薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

早苗月のエメラルド

リアクション公開中!

早苗月のエメラルド
早苗月のエメラルド 早苗月のエメラルド

リアクション



LOST-5


「大分暗くなってきたな」
 冴弥 永夜はそう言って手に持っていたLEDランタンのスイッチを捻った。
 夜の帳が落ち始めている森の中を、アウトドアに最適な蝋燭の灯りのように演出された自然な光が照らしだした。
 パートナーが照らす光の道を歩くのは、緋宿目 槙子とロイメラ・シャノン・エニーアの二人だ。
 食糧が1食分しかないという事もあり、彼等もまた志位 大地らと別に食べ物を探しに出ていたのだ。
 先に島を散策していたターラ・ラプティスが一緒だったし、無限 大吾も行動を共にしている。
 それに幸い永夜はそう言う事に慣れていたから、水源を探すのもこれと言って時間は掛らなかったのだ。
 今彼等の両手は持てる分だけの飲み水で塞がっている。
 残りは恵みの雨か何かで貯めれば事足りるだろう。
 一仕事を終えた事で足取りも軽い彼等に続いているのは、小さなユウキ・ブルーウォーターだ。
 こっくりこっくりと船をこぐ息子に、リアトリスは座って目線を合わせ両手を伸ばしてやる。
「ユウキ」
 優しい声に促されて、ユウキは嬉しそうに父親の胸に飛び込んだ。
「ユウキ、くすぐったいよ」
 首筋に擦りつくユウキにリアトリスが笑う。
「パパ、良い香りがする」
「ホントに?」
「うん、ママが何でパパを選んだのかって分かってきた気がする」
「おませさんだねぇ」
 ターラがそう言って、釣られて皆が微笑むと、彼等の目線の先に温かい光が見えてきた。
「パパ、ボクさっき見つけた果物で何か作るね」
「ふふ、じゃあパパも頑張っちゃおうかな」
 流れてくる料理の良い匂いと、笑い声が彼等の帰りを待っていた。 





 永夜らが向かっていた場所から少し離れた森の入り口付近。
 そこに東條 葵を中心に何人かが集まって作業をしていた。
「カガチ、そこちゃんと持ってて」
 葵はそうパートナーの東條 カガチに指示すると、手に持っているロープをピンと張り、木に巻きつけて行く。 
 作っているのは今夜の寝場所だ。
 彼等に協力していた原田 左之助が持ってきた適当な蔓や葉を、矢張り適当に編むと寝転べる大きさにして木にぶら下げる。
 出来あがったそこに毛布を乗せれば見栄えも素敵な、割と立派なハンモックになっていた。
 あとはそれの繰り返しで人数分用意するだけだ。
 兎も角周囲は警戒出来るように自然破壊にならない程度に開いて置いたから、此処で眠る事は出来そうだ。
「これはこんな感じでいいかな?」
 パートナーの左之助が用意した蔦を三つ網に編んでいた椎名 真が、完成品を葵の前に持ってくる。
 何時の間にか葵はここの現場監督になっていた。
「うん、バッチリだ」
「はぁ、良かった。
 こういう面倒な事を毎朝やってる女の子達って尊敬するよ」
「確かにお前が執事じゃなく”めいどさん”だったらもうちょっと早かったかもしんねェな」
 笑う左之助に、真は素直に答える。
「そうだね、確かに兄さんの言う通りだ」
 伸びをしている真を後ろに、左之助は最後の材料を地面に置いた。
「材料はこれで大体全部だな」
「ああ、大分完成に近づいてきたな」
 芸術品を見る様な眼で完成品のハンモックを達を見ている葵に、カガチは溜息をついて座り込んだ。
「はー……何が”稼げるバイト”よ。
 何が”鯨”よ。
 ただ葵ちゃんが鯨見に行きたかっただけじゃないの!
 その上何がかなしゅーて無限ハンモック作り……

 ねー葵ちゃんよ、つるってこれ? こんなのでいいのー?」
「……もうちょっと綺麗にやって欲しいものだが」
「きれいに……」
「真に教えて貰いな」
「真くんたすけてー」
 パートナーに捨てられて、カガチは真にしな垂れかかった。
「カガチ、気持ち悪いよ」
「楽しそーだねぇ。
 おにーさん何やってるの?」
 笑いながらやってきたのは佐々良 縁だった。
 パートナーの佐々良 睦月と島内を適当に散策していたのである。
「かがちーハブられてんの?」
「葵ちゃんが、編むのへたくそだって」
「おぉ、これは酷い……」
 睦月に言われて、カガチはがっくりとうなだれた。
 そんなカガチから、睦月は真の手元へ視線を移す。
「まっこは上手だね」
「ありがとう」
 縁も睦月と同じように真の手元を見る。
「おーなんか凄いの作ってんね。
 手伝おっかー?」
 言っている言葉とは裏腹に、縁は地面に苺の絵を描いている。
 つまり……食べたいのだろう。
「暇こいてんなー
 猫の手でも借りたいわ」
「ん? 猫ならそこに」
 縁の指差した先に、魚をくわえて歩いていた一匹の猫――にしか見えないポータラカ人のンガイ・ウッド(んがい・うっど)――がこちらをじっと見ている。
「手伝ってくれるのかい?」
 カガチの申し出に、ンガイはお断りだとばかりににゃーんとひと鳴きすると、さっと身を避けて何処かへ消えてしまった。
 残されたのはカガチのため息だけだった。