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【蒼空ジャンボリー】 春のSSシナリオ

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【蒼空ジャンボリー】 春のSSシナリオ
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リアクション

 風に乗って街の方から12時を告げる鐘が響いてくるなか。
「うっふっふっふっふー ♪ 」
 アンネリーゼ・イェーガー(あんねりーぜ・いぇーがー)は上機嫌で林のなかの遊歩道を歩いていた。
 いやもうこれはスキップだろう。彼女は軽やかに、すべるように進む。ついには木漏れ日のなかをくるくるっと回転して、ぴたっと止まった。ダンスのステップのように華麗に。
「あーちゃん、ご機嫌ですね」
 そう言ったのは笹野 朔夜(ささの・さくや)ならぬその身内にいる奈落人笹野 桜(ささの・さくら)である。朔夜はこちらへ来て早々にたちの計画を知り、その手配に午前中いっぱいアガデの街じゅうを走り回った結果、今は桜に体を預けて休んでいた。
 どこか満足そうな様子で眠っている朔夜の様子に、桜はふふっと笑う。
「当然ですわ。またあの騎士さま方にお会いできるのですものっ」
 アンネリーゼはすまし顔で答える。
 彼女の言う「騎士さま方」というのはただの騎士ではない。東カナン国で領主家の次に権力を持つ12騎士を指す。かつて内乱に陥った東カナンを武力統一し、失われたアガデ家に代わってハダド領主家を興した始祖の側近だった12人を先祖に持つ、由緒正しい家柄の、いわば騎士のなかの騎士たち。
 アンネローゼは以前、ザムグの町の近くのアナト大荒野で開催された『東カナン共催 シャンバラ・サンドアート展』で偶然にも彼らと知り合いになっていた。
 桜たちと3人でテラリウムを販売していた店に、アンネローゼが彼らを招いたのだ。そして彼らに店の売上げは全額東カナン復興のために寄付するのだと話すと、彼らはアンネローゼの手を持ち上げてそっと甲にキスをした。
『なんと高潔なお嬢さんだ』
 と。
「……ああ、今思い出してもすばらしい御三方でしたわぁ」
 そのときのことを思い出し、うっとりとした表情で目を輝かせる。
 彼女は、朔夜が生花店で花を手配したり布生地店で装飾用のタティングレースなどを注文したり配送の手配をしたり等々精力的に動いているのを横目に、1人せっせと招待状を作成していた。
 美しい薄紅色のレース模様のカードにカリグラフィーの文字で丁寧にひと文字ずつ綴った招待状に、桜からのアドバイスできれいな押し花を添える。そうしてそれを城の伝令係の少年に渡して、12騎士家に届けてもらったのだった。
「ああ。早く騎士さま方にもう一度お会いしたいですわ」
「皆さんお忙しい方ばかりですからね。来ていただけるとは限りませんよ?」
 こんなに喜んでいるのだ、桜も水を差したくはないのだが、あまりの熱狂ぶりに少し心配になって注意を入れる。あんまり期待しすぎると、思いどおりにいかなかったと知ったときに陥りかねないアンネリーゼの落胆ぶりが気になった。
 しかしアンネリーゼは全く意に介さない。
「絶対来てくださいますわ! だってあの騎士さま方ですもの!」
 両手の指を組み合わせ、絶対信じて疑わない笑顔のアンネリーゼに、桜は内心祈った。彼女の望みがかないますように……。
 はたしてその願いは聞き届けられた。
 礼拝堂の前に集合している者たちのなかに、正装衣を着た12騎士が集結していたのだ。
「まあ! まあまあまあ!! わたくしの騎士さま!!」
「やあ、お嬢さん。おひさしぶりだねぇ」
 歓声を上げて駆け寄るアンネリーゼを見て、長い黒髪をうなじでひとくくりにした男が、これまたうれしそうに破顔した。彼女の手をとり、あいさつのキスをする。
 騒ぎを聞きつけて、少し離れた所で会話をしていた2人の騎士が彼女に気付いて寄ってきた。彼らについて着たのがさらに2人。
 彼らに取り巻かれてちやほやされて、アンネリーゼは有頂天になっているようだった。
(これは……)
 まさか12騎士全員が応じてくれるとは。内心驚いている桜の前に、薄くあごひげを生やした黒髪の男が寄ってきた。
「あなたが笹野殿ですね。はじめまして。ミカーティー・シャイフ・ハリファといいます」
「はじめまして、ハリファさん」
「どうぞミカとお呼びください」
 あいさつの握手のあと、少し恐縮しながら12騎士全員が招待に応じてくれたことに礼を言うと、彼は笑って手を振って説明をした。東カナンの危機の際、コントラクターがどれだけ尽力してくれたかを知らない者はいないと。そんな彼らに好意を持たない者はこの城にはいない。
「その上、先日はわが領母とうちの坊主の面倒をよく見ていただきました。われわれ一同、笹野殿には心から感謝しています」
「いえ、あの……」
「われわれにできることなら何でもお申しつけください。微力ながらお力にならせていただきましょう」
 そんな大げさな、と辞退しかけて、桜はふと、あることを思いついて動きを止めた。
「ええと……それなら、少しお願いしてもよろしいですか?」
「なんなりと」
 ミカは満面の笑顔でうなずいた。


*            *            *


 礼拝堂の祭壇の前で。
(うう〜……緊張するなぁ……)
 月谷 要(つきたに・かなめ)はタキシード姿で立っていた。
 彼の周囲では数十人の召使いたちが走り回っていて、花を飾ったり布を飾ったり、忙しそうに立ち働いている。皆、奥宮の召使いたちだ。奥宮で働く彼らはもともと優秀である上、先日領主の婚儀を執り行った経験もあって、その動きは迅速だった。みるみるうちに式場は美しく、豪華に仕立てられていく。
 しかし今の要の耳にも目にも、そんなものは入ってこない。
 今、彼の神経はのど元に集中していた。苦しい、息がしづらい、ネクタイを引っ張って緩めたい。
「おっとっと。だめだぞ、親父。せっかくの衣装がだいなしになるからな」
 心中を読み取ったように、八斗が笑った。彼は普段着から制服に着替えている。制服は学生の礼服。いつもの格好なので全然気楽だ。
「ここに鏡ないし。俺は直してやんないぞ」
 その生意気な口調に、しかし今の要には返す余裕がなかった。
 こんなこと初めてだし、なんか思ったより全然すごい人いっぱいいるし、えらく豪勢になってるし。彼が緊張する要因はいくらもあるのだが、なかでも一番なのは、悠美香が現れないかもしれないということだった。
 この結婚式、ほとんどサプライズに近い。彼女にはここに来るまで何も教えなかったのだから。
(八斗は、ちゃんとルーさんと一緒に準備してるようなこと言ってたけどさ)
 計画していた自分ですらこんなに心臓バクバクなのだ。何も知らされていなかった彼女がパニック起こして逃げたとしても責められない。
 そんな要を、ぽん、と八斗がたたく。
「まあまあ親父。もうちょっと気楽にしろよ。ほら、深呼吸して。今にも倒れそうになってるぞ」
「……おまえ、ずい分楽しそうだな」
「えっ? そ、そんなことないよっ」
 こほ、と空咳をしてごまかす。でもズバリそう。
 だっていよいよ自分が誕生するフラグに至る道に運命が流れ出したと思うと、これが浮かれずにおれようか。
(特にこの前の敵の襲撃で今はそれどころじゃないって流れになったときは、俺が来たからってここまで運命って変わるの?? とかあせっちゃったもんね)
「あ、そーだ。親父、ルー姉が「明日は赤飯炊いてやる」って」
 瞬間、ブッッと要が吹き出した。
 気管に入ったか、そのままゲホガホゴホッとむせこんでいる。八斗には「?」だ。ルーフェリアは「俺の誕生フラグが立った ♪ 」と喜ぶ八斗を見て「じゃあ赤飯炊いてやるか?」と茶化して言ったのだが。そのやりとりを知らない要にしてみれば、まぁこうなるのはあたりまえか。
「お、おま……っ、それ――」
 ようやく声が出せるようになった要の耳に、厳粛な音楽が聞こえ始めた。
 気付けばいつの間にか祭壇には女神官が神官補佐と立っていて、みんな信徒席に着席している。
 12騎士が剣のアーチを作ると同時に扉が引き開けられ、悠美香とネイト・タイフォンが姿を現した。
(まさか、こんなことになるなんて)
 父親役を務めるネイトに手を預け、ゆっくり、一歩ずつ祭壇へ近付く間、悠美香は伏せ目がちに今までの日々を思い出していた。
(初めて会ったときどころか契約したときにもまさかこんな風になるとは思ってもいなかったけれど……ある意味、必然だったとも言えるのかしら?)
 要は、横にいるのがとても自然に思える人。触れて、伝わってくるそのぬくもりに安心できて……。
 ネイトが立ち止まり、彼女の手が要に渡される。
 面映ゆそうに笑んでいる、要もきっと同じ。こうして手を重ね合わせて、互いのぬくもりが溶け合ってひとつになっているのを感じるだけで、うれしい。
 2人は式の間じゅう、互いの手を放さなかった。
 取り合った手に、女神官が祝福の聖水を垂らす。いついかなる時も、この手が離れることがないように。
 とりすました顔で歩み寄ってきた八斗が差し出したクッションの上に乗った指輪を、見つめ合いながら互いの指にはめる。
(そうね、ルーさん。これは本物の誓いだわ)
「良き時も悪しき時も、富める時も貧しき時も、病める時もすこやかなる時も、死が二人を分かつまでともに歩み、愛を誓い、互いを想い、互いに添うことを誓いますか?」
「「誓います」」




 剣のアーチをくぐり抜け、外に出た2人を待っていたのは、フラワーシャワーだった。
 桜が前もって用意して、式の前に配っていた物だ。
 フラワーシャワーと聞けば、おそらく100人が100人、空からひらひらと舞い落ちる花や花びらの雨を想像するだろう。風に舞い散る花。周囲に香るほのかなフレグランス。
 しかしこれはそんなに甘くない。
「古来より地球では、花婿さんが伴侶を守れるたくましい方になれるよう、花婿さんには力一杯投げつけるのが良いのですよ ♪ 」
 ここが東カナンで、だれもそんな慣習知らないことをいいことに、桜はあることないこと吹き込んだ。おかげで十数人の召使いたちは力いっぱい花(しかも造花)を投げつける。
 もちろん、式に参加した全員もだ。
 そんな慣習どの国にもないだろ、とだれ1人ツッコミを入れる者はなく、ニヤニヤ笑ってめいっぱい花を投げつけた。
 なぜか八斗も。
「リア充は末永く爆発しちゃえ〜 ♪ 」
「……うぷぷぷぷっ!!」
「要!?」
 驚く悠美香の前で要が集中砲火を浴びる。
「いてっ! いてえっ!! だれだ!? 種モミぶつけてんのは!?」
 花に混じってぶつけられた(というかエアーガンで撃たれた)種モミに押されて後ろによろめいた要を、さらに12騎士による全力の花投げが襲う。前後からはさみ討ちで、全く容赦がない。
しかもこれ、全員が全員ナイスコントロールとはいえないので、となりの悠美香にもとばっちりがきた。
「……ちくしょう! 行くよ、悠美香ちゃん!」
 悠美香まで巻き添えをくっているのを見て、彼女の手をとるやいなや要は中央突破をかけた。
 笑顔で道を開ける人々の前を、2人は走り抜ける。
「……なんつー結婚式だ」
 そう思うのに、ふつふつと笑いがこみ上げて。どちらともなく笑い出す。
 2人は笑って、笑って、手をつないだまま駆けて行った。
 背中で祝福の声と拍手を聞きながら。