加者の無茶苦茶な合成を放置するどころか、自分が率先してでたらめをやるなんて駄目でしょ!」
「世界にはですねぇ〜、摂理がありますからぁ〜、あんまり外れたことをやるとしっぺ返しが来るのですよぉ〜」
 幽那は真剣至極だが、ルナはふよふよ浮遊しながら呑気に語るものだから緊張感がない。
 エリスは頬に人差し指を突いて首を傾げる。
「えー? でもでもっ、どんな合成しても植物は嫌がらないと思うのっ。生き物の目的って、殖えることだけだしっ」
 幽那が腕組みする。
「じゃあ、考えてみなさい。あなたが男の子と合成……じゃなくて結婚しろって強制されたらどう思う?」
「嫌ぁー! 男の子なんてぜんっぜん可愛くないもん!」
 エリスは青くなって縮み上がった。
 幽那が吐息をつく。
「そういうことよ」
「分かったぁ。ごめんね?」
 珍しく素直に非を認めたエリスだった。


「せっかく作るんだから、やっぱり食べられる物がいいよねっ!」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)がうねに蒔いている種は、マンゴーとプリンをかけ合わせた物だった。
 他にも苺と大福や、ブドウとキャンディーなど、甘味処総合本舗な状態。なにができるかなと想像すると、お腹がきゅうきゅう空いてくる。
「お野菜しか作れないというのが困りものですね。お肉は買って来なきゃいけないでしょうか……」
 ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は思案しながら、白菜と唐辛子を合成した種を蒔いていた。ヴァイシャリーまでは少し距離があるし、買い出しに行くのは大変そうだ。

 カムイ・マギ(かむい・まぎ)はクワで丁寧にうねを作っていた。園芸用品店で買ってきた白いプレートに苗の名前を書き、準備を万端に整えておく。
 すると、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が魔法鍋コーナーから駆けてきた。合成したばかりの種を手の平に載せて差し出す。
「でっきたよ〜♪ ボク特製、『モリモリの実』! 桃とリンゴをかけ合わせたんだよっ!」
「お、それは合いそうですね。早速蒔きましょう」
「うんっ! サトウキビと苺で『練乳苺』ってのも作ってみたよ! あまーい苺ができるかなー?」
 二人はわいのわいの言いながら、うねに種を蒔いていった。

「未散ちゃーん♪ 未散ちゃん未散ちゃん未散ちゃんっ♪」
「あーもー! ひっつくな! 動きがまったく取れん!」
 畑仕事中の若松 未散(わかまつ・みちる)は、エリスにむしゃぶりつかれて困り果てていた。パートナーの持ってきた洋菓子と日本の花を合成して種を作ったのだが、蒔くことすらままならない。
「お前は作業終わったのか?」
「終わったよぅ! でねでねっ、向こうに未散ちゃん専用のコスプレ用トラックがあるから、お着替えしよっ♪」
「そんなものあるのか! 怖いぞ! おまえ、いつも私専用のコスプレトラック引き連れてるのか!?」
「ふふーん、違うよぅ。今日は未散ちゃんに会えるかもって宇宙の電波を受け取ったから用意したんだよぅ」
「それも怖いぞ!」
 なんて言い合う二人を、若松 みくる(わかまつ・みくる)がじぃーっと横から眺めていた。
 エリスは未散にささやく。
「ねぇねぇ、あの子って、未散ちゃんのお友達?」
「ん? まあ、私の妹みたいなもんだ。仲良くしてやってくれ」
「それはつまり、あの子をもらっていっていいってことだよね! 分かった! もらっていく!」
 エリスはみくるに飛びついた。
「あーっ! もらわれないー! 未散たすけてー! あー!」
 半泣きになりながらコスプレ用トラックへと引きずれていくみくる。
「みくる、すまない……」
 未散は指でそっと自分の涙を拭いて、畑仕事を再開した。

「うーん……、ここの勾配を利用したら、防壁の量を減らせるかしらねー? そしてここにおびき寄せて……」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は周辺図と畑を見比べながら思案した。
「あなたも罠を仕掛けるつもり?」
 リーシャ・メテオホルン(りーしゃ・めておほるん)が尋ねる。
「うん。機晶爆弾で地雷を作ったから、それで一気にぼかーんっとね!」
 セレンフィリティはぐっと拳を握り締めた。
 リーシャは肝を冷やす。
「ちょっと、そういう危ないのは畑に被害の出ないとこに置いてよね」
「もちろんよ。リーシャはなにを仕掛けるの?」
「カカシが平和的でいいんだけど、どうやって作るかよね。素材は持ってきてないし」
 リーシャはそう言って、パートナーのマグナ・ジ・アース(まぐな・じあーす)を見やる。威風堂々としたロボットだ。
「ね、今日一日だけカカシにならない?」
「……ならぬ」
 マグナは頑と首を振った。
 セレンフィリティは畑の周りに防壁を築いていく。一箇所だけわざと守りを薄くし、モンスターの抜け道をこしらえた。そこに地雷を敷設する。万全の構えだった。


 十時頃になって、あらかたの作業が完了した。
 平らだった広大な畑には、何十列ものうねが綺麗に並び、大地に縞模様を描いたようになっている。種の横には、植えた人が分かるようにプレートが刺されている。
 畑の周囲にはセレンフィリティの張り巡らした防壁。といっても急ごしらえだから、岩と土を積んだものだ。
 全体は間に合わなかったが、畑の一部はアリアンナの建てたハウスで守られている。
 そして、リーシャが付近の森から切ってきた木で組んだカカシが立ち並んでいた。
 エリスが小さな拳を大空に突き上げる。
「終わったぁ♪ みんなー! じゃあ踊るよっ!」
「じゃあ踊るのか……」
 未散には、なにがじゃあなのかさっぱり分からない。
「れっつぷれいもじゅれーしょんっ!」
 エリスはみくるからもらった猫耳と尻尾をガキーンと装着した。魔法の杖を握ると、うねをぴょんぴょん跳び越えるようにして不思議な踊りを舞い始める。
 サーカスの卵踊りに似ているような、ベトナムの竹踊りにも似ているような、いややっぱりどこのなににも似ていない、奇妙なダンスだった。それもそのはず、エリスが独自に開発したエリス踊りなのだ。
「私も私もっ!」
 美羽がエリスの隣に飛び込んだ。一緒になって踊り始める。
「こうやって踊ってると、植物も元気に育ちそうな気がするよ!」
「でしょー? 人体から発生する楽しい波が植物の生長に役立つんだよぅ」
 エリスはなんの魔術的根拠もない持論をもっともらしげに披露した。
「どれ、わしもいっちょ!」
 藤右衛門も腰をからげて加わった。左右の手を交互に上げ下げし、えっちらおっちら歩き回る。彼がやっていると盆踊りにしか見えないが、本人は楽しそうだ。
「ボクたちも行こっ!」
 レキがカムイの手を引っ張った。
「え? 踊るんですか? なんのためにそんなことする必要があるんです?」
 戸惑うカムイ。
「恥ずかしがってちゃ果物は美味しくならないよ! ボク、カムイと一緒に踊りたいな! やろうよ!」
「う……」
 天真爛漫な笑顔でせがまれ、カムイは断れなくなってしまう。
 二人して踊りの列に加わった。
「未散うー。みくるたちも踊るの! にゃんにゃんダンスするの!」
 白猫獣人のみくるが跳びはねて急かした。
「ほらほらあ! うー! にゃー! うー! にゃー!」
 両手を一緒に何度も突き上げ、ひょこひょこと行進して踊ってみせる。
 未散はたじろぐ。
「わ、私もか? ていうかそのかけ声だと、にゃんにゃんダンスじゃなくて這い寄るダンスなんだが……」
「早くー! みんなで一緒にやらなきゃやーなのー!」
「うう……。仕方ないな……。えーい!」
 未散は目をつぶって体に力を込めた。超感覚の効果で猫耳と尻尾がぴょこんと生える。
「うー! にゃー! うー! にゃー!」
 エリスの後ろで這い寄るダンスをするみくる。
「にゃ、にゃあ……」
 顔を真っ赤にして恥ずかしがりながら、控えめに踊る未散。
 エリスはエリス踊り、美羽は美羽踊り、レキとカムイはレキ踊り、藤右衛門は盆踊り。なんの統一も取れておらず、まさに混沌としていた。


 そんな和気あいあいとした雰囲気の中、ディテクトエビルで警戒していたアニスがぴくりと肩を動かした。
「……あ! 敵が来るよ!」
「ついにか!」
 身を硬くする和輝。
 場に緊張が走った。踊っていた者たちもそのままのポーズで固まる。
 聞こえてくる地響き。見えてくる土煙。
 機動性の高いパラミタ猪の群れを先頭に、何百というジャイアントアントやオークの軍勢が詰め寄せてくる。その上空を強盗鳥の一群がわめきながら旋回している。
 パラミタ猪の群れが防壁に突撃した。だが乗り越えられないと知るや、雪崩を打って防壁の薄いところに流れ込む。
 セレンフィリティの仕掛けた地雷が爆発した。吹き飛ぶ猪。しかし他の猪たちは仲間の戦死に怯むことなく、なにかに取り憑かれたように畑へ侵入してくる。
 今度はセレンフィリティの仕掛けた落とし穴が作動した。
 何匹もの猪が落とし穴に転落する。あっという間に落とし穴は猪で埋まり、他の猪たちはその上を踏んで畑に押し入ってくる。
「もー、なんか怖いわよ!」
 セレンフィリティが電気を帯びた弾丸を猪たちに放った。なるべく殺さずに済むよう、足下を狙う。痺れて横倒れになる猪。
「魔法薬に当てられて正気を失っているようね」
 急降下してくる強盗鳥に、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が遠当てをぶち込んだ。闘気の塊に強盗鳥が吹き飛ばされる。
 強盗鳥が群れで押し寄せてきた。セレアナは光術を閃光爆弾代わりに使う。目をやられ、無茶苦茶に飛び回る強盗鳥たち。
「お肉屋さんが自分から来てくれるなんて!」
 ベアトリーチェがアルテミスボウから矢を放ち、パラミタ猪を仕留める。そんなことを考えている場合ではないのだが、頭の中ではこの素材を使った料理のイメージが膨らむ。
「ククク、始末してくださいな」
 メンテナンスがくいっと獣たちを指差した。
「はい!」
 彼の横で人形のように直立不動していた鳳 美鈴(ふぉん・めいりん)が、命令に従って猪の群れに突貫する。
 一際大きなパラミタ猪と激突し、牙を掴んでがっちりと組み合う。怪力で押してくるパラミタ猪。美鈴の足がずりさがる。
「はっ!」
 美鈴は牙から手を離すや、足を振り上げた。パラミタ猪の鼻面に強烈な蹴撃を繰り出す。パラミタ猪はうめきを漏らして昏倒した。

 パラミタ猪に引き続いて、ジャイアントアントの大群が詰め寄せた。蟻たちは守りの薄いところを捜したりせず、すぐさま防壁を這い上って畑に侵入してくる。
「もー! カカシが目に入らないの!?」
 リーシャが狩猟笛をジャイアントアントの胴に振り下ろした。キチン質の体が潰れ、体液が溢れる。
「目に入っているが気にしている余裕はないようだな。眼が狂っておる」
 マグナが混沌の楯で、ジャイアントアントの吐き出した蟻酸を防いだ。跳ね返った蟻酸が飛び散り、肌の焦げるような臭気が漂う。
「御免!」
 マグナはヴァーチャースピアをジャイアントアントに突き立てた。槍が胴を貫き通し、ジャイアントアントは六本の脚を痙攣させて事切れる。
 ジャイアントアントの群れが一斉にリーシャに襲いかかった。転倒し、群れに呑まれるリーシャ。大量の蟻がのしかかってきて抜け出せない。グロテスクな顎がギチギチと目の前で蠢く。
「マ、マグナ!」
「させぬ!」
 マグナは高速でリーシャに接近した。
 ジャイアントアント共を素手で鷲掴みにしてリーシャから引き剥がす。ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、リーシャを発掘する。
「平気か?」
「う、うん……」
 リーシャはマグナに手を借りて起き上がった。
「俺から離れるな。この戦い、単なる畑番といったところでは行かぬようだぞ!」
「そうみたいね!」
 二人は背中合せになって身構えた。

 敵味方入り乱れて戦う、契約者と獣たち。
 さらにオークの軍勢が到達した。棍棒や大刀を振り上げ、蛮声を上げてなだれ込んでくる。
「せっかくロレンツォが作ってるものを壊させはしないわ!」
 アリアンナは光条兵器の剣でオークに打ち掛かった。オークの大刀とぶつかり合い、金音と共に火花が散る。
「まるで戦場でありますな」
 上園家のトラックが何台も停まっている方から、大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)が息を切らして駆けつけた。なぜかほっぺたに赤い手形がついている。
 藤右衛門が作物に水をやりながら剛太郎を見やり、苦笑する。
「剛太郎も懲りんのう」
「なにを悠長に作業しているでありますか。非常事態でありますよ」
「かっかっかっ、このくらい、年寄りが出る必要はないぞ。ほれ、若い力を見せてみんか」
「相変わらずでありますな」
 剛太郎は畑の中央に陣取り、スコープを89式小銃に取り付けた。実際はアサルトライフルなのだが、自衛隊は軍ではないという建前から日本では小銃と言い張っているアレである。
 剛太郎は味方のいない遠方をスコープで狙い、オークの軍勢に銃弾の雨を浴びせていく。弾ける連射音。火薬の臭いが巻き上がり、空薬莢が散った。

「きゃー! きゃー! きゃー! むしー!」
 エリスはジャイアントアントに追い回され、死に物狂いで逃げ惑っていた。得意の召喚獣を呼び出す余裕も時間もない。ただただ走り、勢い余って無様に転ぶ。
 ジャイアントアントがよだれを垂らしてエリスにのしかかってきた。
「あわわわわ……」
 エリスは腰が抜けて立ち上がれない。
「この人食い蟻が!」
 和輝がレガースでジャイアントアントの頭部を蹴り飛ばした。ジャイアントアントは頭をよじりながら回転して地面を転げる。
「エリスはアニスと一緒に下がってろ!」
「う、うん……」
 エリスは這々の体で畑の中央へ逃げた。
「大丈夫? アニスたちは前衛向いてないんだよ」
 アニスはそう言って、キュゥべえのぬいぐるみに式神の術をかけた。
 念のため、自分たちの前にキュゥべえのぬいぐるみを立たせておく。いざとなったら時間稼ぎぐらいしてくれるだろう。
「皆さぁん、頑張るのですよぉ〜」
 ルナが怒りの歌を歌った。契約者たちの体に闘志が沸き起こる。
 じりじりと押し戻されていくオークの軍勢。それに焦りを感じたのか、巨体のオークが進み出た。
 剛太郎は急所を狙って射撃するが、鎧に弾かれる。鎧の隙間を狙うにしても、89式小銃では精度に限界がある。
「もっと近づかないと駄目でありますな」
 剛太郎は89式小銃に銃剣を取り付け、走り出した。
 敵と味方のあいだをかいくぐり、巨体のオークに接近する。金棒で打ち掛かってくるオーク。剛太郎は至近距離から鎧の隙間目がけて銃弾を叩き込む。
 鈍いうめき声を上げ、オークはゆっくりとその巨体を地に倒れさせた。