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All I Need Is Kill

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 九章 急転直下

 十六時十五分。空京、外苑の廃倉庫。
 変わらず激しい戦いが続いているその戦場で、現代の部隊に教会の調査組からの連絡が入ってきた。
 それは神隠し事件の真相。それと、やっと姿を現した第三勢力。それらの情報は戦場のなかでも、瞬く間に広がっていく。
 しかし、情報を手に入れても、黒幕が出現しても、戦闘は終わらない。未来の部隊が、現代の部隊に対して攻撃を仕掛けるからだ。
 今、その部隊の先陣で攻撃を仕掛けるエヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)は、自分が経験した未来では死んでしまったパートナー、桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)と戦っていた。

「煉、そこをどいてくれ! あの子が死ねば皆助かるんだよ!
 お前がいない未来なんてあたしには耐えられないんだ!」

 そう叫ぶエヴァの右目にはバイザーが装着されてある。
 強制契約解除。いわゆるパートナーロストの影響で失明したからだ。

「一人の犠牲で惨劇の未来を防ぐ、か。……悪いな、俺はそんなやり方認められない」

 煉は機晶剣『ヴァナルガンド』で、エヴァの念動式パイルバンカーの強力な一撃を受け止める。
 そうして至近距離でエヴァを見つめながら、意思のこもった強い声で言い放つ。

「これ以上、誰も犠牲になんてさせない。
 甘い考えだと思われようと関係ない。俺はこの信念を貫き通してみせる」

 煉が機晶剣でエヴァのパイルバンカーを弾く。
 そして、その近くにいたホープに声をかけた。

「本当の敵は分かった。なら、そいつらを倒さないか?
 ナタリーが核だというのなら、彼女をそいつらに渡さなければいいだけだ」
「……無理ですよ。あの人達は狡猾で用意周到で、とにかく強い」
「勝算はある。本来の過去にはいなかった君達の存在だ。
 そう、俺達が協力すれば未来を変えられると思わないか?」

 ホープの動きが僅かに止まる。
 煉は続けて言葉を紡いでいく。

「だからホープ、君が犠牲になる必要なんてない。俺達の力で未来への道を切り開くんだ!」

 煉の声が周囲に響き、近くにいた人達の戦闘が止まった。
 エヴァが少しばかり考えて、煉を見ながら口を開いた。

「……煉ならそう言うと思ったよ。解った、あたしも腹をくくるよ」
「エヴァさん……!」
「ホープ、あんたもがんばってみないか? ハッピーエンドな未来へ変えるように、さ」

 エヴァの言葉に、三人の周囲の行動が止まった。
 皆、ホープに視線を集中させる。そんななか、一人の男性が周囲から一歩足を進めて、ホープに近寄る。

「……俺も賛成だよ。ホープ」
「ライガさん。あなたまで裏切るんですか……!?」

 ホープは険しい目で、ライガを見た。

「君からは裏切り者と罵られるのは覚悟の上さ。
 それでも、誰かの犠牲の上の平和は……違うと思うんだ」

 ライガはそこまで言うと、いや、と首を小さく左右に振り、言葉を紡いでいく。

「いや、それは建前か……俺はただ、君を助けたいんだ。
 自分で自分を殺すなどという、悲壮な覚悟を持った君を救いたい」

 ライガはそう言って、立ちすくむホープに手を差し伸べる。

「だから、頼む。俺に、俺達に――君を救わせてくれないか?」

 ホープの切れ長の瞳と心は、その手を前にして、大きく揺らんでいた。

 ――――――――――

 そんな戦場の様子をずっと眺めていた者達がいる。
 廃倉庫の屋上にて、他の誰にも気づかれないように隠れていたヴィータ達だった。

「面白そうだから眺めてたけど。これは、ちょっと不味い展開かなー」

 戦況を見て、ヴィータは困ったように呟いた。

「今、協力されちゃうとちょっち面倒よね。ってことで、ハツネちゃん。アレ、頼める?」

 ヴィータはハツネのほうを振り向く。
 ハツネは変わらず不気味な笑顔を浮かべたまま、かぶりを振った。

「クスクス……お安い御用なの」

 ――――――――――

 もはや周囲の行動はすでに止まり、ただホープの返事を待つのみとなっていた。

「答えを聞かせてくれないか? ホープ」

(この人達を信じてみても――)

 ホープがそう思い、ライガの手を掴もうと、手を伸ばす。
 だが、彼女が彼の手に触れるよりも先に、彼の身体のあちこちが穿たれた。

「……え」

 突然のその光景に、ホープが声を失う。
 それはハツネのフラワシ。ギルティ・オブ・ポイズンドールの嵐と粘体の能力による触手の刺突攻撃。
 だが、フラワシは降霊者にしか見えないので、周囲の人達には誰がライガを攻撃したのしか分からない。

「ああああああああああああああああああああ!!」

 ホープが目の前の惨状に、悲鳴をあげた。同じく、周囲の者達にも動揺と疑心暗鬼が伝播する。
 ライガは攻撃された? でも誰が? 敵対している部隊が? 現代の部隊の誰かが?
 動揺によって思考は短絡的なものとなり、周囲の者の疑いは敵対する部隊に向けられた。

「また私が盲目的に他人を信じて、仲間の命を失ってしまった……!」

 ホープは涙を零しながら、標的を現代の部隊へ向けて魔法陣を展開する。
 それに連動するように、他の未来の部隊の隊員も、現代の部隊へ武器を構えて突進する。
 また、戦いが始まる。もう少しで、和解できたかも知れないのに。

「違、う」

 ただ、当人のライガのみが理解をした。
 これは現代の部隊の攻撃ではないと。これは和解を中止させようとした者からの攻撃であると。おそらく黒幕からの攻撃であると。
 そう考えた彼はそれを伝えようと、戦いを止めようと大きく口を開き――。

「……修正された未来は所詮、貴方がただけに都合の良い未来」

 ライガの身体を短槍が貫く。
 それは人知れず彼に近づいた、グラニアの短槍だった。

「それによって不幸になる人間が生じても、貴方がたは顧みることはない」

 グラニアは反対の手で持つ短槍も、ライガの腹部に勢い良く突き刺す。

「その様な未来は醜いだけです」

 ライガは耳元でそう呟くグラニアを知っていた。
 空京の惨劇でパートナーを失い、共に十年後からやって来た同じ部隊員。

「……なん、で? 君は、俺達の、部隊のはず……」

 ライガの声はグラニアにしか届かないほど小さい。

「そうですね。確かにあなたがしようとしたことは、正しいことなのだろうと私も理解します――しかしながら」

 ライガの身体を貫いた二本の短槍の先には、小腸や肝臓が引き出され、残酷な湯気を立てる。

「正しいことが、私の為そうとしている事と同じとは限りませんわ」

 グラニアは二本の短槍を引き抜き、自らの血溜りに倒れていくライガに向けて、そう呟いた。
 彼女もパートナーロストから奇跡的に立ち上がった者の一人。だがその時の影響で、身体が欠損する代わりに、心が壊れてしまったのだった。

「あの人が死んで、助けても私の居場所がないのなら」

 グラニアはより一層激しくなった戦場を見て、静かに嗤う。

「全て全て全て全て全て全て全て全て壊れてしまえばいいのです」

 ――――――――――

「きゃは♪ なんだかあの子のおかげで予想以上に成功しちゃった」

 廃倉庫の屋上でヴィータは嬉しそうに笑う。

「クスクス……ハツネも、がんばったよ……」
「うんうん、それも分かってるよ。いい子いい子♪」

 ヴィータはハツネの頭を優しく撫でる。
 そうしながら、他の第三勢力の面々のほうを向きながら、言い放つ。

「そろそろ、いい頃合よね。
 シスターのほうも行動したみたいだし、わたし達も動きましょうか」