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亡き城主のための叙事詩 後編

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亡き城主のための叙事詩 後編

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 十八章 されど愚者は闇へと消えていく

「終わり、ましたか」

 愚者はフローラの部屋でおこる一部始終を見終えて、そう呟いた。

「まだ、終わってないわぁ〜。最後の役者がこの場にいるんだからぁ」

 アスカの言葉に、愚者は苦笑いを浮かべる。

「……そうでしたね。ですが、ほとんど貴方様の言うとおりでございます。
 私は刻命城の者達を城主という呪縛から解放させたかった。契約者の貴方様方を招いたのも、その理由からです。
 そして魔剣の力は、思いを凝縮することにより死人を幻として生き返らせ、心の心を救うものです」

 愚者のその答えを聞いて、ルーツが問いかけた。

「では、二つ目の質問をしてもよろしいか?」
「ええ、どうぞ」
「二つ目は愚者自身についてだ……貴方の種族は何だ?
 地球人? 吸血鬼? それとも……シャンバラ人か?」
「シャンバラ人でした……と答えたほうがいいですかね」

 愚者は刻命城を懐かしそうに目を細めながら見て、言葉を紡いでいく。

「私はその可愛らしいお嬢さんの言うとおり。刻命城の城主だったものです。
 ……死して奈落人となり、元の自分の身体に憑依して今回のことを起こしたのですよ」

 愚者のその言葉を聞いて、ミスノ・ウィンター・ダンセルフライ(みすのうぃんたー・だんせるふらい)は問いかけた。

「生き返ったのなら、刻命城のもとに戻ればいいよね……。そうしたら全て済むことじゃなかったの……?」
「……戻る、ですか。それは無理ですよ。初めは良くても寿命があり、また別れがくることになります。
 この身体は所詮天寿を全うして死したもの。いつガタが来て動けなくなるか、崩壊してしまうのか。
 それは一年後か、それとも一ヶ月後か、もしかしたら明日かもしれないのですから」

 愚者の言葉を聞いて、シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)が言い放った。

「だから、大事な相手を失った悲しみや苦しみは、生き返ってきたことで消えるどころか更なる恐怖や迷いを生み出す。
 その恐怖や迷いをもう一度刻命城の従者達に与えないために、あなたは刻命城に戻らないというの?」
「ええ、その通りです」

 愚者は静かに微笑み、頷く。
 その愚者に最後に、と呟いてから問いかけたのはアスカだ。

「愚者さん。あなたはこれからどうするのぉ?」
「……そうですね。この身体が朽ち果てるその時まで、あてもなく旅をしようかと思います」

 愚者はそう答えると、その場から立ち去るために踵を返した。

「あー、愚者さん! ちょっと待ってー!!」

 しかし、自分のことを呼ぶ大きな声を耳にして足を止めた。
 その声の主は陽。彼は大きな花束を抱えて、愚者の前に現れる。

「はぁ、どうにか間に合った。愚者さん、これ」

 陽は手に持った花束を愚者に渡す。

「これは……?」
「劇が終わったら、役者さんにはお花を渡すもんだよね」

 満面の笑みでそう言う陽に、愚者は目を見開ける。
 そしてありがとうございます、と柔らかく微笑みながら礼を言った。

「では最後に、役者として締め口上を語らせて頂きましょう」

 愚者は芝居がかった口調でそう言うと、その場にいる契約者を見渡す。
 そして両手を目一杯開き、言葉を紡いでいく。

「刻命城に招かれた一流の名優達。
 彼らにより百年以上続いていた昔話は結末を迎えた。
 その勇気と知恵をもって霧の時代を終わらせたのだ――」

 愚者を照らすのは、スポットライト代わりの夜明けの光。
 それを浴びながら彼は、契約者達に向けて丁寧に礼を行った。

「これにて、今宵の劇は閉幕でございます。
 それでは、また――皆様とお会い出来る日を楽しみにしております」

 その言葉を最後に、愚者は花束と共に闇に溶け込むかのように消えていった。