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魔法少女をやめたくて

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魔法少女をやめたくて

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3/ 歯痒くて、悔しくって


「てめー、またかよ! いい加減にしろ、邪魔なんだよっ!!」
「まあ、まあ。ルーシーちゃん、落ち着いて」
 足許に、膝を折って崩れ落ちる少女がいた。
 ここは、キメラたちを迎撃するその戦場のど真ん中だ。かばうにしろ、逃がすにしろ純粋にただ戦況に及ぼす状況としてそれは正直、邪魔でしかない。
 だから、パートナーであるルーシー・ドロップス(るーしー・どろっぷす)の激昂も当然のことではある。それ自体は十分、彼女を制する側に立っている東條 カガチ(とうじょう・かがち)としても理解できるし、少女へと握った拳銃の銃口を向けるパートナーと同じ気持ちではあるのだ。
 かといって無論、彼女に蹲る後輩を撃たせるわけにもいかないのだけれど。
 彼らとともに並び立つ男──メンテナンス・オーバーホール(めんてなんす・おーばーほーる)によって間一髪の危機を救助された少女、彩夜は震えていた。
 命の危機に直面したたった今から、ではなく。ただ馬鹿正直に真正面から、闇雲にキメラへと向かっていくそのときの時点で既に。
 彼女の顔には、動きには怯えと迷いとがあった。戦闘の片手間に端から見ていてもわかるほどにありありと、それらは見て取れたのだ。
 そんな姿勢で向かっていって、合成獣たちはどうにかなる相手ではない。
 結果、他者の助けの手を少女は割かせることとなり。
 キメラの鋭い爪の一撃によってその肩と着衣とを引き裂かれ、押さえた傷口から滴る鮮血に、自身くずおれたその地面を赤く染めている。
 致命傷ではない。間一髪、メンテナンスの救援が間に合った。しかし、深手だ。肩口の柔肌に刻まれた傷からは、それをかばうもう一方の手に巻かれた白い包帯さえ真っ赤に濡らして、止まらぬ血が流れ続けている。
 早く止血をしないと、まずかろう。ここまでサイコキネシスを駆使して運んだメンテナンスの努力が、無駄にならないうちに。
 怯えた視線で、蒼い表情で向けられた銃口を見上げる少女には、手当てが必要だ。
「危ない!」
「!?」
 不意に、ぐったりとした彩夜の身体がふわりと浮きあがった。
 左右から、ふたりの少女に両脇を抱えられて。
 傷口に障ったか、苦悶に眉根を寄せながら、しかし彼女は再び助けられた。多少の痛みも、炎に焼き殺されるよりはずっといい。
 そうだ──カガチたちを背後から襲った、炎。キメラの放った、すべてを焼き尽くす劫火。その直撃から、彩夜は救われたのだ。
 失血に朦朧とし、痛みにひっかきまわされた意識では助けられたというその認識すら明確でないかもしれないけれど。
 彩夜は自力ではもう、立つこともおぼつかない。血を随分、流してしまったから。
 メンテナンスのパートナーたち、鳳 美鈴(ふぉん・めいりん)と、ミアリー・アマービレ(みありー・あまーびれ)のとっさの判断によって彼女は命拾いをした。ひとりでは、やられるだけだった。
「すまん!」
「いいんです! 放っておくわけにはいきませんから!!」
「そういうことっ!!」
 散り散りに火炎をかわし、ふたたびひとところに集結する。
 着地の瞬間、自身を支えきれず、がくりと彩夜の膝が崩れ落ちる。
「あー、もう。マジ、こいつ使えねえな。とっととどかせ、じゃねーと撃ち抜くぞ」
「ルーシーちゃん、よしなって」
「ごめ……ん……な、さ……い……っ」
「はん」
「彩夜ちゃん」
 吐き捨てるルーシー。しかし彩夜はか細い声でただ、謝るばかり。
 それしかできない自分に、泣きそうになっている。
「彩夜ちゃん、しっかり。今、止血しますから」
「加夜、せん、ぱい」
「喋らないで」
 駆け寄った、火村 加夜(ひむら・かや)が手早く、彼女の傷口に手当てを施していく。
 やはりカガチやメンテナンスの見立てどおり、この肩の傷は深い。骨には達していないのがせめてもの救いだが、ぐったりとした彩夜は受け答えすらもう、ままなっていない。
「ま、そりゃそうなるよねぇ」
 カガチの呟きにただ、虚ろな瞳を向ける。
 ミアリーと美鈴が支えてくれていなければ、抱き寄せるようなかたちで加夜が施し続ける治療のさなかでさえそのまま、彼女は倒れてしまいそうだった。
「なんの覚悟もなくて、迷ったまんまじゃそうなるのは当然だってこと。実際今のあんた、邪魔と足手まといにしかなってないでしょ?」
「ちょっと……今は、そんなことを言わなくても」
 ミアリーが口を尖らす。けれどカガチは意に介することなく、言葉を続ける。
「厳しいこと言うようだけどさ、あんたがいなくても、なんとかなるんだよ。少なくとも、彩夜ちゃんが自分自身の『弱さ』ってやつがなんなのかちゃんと気付いて、それをどうにかしないかぎりは。でなけりゃ、今ここにいる必要性はないよ」
「お前……」
 額に汗を浮かべ、頬に水色の髪を張りつかせた彩夜は声も発せず、その言葉を聞いていた。
 メンテナンスがカガチに厳しい視線を向けるものの、彼もまたカガチの言が正しいこと、一理あることを理解している。なによりこのまま彩夜をここに残していたとて、戦力となる保証はない。
 心身ともに、このままでは。
「……? 彩夜、ちゃん?」
 やがて、一心不乱に彼女の傷口へと治療を続けていた加夜は、微かに彩夜の漏らした呻くような声に気付く。
 それは、嗚咽。苦痛とも違う、自分自身の不甲斐なさへの涙とともに漏れ出た、歯痒さの声。
「……っ、ふ、……」
「彩夜ちゃん」
 どうして、自分はこうなのだろう。自分は、どうすればいいのだろう? 答えのわからないその自問が、あとからあとから土埃に汚れてしまった頬へと、涙を伝わせる。
 こんなに、皆に迷惑ばかりかけて。足手まといになって。ひとりだけぼろぼろになって、治療までしてもらって。
 彩夜には力もなければ、覚悟だってない。先達たちの言うとおりだ。
 戦うこと。生まれた時から、やらなければいけないと義務付けられてきたことなのに。
 そういう彩夜が、やらなくちゃいけない戦いなのに。
 なにもできていない。どうしてこんな自分が、やらなくちゃいけないんだろう。その事実と、そう思ってしまう自分が情けなくって。
 もっとずっと、先輩たちのほうがしっかりやれる。
 自分から望んだわけでない彩夜なんかより、ずっと多くのものを護れるし、救える。
 一体、どうしたらいいんだろう。なんにも、できやしないのに。
 わからないよ。
「大丈夫。大丈夫よ、彩夜ちゃん」
 ここに自分はいるべきではない。彩夜はそう思った。
 いたって、なんにもならない。なんにも、できない。向いてないし、もっとうまくやれる人たちがいるんだ。迷惑をかけるだけなんだ。
 わたしがやらなくたって、いい。わたしがやらないほうが、いいんだ。
 役目よりもやりたいことがあった。やりたくない、自信のない役目だった。だからそれは彩夜にとって、望んでいた結論のはずなのに。
 加夜が、治療を続けながらもいたわってくれている。
 先輩たち三人に背中を擦られながら、零れる涙が止まらない。
 自分に力のないことが。覚悟のないことを、突き付けられているこの現状が。どうしようもなく、辛い。
「別に、泣くことなんてない。いいんじゃないかな、って思います。彩夜ちゃんがやりたいことをやれば、それでいい。そのために、何を選んで。何を選ばなくても。誰にも責める権利なんて、ない」
 しゃくりあげて、零れる涙をこらえようときつく両目を瞑って。
 彩夜はその声を聞く。
 穏やかで、今の彩夜にはない強い意志に満ち溢れたその声ははっきりと、彩夜の耳を打つ。
 とん、とん、と。剣で肩を軽く叩きながら、その言葉の主は微笑とともに、彩夜たちの前に立っていた。
 背中越しに、傾けた横顔でこちらに視線を流していた。