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All I Need Is Kill

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 四章 事件を追う者達

 十五時。空京、街外れの小さな教会。
 人通りも少なく、寂れた雰囲気のその場所の周辺。椎名 真(しいな・まこと)は数少ない通行人に聞き込みを行っていた。
 真が今、話しかけているのはスーツを着て便所のスリッパを履き、白衣を羽織る青年。どうやらこの付近に勤めている会社があるらしく、教会の人とは知り合いらしい。

「……それで、神父やシスターら教会にいる人はどんな人達なんですか?」
「ああ、あそこの教会はね。人間にしては良く出来た人達の集まりだよ。
 神父は身寄りのない子供を引き取り、育ててあげるのが彼の趣味だからね。引き取られた孤児達も、彼の教育を受けて立派に育っている。いやはや、並大抵の人には出来ない行為だよ」
「そうなんですか。……では、最近ここいらで不審なこと、人を最近見ませんでしたか?」
「不審なことや人か。生憎、見ていないな」
「そうですか。ありがとうございます」

 真が丁寧に礼をすると、怪しい服装の青年はビシッと切れの良い動きで手を上げた。

「いやいや、気にしないでおくれ。それでは、君達が神隠しを暴いてくれることを切に願うよ」

 そうして彼は颯爽と去っていく。
 それを見送ってから、真は後ろ頭をかき、調査の結果を纏めたメモを見て唸った。

「んー、いくらか聞き込みをしたけど、事前に<根回し>で警察や記者関係に聞いた情報と同じか」
「どうした、『俺』よ。行き詰っているのか?」

 真の傍にパートナーの篠原 太陽(しのはら・たいよう)が近づき、声をかけた。

「はい、篠原さん。
 話を聞いて得た情報の全てが、教会にいる人達はいい人達で、不審な人やことはなにもなし。
 現場には証拠すら残っておらず、誘拐された時間や場所も分からない。……ほんと、神隠しとは言い得て妙だよなぁ」
「そうか、ふむ。では、続けて頑張ってくれ」
「……やっぱり、篠原さんはなにか気付いていること、俺に教えてくれませんか?」
「この事件を聞いて放っておけない、と言ったのは『俺』だ。私ではない。
 必要最低限の自己防衛はするが、それ以外はあまり手を出さないよ。私は」
「……やっぱ、そうですかぁ」

 真は肩を落としてため息を吐く。
 そんな彼の落とした肩にぽんと手を置いたのは漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)を纏った中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)だ。

「ふふ、頑張ってください。真様」
「……いやいや、綾瀬さんも手伝ってくださいよ」
「分かっていますわ。私も少しばかりは情報を提供させていただきましょう」
「綾瀬さん……!」

 その言葉を聞いた真の顔がぱあっと明るくなる。
 その表情を見た綾瀬は唇に手を添えて、優雅に微笑む。

「私は傍観者ですわ。これからの事を考えますと、あなた様方に行動してもらえた方がより『楽しめそう』ですので……頑張って下さいな?」
「……へ? 傍観者? 協力者ではなく?」
「はい。私はどこにも所属はしませんので。
 初めは教会の少女がどの方面に向かっていったのか知れば、そちらを追っていき相手の本拠地を知ればと考えたのですけど。
 どうやら失踪者の少女達は全て外出したのかも、家でくつろいでいるときに誘拐されたのかも分からないんですもの。
 なら、私は自分が少しばかり集めた情報をあなた様方に提供して、ひた走る姿を傍観し、起こる出来事を楽しませて頂きますわ」

 楽しむ、という単語を聞いた真の顔が少しばかり険しくなる。

「楽しむって、綾瀬さん……」
「私はただ暇つぶしが出来ればそれで良いのですわ」
「暇つぶしって……」
「ふふ。そう怖い顔をしないでくださいな、真様」

 綾瀬の微笑を受けた真は後頭を掻きながら、また深いため息を吐いた。
 そんな折、真のポケットに入った携帯が振動し始めた。彼はそれを手に取る。
 液晶には友人である瀬島 壮太(せじま・そうた)の名前が浮かんでいる。どうやら彼からの電話のようだ。

 ――――――――――

「そうか。あんま手がかりになるようなことは見つからなかったか」
『うん。悪いな、壮太』
「いいや、そう気にすることはないぜ。これからオレ達は教会に聞き込みに行くから、おまえは周辺の調査を続けてくれよ」
『分かった。……気をつけるんだぞ』
「互いに、な」

 壮太は歩きながら通話を切ると、携帯をポケットに入れる。
 それを見た柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は歩む速度をあげて彼に並び、声をかけた。

「やっぱり、ダメだったか?」
「ああ。神隠しって言われてるぐらいだ。そんな簡単に手がかかりが見つけられれば苦労はしねぇよ」
「そりゃ、そうだわなぁ」

 恭也はそう言うと小さくため息を洩らして、口には出さず考えた。

(……でもまぁ、この短期間に十一人が神隠し。いくらなんでも不自然だ。
 通り魔的殺人なら何か手掛かりくらい残ってるだろうし、ただの誘拐にしては何の要求も無く、さらに空京限定で多発してるのも妙な話だ。それに――)

 恭也はうっすらと姿が見えてきた小奇麗な教会を眺める。

(被害が教会関係者が多いのだってのも、気になるな)

 恭也は足を止めずに考える。
 そして、なにか思いついたのか、あっと声を洩らした。

(……まさか行方不明者は、何か行うのに必要な道具なのか?
 そうなると複数犯、それに協力する勢力がいる可能性が高い)

 あっ、声を洩らした恭也を不思議に思い、壮太は彼に声をかけた。

「ん、どうしたぁ。恭也」
「い、いや。なんでもねぇよ。気にすんな」
「?」

(この線ならある程度は繋がるんだが、まだ誰かに話すほどでもねぇな。どうにも情報がたりねぇからな……)

 そんな恭也と壮太の少し前を歩く、柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)は小さな教会を見て呟いた。

「耀助について行ってみようと思っていたんだが……。でも、まあ、確かに怪しいよな、あのシスター」
「そうですね。件の黒幕……とまでは行かねども、調べる価値はありますな」

 氷藍の隣を歩く真田 幸村(さなだ・ゆきむら)は、彼女に相槌を打ち、同じく教会を見つめた。

「だよなぁ。最近この辺が物騒だって知ってるくせに、ナタリーって嬢ちゃんを単身街に送り出したんだもんな。
 そんなにしてまで頼まなきゃならん用事なら、前もって護衛の一人や二人雇うだろ。
 しかも、シスターは周りの人間が立て続けに消えてる立場だ。危機感を抱かないはずがないのにな」

 氷藍は足を止めずにそう言うと、顎に手を添え、訝しむような視線を教会に向けて言葉を続けた。

「……もしかして、ナタリーが一人でなければ意味がない用事なのか?」
「それは分かりかねまする。
 ……ですが、教会にて話をお聞きするのなら、注意を払っておいたほうがよいでしょう。そうだな、佐助」
「はいはい。そうですねーっと」

 どこに隠れていたのか、幸村の一歩後ろに突然姿を現した猿飛 佐助(さるとび・さすけ)は、彼の呼びかけに返事をした。

「お前は氷藍殿の護衛に就け、ただしシスターには見つからぬようにな。
 ……『もしも』という場合もある、危険が迫れば氷藍殿を連れて逃げろ」
「えー、氷藍の護衛ですかー?」
「文句は聞かぬ、元々は耀助殿に同行するはずだったのを、お前の駄々で変更することになったんだ」
「分かってますよ。
 氷藍の護衛なんて癪だけど、幸村様の頼みでもあるし、あのヘラヘラした忍者に関わるより何十倍もマシですからね。ま、護衛の任、きっちり果たさせて頂きますよ」

 幸村は生前からの従者だと言うのに、佐助の自由気ままな発言に少し辟易とした。
 そして一行はしばらく歩き、教会の敷地内につくと、足を止める。

「俺は教会の周りにいます。氷藍殿、お気をつけて」
「ああ。幸村、外の警戒は任せたぞ。何かあったら佐助に連絡を頼む」
「御意」

 五人はそこでばらばらに分かれ、それぞれの行動を開始した。
 恭也は庭で花の手入れをしている神父に話を聞きに。佐助は氷藍の護衛に。幸村は外の警戒に。
 壮太と氷藍はシスターに聞き込みを行うため、教会の扉をコンコンとノックした。

「……あ、はい。お客さんですかぁ。少し待ってくださいねぇ」

 舌足らずな口調とともにトコトコと廊下を走る音が聞こえ、しばらくして扉が開いた。

「お待たせしちゃって、すいません。……あのー、どちら様でしょうか?」

 シスターは扉の前に立つ壮太と氷藍を見て、首を傾げる。
 二人は彼女に不審がられないように、軽い自己紹介をした。

「いきなり来訪してすまねぇな。オレは蒼空学園の学生の瀬島壮太っていうもんだ」
「同じく、蒼空学園の学生の柳玄氷藍だ。よろしく頼む」
「……はぁ。蒼空学園の学生さんが、どういったご用件で?」

 シスターの問いかけに、壮太が答える。

「誘拐事件の再発防止のために話を詳しく聞きてえんだ。ってことで、少し時間をいただけるか?」