薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

【第一話】動き出す“蛍”

リアクション公開中!

【第一話】動き出す“蛍”

リアクション


}第十二章VS重装甲タイプ戦(決着編)
『ひとまずはこれで大丈夫なはずだ……ただし、歩かせる程度だが……すまない』
「謝ることじゃない。むしろ、俺は感謝してんだぜ。何せ、たったこれだけの短時間で光龍を動かせるようにしてくれたんだからな」
 敬一が十分に安全な位置まで離れたのを確認し、垂は光龍のコクピットでペダルを踏み込んだ。ペダルを通じて伝わる動力を受け、光龍が腕立て伏せの要領で身体を起こす。
 ひとまず無事に光龍が起き上がれたのに安堵すると、垂はコクピットのモニター越しに敵機を見据える。モニターに表示される敵機の映像の右下にウィンドウが立ち上がり、『SOUND ONLY』の文字が表示されるとともに敬一の声がスピーカーから流れ出す。
『バッテリーの出力もそうだが、本格的な工具を使って正式な形で取り付けたわけではないからな。今の光龍は機動時間もパフォーマンスも最低限のものしか出せん。気を付けてくれ』
 無線を通してコクピットに聞こえてくる敬一の声に頷き、コンソールに表示された各部の状況を一瞥すると、垂もマイクに向けて声を出す。
「了解。ま、あれだけ痛烈なパンチをくらったんだ……立って歩けてるだけ御の字だと思ってるよ」
 返事と共に垂が光龍の腕で敬一に敬礼を返すと、敬一のウィンドウが消えて二人の会話が終わるのを見計らったように、『SOUND ONLY』の反対側――画面左下に新たなウィンドウがポップアップし、悠の顔が表示される。
『修理は済んだようだな』
「おうよ。今じゃすっかりこの通り、だぜ」
 快活に返事をする垂。だがその内心では不安が渦巻いていた。
(頼むぜ光龍……持ってくれよ……)
 そんな垂の内心とは対照的に、悠は淡々と語りかける。
『朝霧、仕掛けるぞ』
「あ……ああ!」
 垂の返事に生じたほんの僅かなラグ。普通の相手ならばそのラグに気づきもしないだろう。
 だが、悠はそのほんの僅かなラグから何かを敏感に察したようだ。
『どうした? 何か心配事でもあるのか?』
 相変わらずの淡々とした表情と口調。まさにプロフェッショナル軍人然とした、いつもの悠だ。
 しかし、そんな中に悠なりの気遣いを感じて垂は苦笑するとともに肩をすくめる。
「やっぱ敵わねぇな……月島には」
 苦笑してそう呟くと、垂は真剣な顔になって続ける。
「さっきのパンチで光龍が動力源をやられちまったのは知っての通りだ。幸い、三船のおかげで応急修理は済んだが……正直、今の出力じゃ切り札のイコン用光条サーベルは使えそうにない。一応、起動はできるが、光条の刃を出そうもんなら機体のバッテリーが上がっちまう。幸い、ビームキャノンの方は銃身自体にエネルギーパックを装填する仕組みだから、まったく武器がないってわけじゃないが」
 通信用ウィンドウの中で難しい顔をする悠を横目に見ながら、垂はもう一度紺コンソールに表示されている各部の状況に目を走らせる。
「光条の刃を出せたところで1秒……いや、0.5秒がせいぜいだ。しかも、イコン用光条サーベルはエネルギーをかなり食うからな……起動時は瞬間的にバッテリーの出力を最大値まで上げないといけなさそうだ――んでもって、そんなことをすれば今度はバッテリーがショートして煙を噴いた挙句に焼け付いちまう。今、この状態でイコン用光条サーベルを使うとしたら……最小限の出力で動いて零距離を取った後、最大限まで出力を一瞬で跳ね上げて、バッテリーが焼け付く前に振り抜くしかねえな」
 深刻な状況を伝えている分、努めて冷静さを保とうとしているせいか、垂の声はいつも以上に淡々としていた。そんな垂に負けず劣らず淡々とした声で悠も返す。
『なるほど。委細は了解した――まさに分の悪い賭けというわけか』
 その一言に垂は再び苦笑する。
「ま、そんなところだ。俺としても分の悪い賭けは嫌いじゃないんだけどな」
 そう返す垂の顔は苦笑を通り越して、もはやどこか諦めたような顔になりつつあった。
「ざっと計算した限りだと……成功率は10パーセントってところだ。しかも、俺たちの作戦はイコン用光条サーベルありきだから、作戦そのものの成功率も似たようなもんだろうよ」
 諦め、観念したように笑うと、垂は操縦桿から手を放して再び肩をすくめる。垂が泣き笑いのような表情で唐突にまた新たなウィンドウがポップアップした。
 悠の真上――画面左上に出現したウィンドウに映っていたのはハーティオンだった。ウィンドウ一杯に映し出されたハーティオンの顔に驚く垂が我に返るのを待ってから、ハーティオンは口を開いた。
『いきなり口を挟んですまない。だが、忘れないでくれ――私も、ドラゴンランダーも、鈿女も、スマラクトヴォルケのパイロットたちも、そして朝霧のパートナーであるその少女も皆、心から信じているはずだ……朝霧ならばきっとやり遂げてくれると』
 するとその言葉に呼応するようにして立て続けに三つものウィンドウが新たに立ち上がり、それぞれの画面の中で翼、ネル、那未の三人が垂へと言葉を贈る。
『ボクも信じてるよ。垂くんなら大丈夫だって』
『私も同感ですわ。私の知る朝霧さんは、どんな苦境だって乗り越えてきましたもの』
『わたくしも信じます。そして、この命を朝霧さまに託します』
 三人が言葉を贈り終えると、満を持して悠が口を開いた。
『本来ならば私に関しては言うまでもないが……あえて言おう。信じているぞ、朝霧――心の、底から』
 スマラクトヴォルケの四人から贈られた言葉を噛みしめる垂。しばらく言葉を噛みしめていた垂は、やがて自分を見つめる視線に気づいて振り返る。
「ライゼ……」
 振り返った垂に向けて満面の笑みで微笑むと、ライゼは弾けるような笑顔とともに告げる。
「何があっても信じてるよ。だって垂だもん!」
 ライゼからの言葉も加わり、遂に感極まって落涙しそうになるのを堪える垂。そんな彼女に微笑みかけるハーティオンの顔が映るウィンドウが再びモニターに立ち上がる。
『たとえ成功率は10パーセントでも、私たちが一人10パーセントずつ信じる心で補えば……八人、即ち90パーセントになる! 後は垂、他ならぬ君が君自身を信じれば100パーセントだ!』
 一片の臆面もなく言い切るハーティオンに一瞬唖然とする垂だったが、すぐに声を上げて笑い出すと、いつもの覇気を取り戻して豪快に応える。
「おもしれぇ! そういうことなら信じてやるぜ! 他ならぬ……俺自身をな! どうだ! これで100パーセント、なんだろ?」