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学生たちの休日9

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学生たちの休日9
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「――主殿、いったい、いつまであの娘をお側においておかれるのですか?」
 大図書室の片隅で、式神 広目天王(しきがみ・こうもくてんおう)高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)に訊ねた。言いつつ、チラリと壁際にいるティアン・メイ(てぃあん・めい)の方に視線を流す。
「お前が口を出す問題ではない」
 書見台の上においた本の文字を無意味に目で追いながら、高月玄秀が答えた。
「そうでしょうか」
 式神広目天王が疑問をていする。
 ザナドゥの侵攻時、操られたティアン・メイの裏切りを、高月玄秀は未だに引きずっていた。他人は利用すべき物と言うことを信条に行動していた高月玄秀としては、他人に裏切られることらはなれていたはずであった。ところが、ティアン・メイの裏切りは高月玄秀にとっては予想外であり、自分でも信じられないくらいの精神的ダメージを受けた。どちらかといえば、高月玄秀はそんな自分の方が許せないのかもしれない。
 そのため、再び裏切られるのではないのかという猜疑心によって、ティアン・メイを自分のそばから遠ざけている。だが、そういうわりには、ティアン・メイを完全に遠くに追いやるでもなく、自分の手の届く範囲に起き続けているのだ。
 それが、式神広目天王には理解できなかった。
「役にたたぬ物を、なぜそばにおかれるのです。意味なきことではないでしょうか。それを分かっていながら、遠ざけるだけで結局手放そうとはしておられぬ。解せませぬな」
「黙れ。僕の考えに、口出しは無用だ」
 そう言って式神広目天王を黙らせると、高月玄秀はティアン・メイの方を振りむきもせずにひたすら本を眺め続けた。
 
    ★    ★    ★
 
「おや、あれはネガティブ侍ではないか。どこへ行こうとしているのだ?」
 外光の入る場所でひなたぼっこしていたンガイ・ウッド(んがい・うっど)が、上杉 三郎景虎(うえすぎ・さぶろうかげとら)を見つけてひょいと顔をあげた。猫の姿でひなたぼっこをしているのは実に気持ちがいいのだが、上杉三郎景虎の動きも気になる。いかにも、遊べそうではないか。
 すっくと立ちあがると、ンガイ・ウッドは上杉三郎景虎の後を密かにつけていった。
 上杉三郎景虎がむかったのは大図書室だ。
 入り口で、上杉三郎景虎がチラリと振り返る。あわてて、ンガイ・ウッドが物陰に隠れたが、あまり意味はなかったようだ。
 ばれている。
 まあ、ばれているならばれているでしょうがない。
 ンガイ・ウッドは、堂々と上杉三郎景虎の後について大図書室に入っていった。
 だが、アウトドア派のンガイ・ウッドとしては、室内に籠もってちまちまと読書をするなど、どうにも性に合わない。あの壁際に立っている少女などは、実に辛気くさそうではないか。
 さて、上杉三郎景虎はといえば、何やら巨大な本を借りてきて、ドンとテーブルの上に広げていた。
「何々……、パラミタマップ……」
「人の頭の上で、変につぶやかないでくれないか……」
 頭の上に垂れるように乗っかったンガイ・ウッドにむかって、上杉三郎景虎がこめかみをびくびくさせながら言った。
「そんなことより、なんで地図など見ているのだ?」
「いや、この世界のことを多少知りたいと思ってな。しばらくナラカにいたので、現代がどのような時代で、パラミタに何があるのかまだ把握しきれていないのでな」
「なんというネガティブ!」
 上杉三郎景虎の答えに、ンガイ・ウッドが叫んだ。キッと、図書館中の視線が集まり、ちょっと居心地が悪くなる。
「マニュアルの知識など、現実では役にたつものか」
「まにゅある? ああ、手引書のことか」
 まだなじめない現代用語に、上杉三郎景虎が分かりやすい言葉に言いなおす。
「百聞は一見にしかず。こういうことは、実際に自分の足で出むき、自分の目で見てこそ身になるのだ。さあ、レッツゴー、ネガティブ侍よ。世界はそなたを待っているぞ!」
「まあ、物の怪の言うことにも一理あるか……」
 読んでいた本を返却ゴーレムに渡すと、上杉三郎景虎はンガイ・ウッドに連れられて大図書室を出ていった。
 
    ★    ★    ★
 
「いったい、どこまで続いているんだろうなあ」
 大図書室の地下迷宮に進みながら、緋桜 ケイ(ひおう・けい)がぼやいた。
 最近エリザベート・ワルプルギスによって大図書室の掃除を命じられた者たちは、地下七階までの迷宮とも言える図書室を下っていっている。
 ただし、図書室とはいえ、それらはなんとも不思議な空間だ。世界樹の中のようでもあり、世界樹とは異なる空間のようにも思える。もとより、世界樹の中に図書室の空間を当てはめようとするといろいろと矛盾が出てくる。このあたりは、物理法則で考えてはいけないのだろう。だいたいにして、掃除をする大図書室の蔵書がたったの十万冊少々というのがありえない。ちょっとした収集家よりも少ないではないか。
「まあ、深く考えても無駄なことはある」
 珍しく赤いフレームの伊達眼鏡をかけた悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が、手近な本の中身をパラパラと確認しながら言った。
「まあ、それもこれも、司書長を見つけだしさえすれば分かることであろうがな」
「ああ、そういうことだ」
 悠久ノカナタに言われて、緋桜ケイは当初の目的を思い出した。大図書室にいるという司書にして大魔女を探しだそうと思ってやってきたのだ。入学当初からその噂があったが、まだ実物を見た者は一人もいない。もしかして、これも七不思議の一つなのだろうか。
 一階は――世界樹の中で一階というのも変な話だが、図書室単体で階数を設定してあるらしい。そうでないと、把握しきれないからだろう。――よくある図書室と似たような構造になっている。入り口近くにカウンターがあり、広い閲覧机がならんだ空間がある。その奧からは書架が続き、奥に行くほど背の高い巨大な書架となっている。高い位置にある書籍は、箒に乗って取りに行くか、お手伝いの使い魔たちによって取ってきてもらうことになる。
 目的の書名が正確に分かっている場合は、カウンターにある紙にそれをルーンで記すると、折り鶴となった紙がその本の所まで案内してくれる。読み終わった本は、ゴーレムたちが元の場所に戻してくれるシステムだ。
 実に魔法学校らしい、魔法使いに特化した使い勝手の図書室であった。
 大図書室は下に降りていく形になっているので、単純に二階と言ったら地下二階のことをさす。こちらは、天井まで届く巨大な書架がならんでいる。ただ、そのならびは多少ランダムであり、まるで本の迷路のようになっていた。遭難者が多発するのもこの階だ。
 三階は、禁書の所蔵庫になっていた。
「誰かいるな」
「まさか、ついに噂の司書さんが……」
 緋桜ケイがちょっと緊張すると、銀髪を靡かせた少女が禁書の閲覧室から出てくるところであった。だが、司書さんたちとは服装が違っているので、どうやら学生のようだ。
「失礼」
 すれ違い様にレイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)が軽く会釈した。
「違ったか」
 残念だと、緋桜ケイがつぶやく。
 禁書閲覧室に入るには、許可証がいる。内部には、魔道書が厳重に保管されており、中にはパートナーを待ちわびている者もいる。
 室内には明かり代わりの精霊が浮遊し、一緒にセキュリティ装置である氷の精霊が浮かんでいた。
 四階以降は、ほとんど未整理の異空間が続いている。
「やっぱり、本を閲覧に来た物好き以外に人はいないようだな」
 結局、司書長を見つけられなかった悠久ノカナタが言った。
「もしかして、ここにはいないんじゃないのか?」
「それはあるまい。何かはいるはずだ」
「いや、ここにはいないんじゃないかという意味だ」
 緋桜ケイが、悠久ノカナタにむかって言いなおした。
「ここがビルか何かだったら、各階はワンフロアだと思いがちだが、まれに内部が複数のエリアに分かれていて、特定の通路でしか行き来できない建物って言うのがあるじゃないか。俺たちは、まだ本当の大図書室に入っていないんじゃないのか」
「うむ、それは一理あるな。もとより、下にしか施設がないというのも極端だ。もしかすると、上にむかっても図書室が広がっているかもしれぬ」
 悠久ノカナタがうなずいた。
 イルミンスールの古さと、ザンスカール家のコレクションから言って、まだまだこの大図書室にある本は少なすぎる。まだ隠された部屋があるに違いない。
「よし、いつかそれを見つけて、幻の司書さんも見つけだしてやる」
 決意を新たにする緋桜ケイと悠久ノカナタであった。