波羅蜜多実業高等学校

リアクション

第五章

「……ひ、一人でも、別に寂しくなどありませんし？　あくまで演技なのですか……あ、猫さんですわ……猫さん待って……」
　事前に鉄心が手を回し、世間知らずで我侭なお嬢様が来ていてお供も付けずに抜け出して遊んだりして、周りを困らせているという情報を流しておいた。
　そのお嬢様を演じるため、イコナはひとり街中をうろうろしていたのだ。
　夕暮れが深くなり、あたりが暗くなり始める。
　しかも先ほどから少し離れたところで騒ぎ声や信号弾のような音も聞こえてきた。
　不安で心細くなったイコナは、ふと目の前を通ったネコに助けを求めるように追いかけはじめた。
　その無防備な背中に、複数の影が迫る。
「い、言うこと聞きますの。だから、こ、殺さないで……」
　迫ってくる影に気づいたイコナが消え入りそうな声で呟く。
　仮面たちはあっという間に間合いを詰めると、大きな布を被せイコナを抱え上げると一気に走りだした。
「誘拐されましたっ！！」
　ティーが一斉に連絡を流す。
　鉄心は上手く姿を隠しながらイコナたちの後を追う。
「このままアジトまで直行すれば望ましいが……」
　一足先に仮面たちの姿を見つけ後をつけていた龍滅鬼　廉（りゅうめき・れん）もまた、スピードを上げ後を追い始める。
「ソフィアさん！　次の広場を左から回ってください！　すぐに追いつけます」
　飛行翼で上空に待機していたロザリンドがソフィアにルートを示す。
「ここですね……」
　しばらく走ると、仮面たちは皆煉瓦造りの建物の中へと入っていく。
　後を追っていた者たちが、建物の前で集結した。
「来るぞ！」
　中の様子をうかがっていた一同だが、廉が唐突に声を上げる。
　次の瞬間、先ほど中に消えたはずの仮面たちが一斉に建物から飛び出してきた。
「ちっ、尾行がバレてたか？」
「いや、違う」
　イコナの身を案じ少し顔を歪めた鉄心を見てから、ソフィアが入口の奥へと視線を動かす。
　皆がつられるようにそちらを見ると、笑顔のアルコリアが立っていた。
「なるほど。中にはもう動ける仮面はいないわけか。ならば、こいつらを倒せば終わりだ！」
　廉は素早く犯人たちとの間合いを詰める。
　慌てて攻撃してきた犯人の動きに合わせ軽く避けると、相手の勢いを使ったまま反撃に転じた。
　自身の足の長さを生かした蹴り技と疾風突きを組み合わせながら、素早く動き仮面たちを翻弄していく。
「少し避けてくださいねー」
　上空から聞こえてきたロザリンドの声に廉はとっさにその場所から飛び退く。
　すると空中でスカートの中から剣と盾を取り出したロザリンドが落下の勢いのままシールドアタックを展開した。
「器用だな」
「お互い様ですね」
　感心したように呟いた廉に、先ほどからその戦い方を見ていたロザリンドが微笑みながら返した。

「貴方たちは包囲されてます、大人しくお縄についてください！」
　ティーは自分に向かってくる仮面たちの武器を無光剣ではじいては次々に手錠で繋いでゆく。
「……私は弱そうに見えるかもですけど、弱そうな相手だから狙うとか、かっこ悪いことですよ！」
　鉄心が最後の一人を壁際まで追いつめていた。
　仮面は腰を抜かした状態のままジリジリと後ろへと下がっていく。
「怖いか？　なら、自分がやったことを、良く考えてみるんだな」
　素早く攻撃を仕掛けると仮面を気絶させる。
　
　そこかしこに倒れている犯人たちにソフィアは次々と縄をかけるとすぐに自警団に連絡を取る。
　その場を仲間たちに任せると、即座にアジトの中へと踏み込んだ。
「アルコリアと私以外掴まってた人もいないみたいだったわ。アジトの中にはもう誰もいないし」
「……本当に……無事で、良かった……」
　アジトの中で立っていた茜と傍にたたずむアレックスの姿を見たソフィアは喉の奥から絞り出すように呟く。
「心配かけてごめんなさい。懐に飛び込んでしまったほうが早いかと思って」
「犯人の目的が分かるか、ソフィアたちが本当に手詰まりになるまでは黙ってないと作戦の意味がないかなって。ごめんね」
　そんなソフィアの姿を見た茜とアレックスが説明する。
「いや、敵を欺くにはまず味方から。実に見事な作戦だったと思う」
　３人は外に出ると、即座に誘拐の被害者は茜で、あくまで作戦として掴まっていたこと、現場で取り押さえた犯人以外もすべてアルコリアと仲間たちで取り押さえたことを伝えた。
　作戦参加者たちは嬉しそうに笑いあった。
「皆、今回は本当に助かった。ありがとう。この後自警団が色々と調べてくれると思う。これからもどうかよろしく頼む」
　ソフィアの言葉に頷くと、皆帰路についた。

「全員捕縛はしたものの、目的はわからず、か……。どうにもしっくりこないな……」
　ソフィアの呟きだけが、静かに響いた。