薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

リア充爆発しろ! ~サマー・テロのお知らせ~

リアクション公開中!

リア充爆発しろ! ~サマー・テロのお知らせ~

リアクション

 さて、その頃……。
「想像していたよりも平穏ね。見回り組が頑張ってくれているおかげかしら」
 お祭りの会場を見渡しながら、雅羅は楽しそうに笑う。
 あの後……。彼女は気を取り直し、浴衣も着替え直してお祭りへとやってきていた。
 天災少女カラミティサンダース。もはやトラブルに慣れすぎて、立ち直りは異常に早かった。全然くじけないし不幸をものともしない。そんなタフな少女を心配げに気遣うのは、お祭りに同行していた想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)だ。
「雅羅がすでに、この神社に来る道中で一騒動に巻き込まれた後だったなんて。つき合わせて悪かったよね」
 遠慮がちに言うこの少年、なんと今夜は女の子である。
【桃幻水】の効果のおかげでただでさえ可愛い男の娘が、いや正確にはいつも男の子なんだが……まあとにかく、雅羅と並んで歩いていても見劣りしないほどの美少女になっていた。主に胸の大きさ以外は……。
 浴衣の色は、雅羅とお揃いの淡い黄色。必死こいて探してきたおかげで、よく似合う可愛い浴衣が手に入った。一緒にいると、仲のいい女の子友達と言ってよかった。
「何を言っているのよ。本当は私のことが心配で付き合ってくれてるんでしょ? お礼を言うのは私の方よ」
 雅羅は、夢悠がどうして女の子化しているのか深く突っ込んでこなかった。女装に慣れてきてちょっぴり自己嫌悪気味の夢悠と二人きりで、問題なくお祭りを楽しんでいる最中だった。
「夢悠、こっちこっち。あれ見に行こう……」
「あ……」
 雅羅は、自然と夢悠の手を取っていた。女の子友達ができたらこんな風にするように、彼女は夢悠を引いて連れまわす。これまでは、手どころか、どこにも触れることすらなかったのに。
 ドキドキしながら夢悠は考える。
 これは……自分が女の子化しているからだろうか? まさか、親密度が上がったわけではあるまい。だとしたら、女の子の姿のままでいるのも悪くないのかも……。
 親しくしている方が守りやすい。そう、忘れてはいけない。彼は雅羅を守るためにやってきたのだから。周囲を警戒しスキルで敵を探りながらの屋台めぐりだった。
「射的って言うのも安直だから、輪投げをしようよ」
 夢悠は、それでも雅羅との遊ぶ時間を大切にする。こんな一時は今度いつ巡ってくるかわからない。すっかり雅羅の女の子友達になって、ゲームをプレイする。
「なんか、地蔵みたいな置物取っちゃったんだけど、なにこれ……?」
「私は、招き猫取ったわ。これで幸福が来るといいわね!」
 ずっと狙っていた獲物を取れて、雅羅と夢悠は両手を取り合って喜びあう。
「……あ」
「あ、ごめんね。馴れ馴れしかったかな? 私……、女の子の友達少ないから」
 雅羅は寂しそうに言う。
 彼女の不幸体質をサポートしてくれる人物は大勢いる。だが、本当に最後まで付き合ってくれる友達を持っていないのだった。みんな……、彼女の災難に巻き込まれたくないため、距離をとっているのだ。
「い、いいよっ。僕が……、僕なら地獄の底までついていくから!」
 夢悠は思い切り宣言する。
 その言葉をどう受け取ったのか、雅羅は嬉しそうにふふ……と笑って。ベストカップルコンテストの行われている舞台を指差す。
「ねえ、ステージでコンテストやってるんだけど、一緒に出てみない?」
「え、えええっっ!? 僕と雅羅がカップルって……」
「あら、女の子同士のカップルも普通に出場しているわよ。優勝したら、プライベートビーチ券くれるんだって。あなた、パートーナーと一緒に行ってきたら、ビーチに?」
「……ああ」
 夢悠は元気がしおしおとしおれていった。そこは「私と一緒に海へ行きましょう」といって欲しかった。が、まあこんなもんだろう……。欲をかいてはいけない、と夢悠は思いなおした。
「さあ次に参加してきたのは、あの雅羅さんと、想詠夢悠……くん……?」
 ステージに上がった二人を迎え入れてくれた聡は、女の子化した夢悠をまじまじと見つめる。
「今日はこの姿で」
 夢悠が短く言うと、聡はまあいいかと頷いて何事もなかったように続けた。
「では、審査の方に移るとしましょうか」
 数組のカップル……中に一人きりの女の子がいるが……を均等に眺めながら聡はイベントを進めていく。
「……?」
 ふと……。
 ドキドキしっぱなしだった夢悠は、強烈に嫌な予感を察知して、雅羅を抱きしめるように庇った。
「ちょ、ちょっと夢悠……、何を……」
「後ろ!」
 夢悠は振り返った。雅羅と身体を密着させながら倒れこむ。
 イベントの行われていた特設ステージの後ろの壁が音もなく倒れてくるのがわかった。
「……!」
 ようやく全員気づいて身を伏せる。
 ズウウウウウン! と壁がステージを押しつぶして砕けた。
 どこかで破裂した煙幕がもうもうと視界を覆い始める。
 さらには、次の瞬間。
 ぷしゅうううううっっ、という噴射音と共に、スプリンクラーが作動し始めた。真っ黒な液体を噴出させながら。
「わあああああっ!」
「きゃああああっっ」
 観客たちも突然の出来事に呆気に取られてその場に立ち尽くすのみだ。頭から真っ黒な液体をかぶって誰が誰かわからなくなった。
「何事だ!?」
 倒れてきた壁をかわしていた聡がすぐさま体勢を立て直して周囲をうかがう。
 スプリンクラーから飛び散る黒い液体と、煙幕で何がなにやらわからない。
「リア充爆発しろ!」
 曇る視界の奥で、幾枚もの紙を装備した怒りのフリーテロリストが立ちはだかっていた。少し前に退却して行った葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)だった。
 体勢を立て直した彼女は、不覚を取ってしまったさっきとは全く違うほどの裂帛の気合で、リア充たちのパイ拓を狙う。
 スプリンクラーから噴出されているのは、墨汁だ。後は胸に紙を押し付けるだけ。
 誇り高きパイ拓ハンターとして復活した吹雪は、一般人やザコには目もくれず強敵のみを狙う。そう、すなわち高レベル契約者だ。もちろんタダでやられる彼らではない。強烈な反撃が返ってくる。激しい戦闘が始まった。
 同時に飛び出してくる、その他のテロリストたち。
 ベストカップルコンテストに紛れ込んでいた、“(自称)まっしゅ”と“(自称)おるでが”の二人も、この機を待っていたとばかりに、紙を用意しカップルたちに襲い掛かって行った。
 辺りは、怒号と悲鳴が交差する阿鼻叫喚となった。

「ちょ、ちょっと……嘘でしょ。嘘って言ってよ……!」
 雅羅は血を流したまま動かなくなっていた夢悠を必死で揺り動かしていた。彼(彼女?)は、雅羅の盾になって、倒れてくる壁の下敷きになったまま絶命していた。
 助かった彼女は、信じられない様子で夢悠の亡骸を抱きしめる。
「ごめん……なさい。私のせいで……。私の災厄体質が、巻き込んでしまったのよ……」
 彼女の口から嗚咽が漏れ出した。後悔と無念の涙が夢悠の頬に垂れ落ちる……。
「大切にしてくれたのに、いいお返事できなくてごめんね。私、あなたに……」
「……その辺にしておいてもらわないと、恥ずかしくて目が開けられないんだけど」
 死んだはずの夢悠は、気まずそうに言葉をつむぐ。雅羅に抱きしめられた全身が、ぴくりと動いた。
「……え?」
「いや、ごめん。慣れてなかったから、復活するのに時間がかかったよ」
 不思議なことではない。夢悠はこのことあるを予想してスペランカーに転職していたのだ。
「さあ、逃げよう。オレが安全なところまで案内するよ」
 立ち上がった夢悠は【加速薬】を一気飲みすると雅羅の手を取る。事件現場から逃れようと身を翻した。
「……」
 涙目のまま呆然としていた雅羅は、我に帰ると、くわっと怒りの表情を浮かべる。
「このバカああああああぁぁぁぁぁぁっっ!」
 ドゴゴゴゴゴゴゴ!
 雅羅の激怒の全力攻撃が夢悠に命中していた。
「……」
 この日、夢悠は二度死んだのだった……。




「ほう……、我々に代わって墨汁を撒き散らしてくれるとは、気の利いた主催者ではないか」
 スプリンクラーから噴出される墨汁に、これはチャンスとばかりに動き出したのはマネキ・ング(まねき・んぐ)であった。陶器で出来たポータラカ人らしい。
 頭から墨をかぶって困り果てている観客に親切に近付いていく。
「おお、大変だったであろう。我が、この『汚れた身体を綺麗にする高性能吸い取り紙』でふき取ってやろう」
「ああ、ありがとう……え?」
 ぺたり。
「うむ」
 全身に紙を貼り付け、人間の像を写し取ったマネキは満足げに頷く。
「素晴らしい、人拓の出来上がりである。さあ、みんなも回収するのだ」
「依頼だと聞いたが、これは本当に問題ないのか……?」
 さくさくと、パイ拓ならぬ人拓を取っていくマネキに、セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)は胡散臭げに尋ねる。
 確かに、祭りの会場に墨が撒き散らされるなんて予想外だったが、嫌がる人から無理やり人型を取るのは、やりすぎではなかろうか。
「人拓を集めその美と我の偉大さを広く知らしめる。そう……これは、奇跡の祭典なのだだ!」
 よくわからない理屈を堂々と押し通すマネキは、パイ拓騒動に乗じて人拓を取ろうと発案した張本人なのであった。
「師匠! じゅんびできましたーー!」
 更に追加分の大量の墨汁と『汚れた身体を綺麗にする高性能吸い取り紙』を抱えてやってきたのは、セリスのパートナーのメビウス・クグサクスクルス(めびうす・くぐさくすくるす)だ。
 彼女はマネキとは違い、礼儀正しくお願いする。
「人拓取らせてください」
 ちびっ子悪魔のメビウスは、ロリコン相手に幼女パワーを発揮すれば簡単に回収できるのであった。
「師匠、もらってきましたー!」
「うむ、偉いぞ、『弟子101号』。更に続けよう」
「えへへ……、師匠に褒められちゃいました」
 マネキに褒められて、メビウスは紙と墨を持って人だかりに入っていく。
「人拓取らせてくださーい!」
「おい、あまりメビウスに変なこと教えるなよ……」
 保護者であるセリスは、ここで止めて無理やり連れて帰るか否か迷っている。しぶしぶやってきたのだが、メビウスも喜んでいるし、こんな機会ないだろうし、どうしようか……。
「違うな……全ての愚民が我の創りしやさしい世界の虜となるだろう……」
 セリスの言葉など聞いていなかったマネキはぐっと力を入れる。これに成功したら、自分の人拓(?)は金箔でとりたいものだ……。
 パイ拓ハンターとは違う第三勢力の出現に、辺りの騒ぎは大きくなっていく……。